22_魔族と人間
「……じゃあ、ステラピースを全部集めても、星の魔女を復活させる気はないんだな?」
「ええ。だからあなた達の協力は必要ないわっ」
「じゃーさ、復活させなくてもいいからエリーちゃんのステラピース集めを手伝わせてよー」
「え?」
マーヤの予期せぬ譲歩に、またしてもエリーは呆気にとられる。
「マーヤの言うとおりだ。別に復活させたくなきゃそれでいい……いいかエリースター、人間の血が混じってようがお前の根本は魔族、オレ達の仲間だ。仲間の手助けをしたいのは当然のことだろう?」
魔族は嘘をつかない。
小さい頃育ててくれた親代わりの知り合いが、エリーにそう教えた。
レトは本心で誘っている。少し前であれば、エリーが拒む理由はないのだが。
「でも、わたしにはラックがいる。ラックが約束してくれたのよ、一緒にステラピースを探してくれるって」
「ラック? あのときの人間か」
「だれだれー? 男の子? 女の子? どんな子なのー?」
マーヤが興味津々に飛びついてくるので、エリーはついついにやけ顔に。
「ラックはわたしと同い年の男の子でね。すごくすっごくあったかくてやさしいの! 強くてかっこよくてかわいくて、わたしの命を助けてくれたんだよっ」
「そーなんだー! じゃあエリーちゃんはそのラックって子が好き?」
直球な質問にエリーは頬を赤らめる。
だが、一片の躊躇もなく答えた。
「うん、大好きっ!! この前なんかプレゼントもらっちゃったの」
「えーいーなーあたしもそういうの欲しいなー!」
「えへへ、マーヤは好きな子とかいないの? もしかしてレトと付き合ってたりする?」
「そんなわけないじゃーん! あたしはともかくレトはそんな気ないよー」
二人はすっかり恋話で盛り上がっている。
「だが、もうそいつには嫌われてんだ。一緒に旅するのは諦めるんだな」
頭を掻きながら流れをぶった切る、レトの辛辣なセリフ。
エリーは憤慨ものである。
「なんでよ! もうあったまにきたわ、ほんとはラックが助けにきてくれるまで我慢しようと思ってたけど、あんたを倒してでもいますぐここから出ていくからねっ!」
「助けにくる? よく考えてみろよ。お前はその人間に正体をずっと隠していたんだぞ。あの驚きに満ちた反応を見ただろ?」
エリーは忘れようとしていたのに、その一言で避けられない事実を思い出してしまう。
あのときラックは、とても困った表情をしていた。
「人間からすればお前に裏切られたようなもんだ。裏切り者を助けるバカがどこにいるってんだよ」
「……そんな……そんなこと…………」
ない。
とは断言できなかった。
いまのラックの心境など知る由もないエリーには、それが正論だと感じてしまう。
きっと怒っているだろう。
どうしてもっと早く教えてくれなかったと、信頼されていなかったのかと幻滅されたかもしれない。
「もうお前は、人間の仲間ではないんだ」
容赦なく追い打ちをかけるレト。
二度とラックの隣にはいられないのかと思うと、エリーは。
「…………そんなのやだあ」
泣いた。
泣きじゃくった。
いままでにないくらいの号泣。あやすようにマーヤが頭をなでるもまだまだ泣き止まない。想定外の取り乱しに言い出しっぺのレトですら慌てている。
「ちょっとレト、言い方ってものがあるでしょー! だいじょーぶだよエリーちゃん、エリーちゃんなら他にもいっぱい素敵な魔族と出会えるわよ」
「やだよう、ラックじゃなきゃやだあ……ラックに嫌われたくないよお……」
「そーだよね、その子じゃなきゃやだよねー。ほらレト、謝って!」
「オ、オレが悪いのかよ、オレは事実を言ったまでであって……」
駄目押しの追い打ちに、エリーは更に喚き続ける。
エリーが落ち着くまで、しばしの時間をかける魔族コンビであった。
「…………とにかくだ、よく考えろ。お前の帰る場所はもうねえ。オレ達と共に行動するか、一人で孤独に生きていくかだ」
この気まずさから逃げるように、レトは扉に手をつけた。
「レト、どこいくの? エリーちゃんはどうするのー?」
「疲れたから部屋に戻る。いいかエリースター、これからどうするかしばらくそこで考えてろ。この塔にはもう少しいるつもりだが、いずれは捨てる予定だからな」
扉を閉める直前、レトを振り向かずに呟く。
「……さっきは悪かったな。だけど魔族が人間を敵視しているように、人間もまた魔族を敵視しているんだ。それだけは忘れんなよ」
そうしてレトは部屋から出ていった。
「エリーちゃん、もう落ち着いた?」
「……うん、ごめんね急に泣いたりして」
「いーよいーよー、泣くほどその子が大好きなんだよね? 気にしないで」
エリーの頭を優しくなでるマーヤは、まるで姉のようだ。性格はもちろんだが、レトと違い人間に対して否定的でなさそうに見える。
「マーヤはラック……人間が嫌いじゃないの?」
口に手を当て、マーヤは「んー」と考える。
「なんて言えばいいかなー。そりゃあたしの家族も人間にやられちゃったけど、魔族と人間って昔から敵同士でしょ? そういうものだって割り切ってるから別に憎いとか嫌いとかはないかなー。人間と戦えって言われたら平気で戦うよっ」
「……そっか」
肯定でも否定でもない、それが運命なのだと受け入れている。
レトほど過激ではないにせよ、その考えはエリーにとってさびしいものだった。
「それよりさっきはレトがごめんね? あいつ、思ったことすぐ口に出すからさー。でもああ見えて仲間思いで良い奴なのよ。あたしみたいな落ちこぼれでも仲間にしてくれるぐらいなんだから」
「落ちこぼれ? マーヤが?」
「あたし、魔力探知とかは得意なんだけど肝心の戦闘面が弱っちくてねー。基本魔法しか使えないから魔族の中でも煙たがれてたの。だけどお前は大事な同胞だってレトが手を差し伸べてくれて……いままで一緒に行動してきたわけっ」
「そうだったの。案外やさしいとこあるのねあいつ」
「惚れちゃやだよー?」
「絶対ならないから安心していいよ」
レトへの好感度はマイナスから変わらず。
くすくすと笑い合い、マーヤはぎゅっとエリーの手を握った。
「ねえエリーちゃん、あたし達の仲間になるの、もう一度よく考えてみてね。悪い話じゃないと思うし、あたしはエリーちゃんと一緒に旅できたらとっても嬉しいから……」
「……うん」
マーヤの気持ちは本物だ。
エリーの心が僅かに揺れる。
もしも魔族と人間が、このままずっと相容れないのだとしたら。