29_集合
「やったあっ!!」
込み上げる喜びを抑えきれない。あまりの嬉しさに小躍りするほどのテンションの高さである。
元気が有り余っているラックに比べ、レトは力なく深呼吸をしている。
「一つ聞きたい……お前の攻撃、ずっと違和感しかなかったんだが……あれはなんだ?」
「実は俺のスキルのせいなんだ。俺が攻撃すると威力とか関係なしに1ダメージになっちゃうんだよ」
レトは眉をひそめた。彼の頭には疑問符が浮かび上がっている。
「1ダメージ……? くそ、聞いてもよくわかんねえ。そんなわけわかんねえ奴にオレは負けたのか」
「自分で言うのもなんだけど俺もそう思う。でも、俺のスキルを知らなかったからレトに勝てたんだ。もしバレてたら対策されただろうしさ」
初めからレトが油断せず本気で戦っていたら、きっとラックは負けている。
自嘲気味に返すラックに苛ついたのか、レトは舌打ちをした。
「関係ねえ、負けは負けだ……もっと自信を持てや。お前は充分……強かった」
「なんか照れるな、ありがとう」
「うるせえ、礼なんて言うんじゃねえ」
あはは、とラックは笑う。
そして閃いた。
「なあレト、俺達と旅をしないか? もちろんお前の仲間も一緒にさ」
奇しくも、エリーと同じ発言をしている似た者同士。
ラックにとって、レトは悪い奴でもあり良い奴でもある。種族関係なしに仲良くなれそうだと思ったし、来てくれればとても心強い戦力になる。
少なくとも、エリーを大事にしてくれる点では信頼できると感じたからだ。
「するわけねえだろ。人間と一緒に旅なんてごめんだ」
「そっか……でも、どうしてそこまで人間を毛嫌いするんだよ?」
「……お前ら人間は、オレの村を燃やしやがった。なにもしてねえのに、人里離れてのどかに暮らしていただけなのに、平和のためだとほざいて襲ってきた……人間にとっての平和は、魔族のいない世界だ。嫌いにならないわけがねえ」
そういう風習だからと機械的に受け入れるマーヤと違い、レトは明確に憎んでいる。
当事者ではないにせよ、人間であるラックには胸が痛い話だった。
「人間は嫌いだ、許せねえ……だけど……お前やエリースターと関わってると調子が狂うんだ……くそ、余計なことをペラペラ喋っちまった。全部お前のせいだ」
レトの憎む人間像から、ラックという人物は大きくかけ離れている。
それがなぜなのかは、うまく言葉にできないだけですでに答えは出ていた。
「人間全てが悪い奴ってわけじゃないよ。良い奴もいるし、魔族だって同じだよ」
ラックの言葉に、レトの口元が緩む。
「そうかもな……」
人間だからという理由で、憎むべきではないのかもしれない。
しかし、そう思えるのはまだ先のこと。少し回復したレトは体を起こす。
「約束どおりエリースターにはもう関与しねえ。だが塔はもう手遅れだ」
「手遅れ? なにをいって……うわっ!?」
突然、地響きが始まる。ラックは塔に視線を向けると。
ゼカの塔が、崩れだしていた。積み木が崩れるように、ぼろぼろと大きな音を立てていく。
「塔が崩れて……ちょっと待てよレト。塔にはエリーが、ピネスやみんながまだいるんだぞ!?」
「わりいがどうしようもねえ。あの塔は、管理者であるオレの魔力が尽きるか一定時間遠くに離れると崩れるようになってんだ。くそ……マーヤの奴、無事でいりゃいいんだがな」
いまから急いでも間に合わない。これでは戦いに勝っても、エリーが助からなければ意味がない。
ところが、二人の上を颯爽と通り抜ける者が現れた。
「ウォルス!? お前生きてたのか」
「まだ少し焦げてる……」
怪鳥ウォルスが焦げ目を残して再浮上。あっという間に塔の側まで行き、甲高く鳴き声をあげる。
すると見覚えのある面々が、次々と塔の中からウォルスに飛びついていった。
「いやーナイスタイミングだねーウォルス。危ないとこだったよー」
「なんか焦げくさい」
「……敵ながらすまない」
マーヤとエリー、ピネスの姿も確認できる。塔にいたみんなが無事だった。
ただし十数人を引き受けているウォルスは大変重たそうだ。落ちてくる瓦礫を巧みに避けて、塔から離れていく。
やがてラック達の近くまで行くと、地面へと力尽きるように降りていった。
「さすがに重かったよねー。あとでおいしーものたくさんあげるからねー」
焦げてない箇所の体毛をなでると、ウォルスはのどを鳴らしてすやすや眠る。マーヤにかかればまるでペットである。
「ラック! すごい傷だけど大丈夫? でも、あいつのほうが元気なさそうね」
二人を見比べるエリー。傷だらけでも元気なラックと、見た目怪我はないが疲れ切っているレト。はたから見れば不思議な光景だ。
「へーきだよ。それよりエリー……俺、勝ったよ」
「ほんと!? じゃあ、じゃあわたしとラックは」
「うんっ。また一緒に旅ができるよ」
「…………!!!!!!!!」
あまりの嬉しさに声にならない。両手を口に当ててぴょんぴょん跳びはねている。
その傍らで、マーヤは肩を貸してレトを立ち上がらせていた。
「そっかー、レトが負けちゃったからこうなったわけなんだね」
「……ああ、すまねえ」
「謝ることじゃないでしょー。遅かれ早かれこうなるってわかってたんだし」
崩壊中のゼカの塔。全て崩れ落ちるまでまだ少しかかりそうだ。
二人の前に、ピネスが険しい顔つきでやってくる。戦う意志はなく、剣は構えていない。
相手が人間であるためか元々目つきが悪いからか、レトはピネスを睨んでいた。
「誰だお前は?」
「私は魔族調査ギルドのリーダー、ピネス。きみがあの塔の主か?」
「魔族調査ギルド……ああ、そうだ。ちなみにマーヤは関係ねえ。こいつはただの付き添いで、オレがあの塔を利用して魔気を広げてたってわけだ」
理由は聞かずもがな、人間に害を及ぼすため。
「きみがラックに敗れたことで塔が崩れた、ここまでは理解した。じゃあ、これ以上は魔気も広がらないという認識でいいのか?」
「……魔気はもう広がらねえ。だが、まだそれで終わりじゃねえんだ」
「どういうことだ?」
「お前ら、いまのうちに戦闘準備しといたほうがいい。塔が完全に崩壊したら現れるぞ……つっても勝てる見込みなんてねえだろうがな」
「なにが……!?」
ラックが割り込もうとした瞬間、背筋が凍るような悪寒が一斉に走った。
いままでにない気味の悪さが、全身に絡みつく。
塔が全て崩れ落ちると、大地を震わせながら地中から悪寒の正体が姿を現す。
「きやがったぞ……失敗作が」
戦いはまだ終わっていない。