28_ラックVSレト②
「さっきまでの威勢が嘘のようだなあ人間。オレを倒すんじゃねえのか? それとももう疲れちまったか?」
「……そんなわけ、ないだろ」
服はボロボロ、生傷は絶えない。肌の色も赤の割合が増えている。
レトから見れば、いまのラックは疲労困憊も同然だった。
「いい加減認めろ人間。お前じゃエリースターの隣は務まらねえ。魔法も使えねえ、かといって強くもねえお前が役立つとは思えねえ。それにこんな必死になってまでエリースターと旅する理由なんてお前にはねえだろ? おとなしく諦めろよ」
一つ一つがどれも正しくて言い返せない。弱いのも事実であり、レトのほうがエリーの役に立つだろう。
そんなこと、誰よりもラック自身がわかっている。
それでも、エリーを諦める理由にはならない。
「約束したんだ、一緒にステラピースを探すって」
「それはオレ達魔族が代わりにやってやる。お前の力はいらねえよ」
「言ってくれたんだ。一緒に旅がしたいって、俺と出会えてよかったって、もっと仲良くなりたいって! 俺だってそうだ、エリーがいないと俺の旅は始まらないんだよ。もっとエリーと一緒にいたい。もっとあの子の笑顔を見たい……だから、ここで諦めるわけにはいかないんだ!!」
思いの丈をぶちまけて、ラックはまっすぐ走った。
生傷が風で染みるも平然と突き進む。こんなところで諦めていたらマヨウ森でとっくに逃げている。
「お前を倒して、エリーの隣にいてもいいって認めてもらうぞ、レト!!」
「……だったら、やってみろよ人間!!」
風の刃が真正面から飛んでくる。
対し、ラックは短剣を真ん中に構えた。
「どうせ避けられないんだ、だったら向かうしかないっ!」
切られる前提で、風の刃に立ち向かう。
ここで事前に構えた短剣が活きてくる。刃物の部分が風の刃に触れると、風は二つに分断された。
切れ味がよくても本質は風。物体のある刃の前では、風の刃は糸のように両断できてしまう。
おかげでラックの胴体は切れることなく、両腕を掠めるだけで済んだ。
「避けねえ、だと……!?」
「このままつっこむぞ!」
不意をつかれたレトは突進をまともに受けてしまうが、意地でも倒れなかった。足腰、腹筋と全身に力を入れて踏ん張っている。
ラックにとっては、接近したいまこそが反撃のとき。
試してみたい技を、実行に移す。
「ダメージを……稼ぐ!」
短剣で切るのではなく、突く。加えて手首を小刻みに震わせ、その回数だけレトを小突いていく。
小気味よいリズムで軽快に連符を奏でるように、ダメージが加算される。
地味だが短い間隔で手数を稼ぐのには最適だと、ラックなりに考えた攻撃方法。
自分にしかできない、スキル『オビット』だからこそできる技。
ラックの小刻み突きがうまくはまり、短時間でレトに数十以上ものダメージを与えていた。
「こいつ……!?」
レトに異変が起きる。
妙な疲労感が襲いかかり、先ほどと同じような力が出せない。
体力の減少。蓄積するダメージは、着実に影響を及ぼしていた。
「ちくしょうが! いつまでもふざけてんじゃねえ!!」
剣を消し、両手で大風を吹き起こすレト。いったん距離をとらなければまずいと本能でかぎとっていた。
再度大きく飛ばされてしまい、ラックは振り出しに戻ってしまう。
「また遠くなった……だけど風の刃はもう怖くない、攻め続ければ勝てるはずだ」
「まだ立ち向かうのかよ……そこまでして、エリースターを……」
「当たり前だ。エリーを助けるまで絶対に諦めないからな!」
けして消えることなく、むしろあふれていくラックの闘志。諦めず臆さないその意志の強さは、レトにとって脅威であった。
そして、根比べではこちらが不利だとも。
「もういい、これで終わりにしてやるよ人間、死ぬんじゃねえぞ」
レトは両手を大きく広げ、魔力を集中させていく。
「……なんか嫌な予感がする。待ってくれ!」
「待つわけねえだろ、もう遅え!」
どう考えても放っておいたら大技が出るに違いない。
止めるべく奔走するラックだったが。
「吹き荒れろ、オルトルネイド!」
始めは小さな旋風が二つ。緩やかに回転を増すとともに渦は激しく広がり、やがて建造物すら飲み込む竜巻へと昇華していく。
二つの竜巻がラックの前に立ちはだかる。塔からは離れているので、石や土を除いて巻き込まれる可能性があるのはラックのみ。
迷っている暇はない、目前に迫る竜巻二つに覚悟を決める。
「いちかばちかだ!」
ラックは、片方の竜巻に自ら飛び込んだ。
二つの竜巻の間に挟まれてしまった場合、体は引き裂かれてしまうかもしれない。最悪のケースを避けるべく、なるべく被害の少ない選択をとった。
竜巻にのまれてからは体の自由が効くはずもなく。ラックは初めから身を丸め、上昇するまでじっとしている。
途中で横にはじき出されてはピンチだが、うまいこと高く昇ってくれれば。
あとはもう流れに身を任せるしかない。
上空に飛ばされてからが、勝負。
「いっくぞおおおおおおお!!」
竜巻を乗り越え、はるか上空へと放り出される。地面とは数十メートルも離れ、この高さでは今度こそ絶望が待っている。
しかし、ラックは諦めていなかった。
たった一つの活路を目指して、全神経を研ぎ澄ませる。
「抵抗しても意味ねえぞ、そのまま落ちるんだな」
決着はついたとレトは確信する。
とはいえラックを殺すつもりは毛頭なく、ギリギリのところで風を飛ばしてクッションを挟むつもりだった。
たとえ殺さずとも、戦意喪失させてしまえば問題ない。それに、殺してしまえば決闘前に宣言したことが嘘になる。
魔族は嘘をつかない。
それが、魔族であるレトの強い誇りであった。
「……ん?」
なにかがおかしい。
最高点に到達したラックが急降下してくるも。
「まさか、あいつ……!?」
落下の軌道が、レトに向かっている。上昇のときから放物線を描くようにし、着地点をレトに定めていた。
狙ってできる芸当ではない。
だが、いままで何度も空高く舞い上がったおかげか、ラックの空中感覚は抜群に冴え渡っている。
いま、ラックには落下の恐怖というものは微塵もなく。
戦意喪失などありえない、必ずレトを倒してみせるという、意地と執念が奇跡を呼び起こしていた。
確実に、二人の距離は詰まっていく。
「死なばもろともだ、レトっ!!」
「……いかれてやがる」
とはいえレトに着地を定めても、ぶつかれば両方とも戦闘不能になるだけだ。ラックも重々理解している。
対してレトも、避けようと思えば避けられる距離と高さ。
だが、完全に意表を突かれたうえにそこまでしようとするラックの覚悟に。
打ち震えて動けなかった。
「…………認めてやるよラック。お前は、強い」
二人が接触する直前で、身を守るべくレトは風を起こす。
しかしラックの勢いは止まらず衝突し、どちらも地面に強く打ちつけられた。
竜巻は、レトが倒れた時点で消えている。二人とも意識はあるが、全身に痺れと激痛が走り動けない。
この一連の流れは、スキル『オビット』の適用外。ラックの攻撃というよりはレトの竜巻によって引き起こした不慮の事故扱いであり、通常どおりレトに痛みが伴っている。
この捨て身の行動は、思いがけずレトに大ダメージを与えていた。
「いってえ……この野郎、好き放題やりやがって……つってもあんな無茶しちまえば、お前のほうが体の負担はでけえはずだ」
いち早く体を起こすレト。歩き、いまだ動けないラックに剣をゆっくりと向ける。
「勝負はオレの勝ちだ。もう降参しろや」
「……まだ負けてない。まだ勝負はついてない」
ラックの瞳もそう訴えている。強がりではないとレトも感じていた。
この場で戦闘不能にさせなければ、次になにを仕掛けてくるかわからない。
「だったら気を失ってもらうぜ、そうすりゃお前の負けだ!」
レトの剣が、振り下ろされる。
「……いまだっ」
間際、気力を振り絞ってラックの短剣がレトの剣と交差する。まずは剣を止めてから、すかさずレトの手首を力強く握りしめた。
「な……離せ、てめえ!」
「これでもう剣も振れないし距離もとれない、絶対に離すものか!」
レトが振りほどこうとするも微動だにしない。あれだけ動いても、ラックの力はけして衰えていなかった。
その隙にラックは立ち上がる。
反撃の間合いは、充分。
ラックは短剣を構えた。
「終わりにしよう……レト」
「ちくしょう、させるかよ!」
つかまれていないほうの手で風を起こすも、弱まった威力ではいまのラックを遠くに飛ばせない。
ラックの小刻み突きが、炸裂する。
1、2、3、4、5、6…………
絶え間なく続く連打の嵐は、終わりを告げるカウント音。
そして、レトは。
「このオレが…………まさか……」
全身の力が抜けるように、突かれた方向に体を傾ける。
ラックが手首を離すと、あおむけのままレトはぐったりと倒れていった。
「……死んでないよな?」
確認のため、レトの顔を除き込む。動かないが息はある。
「死んでねえよ……だがもう戦えねえ、魔力も体力も残ってねえ……くそ、言いたかねえが、お前の……勝ちだ」
「勝ち……? じゃあ、エリーは」
「好きにしろ、負けちまったオレがとやかく言う筋合いはねえ……」
与えた合計ダメージは、数値にして298。加えて衝突のダメージもある。
ラックの拳が震える。
この手で、自分だけの力でついに。
ラックはレトを倒した。




