26_エリーVSマーヤ
一方、エリーはマーヤに連れられるがままとある一室へ。
薄暗く、無機質な広い部屋。床の中心には古代の文字と複雑な図形で描かれた魔法陣が一つ、大きく浮かび上がっている。
エリーは立ち止まる。この部屋に入ってから、不思議な感覚に包まれていた。
「なんだか力があふれてくる感じ……ねえマーヤ、この部屋はなんなの?」
「ここは魔力とかを増幅させるとこだよー。ただし魔族限定っ。できれば塔全体をそうしたかったんだけどまだまだ難しくてねー」
マーヤが歩く度にコツコツと足音が響き渡る。
その後ろ姿は、どこかさびしく見える。
「さーエリーちゃん。あたしと戦おっか。ここなら魔力のないエリーちゃんでも少しは戦えるでしょ?」
「……え?」
振り向いてから、マーヤは自身の杖を呼び起こす。なんの変哲もない、年季の入った茶色い杖。
杖から放たれる円柱の塊が、エリーの肩を掠めた。
「マーヤ……!?」
自前の魔力を手のひらほどの大きさに具現させ、塊にして飛ばすだけ。
それこそが、基本魔法『コルク』
エリーのような例外を除き、魔法使いならば誰もが扱える初歩中の初歩。魔力を込めた分だけ大きくなり威力も増すが、元々の性能は低い。そこから炎や水と属性化させることで様々な魔法の応用、発展に繋がっていく。
「次からは当てるよー。ほら、エリーちゃんもやり返しなよ。いまなら魔力もあるしステラピースがあれば星魔法が使えるでしょ」
「待ってよ、わたしはマーヤと戦いたくないわ!」
「エリーちゃんは人間のラックくんと一緒にいたいんでしょ? つまりはあたし達魔族の敵になるわけ。魔族として、エリーちゃんを人間のところに行かせるわけにはいかない。倒してでも止めるからねー」
「そんな……きゃっ!」
宣言どおり、何発ものコルクを飛ばしてエリーに命中させていく。魔法陣による強化もあって、小さくとも強く叩かれたかのような痛みを感じる。
だが、倒れるとまではいかない。
よろけながらもいまだ反撃してこないエリーに、マーヤは不服そうだった。
「なんで戦わないの? あたしはエリーちゃんの敵なんだよ。あたしを倒さなきゃラックくんには会えないんだよ?」
「だって、あなたと戦う理由がないじゃないっ」
まだ彼女と話し合える余地があると信じ、エリーは戦いを放棄している。
「ねえ、どうしてわたしをこの部屋に連れてきたの? わたしを倒すつもりならここじゃないほうがいいはずでしょ」
扉もエリーのほうが近く、鍵もかけられていない。
逃げようとすればすぐにできる。本当にラックのもとに行かせたくないのなら、縛るなりなんなりで動きを封じればいい。
「言ったでしょーあたしは落ちこぼれなんだって。ここで強化しないとあたしはまともに戦えやしないの。それにさー、一方的じゃエリーちゃんがかわいそうでしょ?」
「なにそれ……そこまでわたしと戦いたいの?」
「だってそーゆーものじゃない? 魔族と人間は戦わなきゃいけないって昔からそうなんだから……それともエリーちゃん、あたしに勝つ自信がなかったり?」
煽るようにくすくすとマーヤは笑う。
無理をするように、声を荒げていく。
「まーそーだよねー! しょせんエリーちゃんは半分人間なんだもの、そんな半端な子が魔族に勝てるわけないかー……それに、肝心のラックくんが負けちゃってるかもしれないしねー。いまごろレトにやられて逃げ帰ってるんじゃない?」
ついにはラックまでもが馬鹿にされてしまった。
そうまでしてマーヤが戦いたいのであれば、エリーは。
「……わかったわ、マーヤ」
星が見えないので星魔法は使えないが、ステラピースの力を使えば。
ステラピースを取り出して、エリーは魔力を集中させる。呼応するようにステラピースは輝き、橙色がより濃さを増していく。
「やっと戦う気になったんだ、敵同士はそうでなきゃね!」
喜び、次々と魔力の塊を連射するマーヤ。
しかしエリーは避けようとしない。
泣きそうなくらい痛いし腫れたらどうしようと不安には思っているが、充分に耐えられる。
いままでラックが守ってくれた痛みと比べたら、どうってことない。
これぐらい、エリーは甘んじてくらうつもりだった。
「一撃で勝負をつけようって感じかなー? じゃああたしもそうする、力比べだよ!」
マーヤの杖先から、より大きな魔力が浮かび上がる。
彼女の出せる最大火力が、自分の顔より一回り大きなコルクとなって表れた。
「いくよ……エリーちゃん!」
迫りくる渾身の魔力。
この大きさでは、無抵抗でぶつかれば大怪我だってありうる力。
なのにエリーは、ステラピースを使わずにそれすらも受け入れようとしていた。
「……なんで」
マーヤから驚きの声が漏れる。
エリーの体にコルクが触れた瞬間、いままでとは比にならないほどの鈍痛が走り。
エリーは、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
「なんで、なんで戦わないの? 敵同士なんだから戦わなきゃ、どっちが正しいか決めなきゃダメじゃない! なんでさっきからずっとなにもしてこないの!?」
マーヤから笑顔がなくなり、怒りと戸惑いに満ちてエリーに近づく。
ステラピースの輝きは消えているが、エリーの意識はちゃんとある。上半身だけ起こし、マーヤを抱きしめた。
「え、ちょっと、エリーちゃん?」
「言ったでしょ……戦いたくないって。だって折角友達になれたのに、傷つけるなんてできないもん……」
「あたしが、友達? でも、エリーちゃんは人間側についたんでしょ?」
息を散らしながらもエリーは答える。
「人間側とか魔族側とかそんなの関係ない。どっちだろうとマーヤが大事な友達なのには変わらないわ。マーヤは違うの? わたしのこと、友達じゃないの? 短い時間だったけど恋のお話だってしたし、ぬいぐるみ遊びや着せ替えだってしたじゃないっ」
切なる訴えが、マーヤに届く。
マーヤは泣きそうだった。
「……あたしだって、エリーちゃんがあたし達魔族の仲間になってくれればそう思えたよ。でもそうはならなかったから、戦うしかなかったの。魔族と人間は敵同士だって、いつも仲が悪かったって昔からそう言われてて、だから、だから」
マーヤから、いつもの飄々とした口調は完全に消えている。
友達と敵の二つの気持ちが錯綜し、なにが正しいのかマーヤにはわからなくなっていた。
「そんなの昔の話よ。いまなら種族なんて関係なしに仲良くなれるはず。だって、わたしがそうじゃないっ」
「それは、エリーちゃんが半分ずつだから仲良くなれるんだよ」
「ううん、そんなことない……わたしが人間か魔族のどっちかだとしてもラックを大好きになるし、マーヤとも仲良くなれる自信があるわ。ラックだってそう、ラックは誰にでもやさしいから、マーヤともすぐ仲良しになると思うの。でも好きになっちゃ困るけど」
マーヤの髪をそっとなでる。さらさらの茶髪は触り心地がよく、なでる側もなでられる側もだんだんと気分が落ち着いていく。
「……レトも、人間と仲良くできるのかなー」
「きっとだいじょーぶよっ。わたしは好きじゃないけどできるはず。多分、おそらく」
断言はしないところで、二人は余計に表情を緩ませた。
「あはは、好き嫌いってあるもんねー……そうだよね。昔からとか、人間も魔族も関係ない。仲良くなれるんなら、あたしがそーしたいのなら……戦わなくてもいいよね」
エリーの想いは、マーヤに伝わった。
「友達を傷つけるなんて、あたしが間違ってた」
エリーを立ち上がらせ「ごめんね」と謝るマーヤ。しかしエリーは気にしていない。
心を交わすことでわかりあえると知って、いまはとても晴れやかな気分だ。
しかしなぜか体をぺたぺた触られているのは無性に気になってしまう。
「エリーちゃん、いまもどこか痛いとことかない?」
「え? ……そういえばさっきまで痛かったのになんともないわ」
「よかったー、魔法陣のおかげで回復も早いみたいだね。痕も残ってないよっ」
マーヤはほっと胸をなでおろすと、エリーの手をぐっとつかんだ。
「外でレトの魔力を感じるし、あたし達も塔を出よっか。魔物がうろついてるけどあたしと一緒にいれば平気だからねー」
「うん、わかったっ」
部屋を出る前に、エリーはうきうきしながら一つの提案をしてみた。
「ねえマーヤ、もしよかったら一緒に旅しない? ラックにわたしにマーヤ、ついでにレトの四人ならきっとすごくすっごく楽しい旅になると思うのっ」
きっと、いまなら応じてくれると見越しての誘いだ。
しかし、マーヤは申し訳なさそうに小さく首を振る。
「ごめんねーエリーちゃん。気持ちはすごく嬉しいんだけど、レトは多分嫌がると思うの。あたしはレトと離れたくないからさー……」
「ううんいいの、マーヤの気持ちはわかるわ。わたしもラックと離れたくないもん」
これ以上はいくら勧誘しても変わらないだろう。エリーは諦めるしかなかった。
ただ、もう一つだけお願いしたいことがある。
「塔を出る前に、前の服に着替えさせてくれない? やっぱり落ち着かなくて……」
「えー似合ってるのになー」
次回があればもう少し控えめな衣装が嬉しいエリーであった。
「あ、そーだ。忘れないうちにこれエリーちゃんにあげるねー。ほんとは仲間になってくれたら渡すつもりだったんだけどね」
マーヤがポケットから取り出したものは、エリーが持っているものの色違い。
淡い緑色をした、星の形。
「これって、ステラピース!?」
「実はすでに一つ見つけてたんだー。あたしの得意分野は魔力探知だから、物探しもお手の物ってわけっ。他にもいくつかの在り処は目星ついてるからあとで教えたげるよー」
「ありがとう、マーヤっ!」
思わぬところで二つ目のステラピースを手に入れたエリー。
緑のステラピースの名称は『カプリコ』
込められた魔法名は、かつて星の魔女が得意とした――