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03_エリースター

 やがて少女が落ち着くと、立ち上がって笑顔を見せてくれた。


「あの、助けてくれて本当にありがとう! あの連中ったら攻撃一発受けるとすぐにわたしをおいて逃げてったんだよ! 絶対に許せない! 死ぬかと思ったんだからもー!」

「すごい剣幕だ……」


 笑顔に続き、今度は怒りに満ちている少女。大人しいかと思いきやなかなか感情豊かだ。

 どの表情も安定してかわいいなと思えるほどの、少女の整った顔立ち。背丈はラックのほうがやや上か。

 青い長髪を首元の位置で束ね、少女が感情を揺らす度に後ろ髪も揺れている。洒落っ気はないが紺色のローブは清楚さを感じられる。


「もうあのキザなパーティから抜けたほうがいいって。仲間を見捨てるなんてよくないよ」

「うん、絶対抜ける。ていうかもう抜けた! 顔も見たくないもん!」


 なにはともあれ、元気そうでよかったとラックは笑う。置いてきた荷物はキザな戦士に自力で回収してもらえばいいだろう。


「ところであなた、さっきあいつらにパーティ加入を断られた人よね? どうして助けに来てくれたの?」

「偶然あいつらと同じ依頼を受けたんだ。それで早速洞窟行ったらまさかの事態でびっくりしたよ」

「そうだったの。一人で変異種討伐の依頼を受けるなんて旅慣れてる感じがするっ。ねえ、どれくらい旅してるの?」

「まだ一週間ぐらいかな。俺の村では十五歳になると強制的に旅立たせる風習があってさ、一人前になるまで帰ってきちゃいけないんだよ。村にいてもやることないし冒険したかったからいいんだけど」


 一人前の定義が曖昧ではあるが、どうせなら歴史に名を刻むくらいはしてみたい。ラックの密かな野心だ。

 ラックの話を聞きながら、興味津々にうなずく少女。一つ一つ反応を見せてくれて面白い。


「わたしも十五歳なんだよ! 旅の期間も同じくらいなのにすごくすっごく強いのねっ」


 強い、という言葉にラックは耳を疑う。

 自分は、それとはあまりにもかけ離れているのだから。


「俺は全然強くないよ。スライムですら五回も攻撃しないと倒せないんだぜ、きみも見たはずだろ?」


 キザな戦士パーティに実力を見せるため魔物と戦ったが、それが決め手で不採用。

 魔物スライムは、青髪の少女が叩いたり斬りつけたりしても一撃で倒せるくらいの脆さ。むしろ数回斬って倒すのは難しいくらいだ。


「そのとき考えごとしてたからあんま覚えてないの」

「あ、そうなんだ」

「うん、お腹空いたなーとか荷物多すぎ重すぎバカじゃないのって心の中で文句垂れてた」

「相当ストレス溜まってたのな……」


 格好悪いところを見られてなくてよかったと前向きに捉えるが、それだけではない。


「さっきの魔物だってそうだ。たくさん攻撃したのに全然効いてないんだよ」

「そう、なの? でもあの魔物、あなたに攻撃されてからほとんど動いてなかったわよ?」

「あれは短剣に痺れ粉をかけて攻撃したからだよ。麻痺が効いてくれたみたいだな」


 ラックが短剣に仕込んだのは、魔物に効く状態異常用の粉。今回は痺れ粉を使用した。

 もしボムフラワーに麻痺耐性があれば、もっと窮地に立たされていたかもしれない。


「だから俺は強くないよ。小手先だけに頼ってるだけの戦士なんだから」


 強さを否定するラックに、まだ少女は納得していない。まるで自分が悪口を言われているみたいに不服そうな顔だ。


「でも、わたしを軽々運んであんなに早く走ったじゃない。力や体力がなかったらできないわよっ。あ、わたしは重くないからね!」


 少女が重いとは感じなかったが、人を一人運んでの全速力は確かに安定しない。

 それでもやり遂げたラックには相当な地力があるはずだと、少なくとも少女はそう思っていた。


「……俺はさ、ちょっと特殊なんだよ」


 隠すものでもないと、ラックは自分の能力について説明し始める。


「故郷でスキルを鑑定してくれる人が来たことがあってさ。それで俺がなんのスキルを持ってるか鑑定してもらったら、一つだけ見つかったんだ」


 スキルとは、人の持つ潜在能力。生まれつき備わっているのもあれば、のちに目覚めて会得する場合もある。

 ラックは人差し指を一本立てる。

 それは所持スキルの数と同時に、効果を示す仕草だった。


「相手に与えるダメージが、数値で例えるなら必ず1ダメージ。いくら鍛えても相手の弱点を狙っても必ず1。『オビット』っていうスキルなんだ」


 人はもちろん、魔物にも体力が存在する。基本種で同名だと固定であり、スライムの場合はもしも数値化するのならば体力が5となる。

 防御力はないのでほとんどの者が一撃で倒せるのだが、ラックはスキルが災いして必ず五回攻撃を当てて5ダメージ分を与えなければならない。

 対象が人間の場合も同様だ。ラックがナイフで相手の左胸を刺しても、よほど弱っていなければ心臓は貫けないし、痛みもない。ただし、勢いよく突き飛ばしたとすればその分の衝撃は与えられる。

 当たらなければ0で、当たれば必ず1ダメージ。クリティカルの概念などあるわけもなく。

 それがラックのスキル『オビット』だった。


「さっきの魔物もたくさん攻撃したけど、精々15ダメージぐらいじゃないかな。弱い戦士でも一回二回で届くダメージだと思う」


 鑑定前から自分の異質さに違和感はあった。

 そのときは自分が貧弱だからだと思い、努力すればきっと強くなると信じて諦めなかった。

 でも、まさかスキルの影響だとは思いもしない。


「だから俺は、全然強くなんてない。むしろ逆で最弱の戦士なんだよ」


 鍛えても、努力しても、変わらない攻撃力。

 ところがラックはそこまで悲観的ではない。生活には支障がないし、生まれつきそうだから不便さも感じていない。

 ただ、自分は強さとはかけ離れた存在だという事実を、彼女に知ってほしかった。


「そんなことない」


 一通り話を聞いた少女は、ラックの利き腕を両手でそっと握る。

 少女の手は温かい。急に触れられ、ラックはちょっとドキッとする。


「あなたは弱くなんかないわ。だって、命懸けでわたしを助けてくれた。スキルなんて関係ない、あなた自身の力でわたしは救われたんだよ。……それに手を見たらわかるもん、あなたはこんなにも努力をしてるじゃない」


 ラックの利き手は硬く、マメがたくさんできている。

 それは、毎日欠かさずに行っている素振りの成果。

 たとえスキルでダメージが固定されていても、鍛錬自体は怠っていないラック。

 まさか出会って間もない少女に、見抜かれるとは思わなかった。


「少なくともわたしにとって、あなたは最強の戦士であって最高の戦士なんだからっ!」


 少女は目を潤ませながらほほ笑んだ。


「……ありがとう」


 両手を離してもらい、ラックは視線を逸らす。

 初めてだった。

 弱い弱い言われるばかりで誰かに最強と豪語されるのは、いままで一度もなかったから。

 どう反応すればいいのかわからず、照れを含むお礼しか返せない。


「と、ところできみはどうして旅に出てるんだ? なにか目的とかあったりすんの?」


 褒められるのは慣れていないのか、ラックは話題を変えた。


「うん、わたしはステラピースを探してるの」

「すてらぴいす?」


 初めて聞く名称に、つい復唱する。


「魔力が込められた星の欠片のこと。ステラピースは十二個あるんだけど、できれば全部集めたくて旅をしてるの」


 入手難度はわからないが、十二個全てとなるとかなり時間がかかりそうだ。

 もしも誰かが持っていたらどうするのかは不明だが、ラックは質問をしてみる。


「そのステラピースの在り処はもうわかってたりするのか?」

「一つだけね。あのキザ男、お宝集めが目的のパーティでステラピースの情報も持ってたの。だからあのパーティに入ってステラピースの所まで楽して行こうと思ってたんだけど……」


 結果は、入手どころか遥か手前で見捨てられた。


「なかなかうまくはいかないよな。でもあのキザ男パーティがステラピースを手に入れたとしても、きみの物になるとは限らないんじゃない? 新顔ならなおさらだろ?」

「……あ、そっか」

「考えてなかったんかい」


 ツッコミながらも親近感を覚えるラック。彼女も行き当たりばったりである。


「でも、場所はわかってるからがんばって行こうと思うの。他に当てもないし、どうしてもステラピースを集めたいから……」

「行くって、一人で?」

「うん。わたし、これでも魔法使いだから。ほとんど魔法使えないけど」


 魔法使えないのに魔法使いと呼べるのかはさておき、キザな戦士パーティで荷物運びを担っていたぐらいなのだから、あまり強くはないのだろう。

 ラックはまだ、少女のことを全く知らない。

 それゆえにもっと知りたいと思った。


「もしよかったら、俺と一緒にステラピースを探さないか?」

「……え?」


 予想もしない勧誘に、少女は呆気にとられている。


「やることないし、一人だと大変だろうから手伝いたいんだ。俺じゃあ頼りにならないと思うけど、盾や囮役ぐらいはできるからさ」

「……でもわたし、本当に全然魔法使えないよ。役立たずだよ?」

「構わないよっ。俺も人のこと言えないし、旅するうちに強くなっていけばいいんだよ。それも旅の醍醐味ってやつだろ? それにさ」


 次こそが、ラックの最大の本音。


「きみと一緒なら、楽しい旅になりそうだと思ったんだ」


 まるで告白だ。恥ずかし気もなく言い切ると、少女はぽかんとしている。

 結構な大胆発言をしたと気づき、いまさらながらラックの顔が赤くなる。


「いや、えと、無理にとは言わないよ。一人のほうが気楽……」


 その瞬間、少女はラックに抱きついた。


「ちょ、え、な、なんで!?」


 いきなりの抱擁にラックは混乱している!

 服の上から見るとよくわからなかったが、密着して初めて感じる二つの弾力。とても大きくて柔らかい。

 一歩間違えればお互いの顔が触れてしまうほど近く、青い髪が揺れるとほのかに甘い香りがする。

 そしてとても、ぬくい。

 誘惑と魅力が混在した空間で、少女は更にすりすりして追い打ちをかけていく。


「大好きな人にはこうやってぎゅーってするといいんでしょ?」

「知らない! そんなの知らないぞ!!」


 三十秒ぐらい抱きしめたあと、ようやく離れる少女。ラックの心臓は激しく鼓動している。

 一方で少女は姿勢を正し、満面の笑みで返事をした。


「わたしもあなたと一緒に旅がしたい! むしろわたしからお願いしたいくらいだわっ」

「……あははっ、よかった!」


 彼女もまた、心からの言葉。

 交渉は成立した。


「これからよろしくねっ! ……えっと、いまさらだけどあなたのお名前教えてくれる?」


 少女が手を差し出すと、平常心に戻ったラックはしっかりとその手を握る。抱擁された後では握手などあまりにも容易い。


「俺はラック。こっちこそよろしくなっ! きみの名前は……」


 不意に、後ろから地面を引きずるような音が近づいてくる。

 ラックは変異種との戦闘経験がほとんどない。

 変異種は執拗であることを、知らなかった。


「くそ、まさかここまで来るなんて!」


 振り返ると、さっきの変異種ボムフラワーが葉っぱの足を滑らせて襲ってくる。麻痺が切れ、花びらは六枚全て補充されている。


「今度は時間かけてでも倒す! きみは逃げるんだ!」


 ラックは短剣を構え、少女に逃走を促すも。


「ううん、その必要はないわ」


 そう言って少女はラックの前に立ち、手を前にかざす。

 現れたのは青い杖。杖の先は水晶玉のような形をし、中には小さな星が回っている。

 回る星形の部分が煌めくと、異常なまでの膨大な魔力が集まっていく。

 魔法を使うために必要な力、それが魔力。全員が持っているわけではなく、魔力が一切無いラックは魔法が使えない。

 他の人が魔法を使う場面を何回か見たことがあるラックだが、ここまで目に見える魔力は前代未聞だった。


「きみは、いったい……?」

「……ごめんねラック、実は隠してたことがあるの」


 少女の魔力が上空に弾け、キラキラと光を強めていく。

 それはまるで、星の輝きのように。


「フィフスノヴァ!!」


 流星群の如く、ボムフラワーに向けて降り注がれる。

 一撃ごとに激しい音を立て、反動で大きな風と土煙が吹き荒れていく。

 そして、全弾を浴びせるよりもだいぶ早くに、すでにボムフラワーは消し飛んでいる。

 少女は変異種『ボムフラワー』を倒した。


「あら、力加減間違えちゃった」


 お茶目だなーとはラックは思わない。

 圧倒的な威力に唖然とするラックに対し、エリーは得意げに笑顔を見せた。


「わたし、エリースター。エリーって呼んでっ。……改めてよろしくね、ラック!」


 ――ラックとエリーの旅が始まる。

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