23_魔法剣
ラックはピネス達とゼカの塔へ向かうべく、メリーメーに荷車をひかせて移動中。
メリーメーに乗るのはもう勘弁と思っていたが、荷車をひかせる分には悪くない。
「ラック、大丈夫か?」
「直に乗ってないからまだマシ……」
結局酔うのは変わらない。仰向けになれるのでまだ軽度で済んでいるのが救いだ。
「ピネスは、いままでに魔族と会ったことがあるのかい?」
「なんだいきなり……ってああ、会話したほうが気が紛れていいのか」
察しが良くて大変助かるラックであった。
「何人かはな。剣を交えた者もいれば、私を守ってくれた者もいる。特に後者は、私の魔族に対する価値観を大きく変えてくれた貴重な奴だったよ」
その魔族が、いまも生きているのかは聞けなかった。
ピネスが魔族調査ギルトを立ち上げたのは、過去の経験によるものなのだろう。
「ラック、きみはエリーが好きか?」
黙秘権を行使するも、ピネスは頭をつっつく。
「黙るなよ、質問に答えたのだからそっちも答えるのが筋だろう。ま、答えなんてわかりきっているがな」
「わかりきってるならなおさら黙っててもいいじゃんか」
「私には構わないさ。だが、ちゃんと言葉にしないと相手には伝わらないものだぞ? エリーみたいな子には特にな」
「……そうなんだ」
ラックは空を見つめる。
エリーのいないこの時間が、さびしく感じるのは。
「ゼカの塔見えました! どうしますかピネスさん?」
「よし、ここで降りよう。あの鳥の動向も気になる、歩きながら近づいて様子を見るぞ」
ピネスの指示で荷車から降り、ラックは少し離れた位置でゼカの塔を眺める。
イメージでは細長い建物かと思っていたが、城を圧縮させたような外観をしておりそんなに細くはない。
もっとも気になるのは、塔を軸として周りを羽ばたいている怪鳥ウォルスの存在だ。
「あの鳥が塔の門番を務めているのだとすれば、近づけば我々を襲いにくるだろう。まずは奴をなんとかしなければな」
ピネスは長剣を抜き、ウォルスに向ける。
周りも戦闘準備に入る中、ラックは長くて大きい布を持たされていた。
ただの布だが、怪鳥ウォルスを倒すために必要な重要アイテム。
「この中で一番機敏なのはラック、きみだ。作戦は移動中に伝えたとおり危険な役目になる……改めて聞くが、任せても大丈夫か?」
「もちろんだよっ。俺にやらせてくれ!」
快諾してラックは自分の胸を叩く。役に立てるというのならなんだってやる気だ。
「頼もしいな……なら早速行くとするか」
まず盾を持つ戦士が、魔法使いやピネスと組みになって行動する。最後方にいるラックも筋骨隆々の男と組んでいる。
弧を描くように少しずつ広がり、じわじわと詰めるように歩いていく。
やがて、ウォルスが甲高く鳴いてこちらに向かってきた。
「いくぞ、戦闘開始だ!」
ピネスの掛け声に全員が呼応する。まずはウォルスを地上に引きずり降ろすべく、魔法使いと弓持ちの面々が遠距離から仕掛けていった。
勢いよく飛ぶのは炎の球と数多の矢、地面から噴きあふれる水の柱、乱れ放つ雷の光線と色とりどり。
とりわけ目立つのはピネスの魔法。剣から炎が猛り、振り抜くと炎の斬撃が空を切ってウォルスに命中する。周りと比べても群を抜く威力だ。
「ピネスはどうして剣から魔法みたいなのを出せるんだ?」
布を大事に抱えつつ、ラックは前々からの疑問を筋骨隆々の男にぶつけてみる。二人とも遠距離攻撃の手段がないので、ウォルスが上空にいるときはなにもできない。
「ピネスさんは魔法剣の使い手なんだ。一番魔法と相性の良い杖で魔力を練るのが一般的なんだが、ピネスさんは剣で魔力を練れるんだぜ。そう聞くと誰でもできそうだと思うだろ? これがなかなか難しいみたいでな、普通は杖以外じゃ不可能ってわけよ」
「確かに、魔法って杖のイメージがあるから剣だと難しそうだなあ」
「そうそう。いくら努力しても簡単にできるものじゃないから、魔法剣を扱える人は少ないって言われてるぜ。まあ、ある種の才能やスキルだよなあ」
剣も扱えて魔法にも長ける万能型。魔法が使えないラックには未知の世界だ。
「……あんなふうに強くなれればな」
独り言のようにラックはささやく。
いつかはピネスのように、自分も。
「おっとラック、後ろに隠れてな!」
男が盾を構え、ラックもすぐ後ろに回って屈む。
ウォルスが大きく翼を揺らすと、大量の羽根が地上に降り注いだ。
羽根が盾に触れると重みのある音が鳴り響き、土の地面には一本一本が立つように刺さっていた。
全てを盾で防ぎきれないため、魔法使い側も防御魔法を展開させる。楕円、四角と人によって様々な形の、ガラスよりも薄い透明な膜ができあがった。
盾よりかは強度が低く、羽根を完全に弾くことはできない。防御魔法をたやすく貫通してしまうが、威力は殺せているので当たっても軽傷で済む。
致命傷を避けつつ魔法で応酬。
いまのところ、戦況は互角だ。
「今度は突進してくるぞ、気をつけろ!」
羽根の嵐が終わり、ウォルスが凄まじい速さで急降下する。強風を起こすとともに、ラックとは反対側にいる魔法使いに突っ込んできた。
正面から接近してくるクチバシは、恐怖以外の何物でもない。閉じていれば尖った先端で貫かれ、開いていてもぱっくりと丸呑みが待っている。
「任せろや!」とすぐそばにいた盾持ちの戦士が、魔法使いの前に出た。
ウォルスと盾が衝突する。
力も勢いもウォルスに分があり、盾も戦士も弾かれてしまうがウォルスの軌道も逸れていく。なんとか貫かれずには済んだ。
「……いまだ!」
ラックとピネスの声が重なる。
ウォルスが再度上空へ飛んでいく前に、二人は急ぎ接近する。
ピネスは地面に剣先をこすりつけたまま走っており、距離が近くなると剣を上に払った。
「魔法剣――炎土!」
飛散した土が炎の塊となり、小型隕石の如くウォルスに降りかかる。同時に地面からは新たな炎が線を描き、導火線のようにじわじわとウォルスに迫っていく。
炎の塊でバランスを崩した挙句、地面からの炎が火柱となってウォルスの体を蝕んだ。
聴こえてくる鳴き声は悲鳴の表れか。
ウォルスの瞳が、真紅に染まった。