21_レトとマーヤ
「………………ふかふかのベッド」
ラック達が酒場にいる間、レトに連れて行かれたエリーはゼカの塔内の一室にいた。
宿屋よりも上等な寝具に大きなクマのぬいぐるみが、彼女の興味を若干、いや大変惹いている。
「ちょっと待ってろ」と一人にされたので脱出を試みるも、一つだけの扉は外から鍵をかけられていて出られない。窓はあるが、下を覗き込むとあまりにも高いため諦める。
他に手立てもないので、とりあえずエリーはぬいぐるみに抱きついた。
「ふんわりやわらかい……」
くせになりそうな抱き心地。
室内にはハーブの香りが漂い、最初は興奮状態だったのにすっかりリラックスしている。
「それにしても、塔なのに生活感あふれる部屋があるのね……」
てっきり魔物が住みついていて荒れた内装かと思いきや、壁は一面ピンク模様。他はそうでもないのかもしれないが、この部屋だけで見ればまるで塔内とは思えない。
この塔には魔族が住んでいると聞く。
じゃあ、この部屋の主はレトの趣味? 妙な想像をし、エリーは思わず吹き出した。
「怖い顔なのにかわいい趣味あるのね、あの男」
「ふざけんなここはオレの部屋じゃねえ」
いつの間にかレトが戻っていた。少し怒っている。
「そんなことはどうでもいいわ! あんた、わたしをここに連れてきてどうするつもりなの? エッチなことでもするつもりでしょ!? そんなのされるぐらいなら飛び降りて死んでやるからね! とにかくわたしは絶対にあんたの仲間にはならないんだから……」
言葉の勢いが途中で衰えたのは、レトの隣にいる女性が目を輝かせていたからだった。
「わー思ってたよりずっとかわいー! あなたがあのサニースターの子なのねー!!」
女性がエリーに飛びつく。茶髪の猫っ毛が頬に触れてちょっとくすぐったい。
この女性もレトと同じく、星の魔女サニースターを知っているようだ。
「初めまして、あたしはマーヤ! こんなところで同族に会えるなんてちょー嬉しい!」
懐っこくあどけない顔が、エリーの警戒心を緩めていく。
「あなたも魔族なの?」
「そーだよー! いまの時代魔族って多くないからあまり見かけないのよね。だからあなたの魔力を感じたときはやったー! って思ったの。ねね、名前教えてくれる?」
「えっと、わたしはエリースター。エリーって呼んでねっ」
「おっけー、エリーちゃんねー!」
母親を知っているうえにマーヤもレトも魔族。魔族に関して隠すものはなにもない。
「あの、わたしは魔族でもあるけど……」
「知ってるぜ。お前は誇り高き魔族と薄汚い人間の血両方が混ざってるってな。だがそんなのはどうでもいい。お前は魔族の血のほうが濃いだろうし、オレらが求めてるのは魔族のほうだけだからな」
言い方は気に入らないエリーだが、歓迎しているのは紛れもない事実だ。
「二人してわたしになにをさせる気なの?」
「お前、ステラピースを探してんだろ? オレ達が手伝ってやるよ」
「……それだけ?」
マーヤから少し離れ、きょとんとするエリー。なにか強要されるどころか、逆に手伝ってくれるとは思ってもみなかった。
「まあ他にも仲間探しとかな。魔族を集めて人間を襲うための前準備って奴だ。そのためにはお前のステラピース探しは重要だ」
「なんでステラピースが重要なのよ? あれはお母さんが死んだときに散らばった星の欠片、わたしにとっては大事な形見だけど二人には関係ないでしょ」
手に入れれば星魔法が使える特典付きではあるが、エリー以外にはそこまで大事だとは思えない。
ところがレトとマーヤは顔を合わせて首を傾げ、おかしいなという反応を見せている。
「ステラピースを全部集めたらサニースターが復活するんでしょ? だからエリーちゃんは探してるんじゃないのー?」
全十二種のステラピースを集めたとき、願えば星の魔女が再来するとの言い伝えがある。
ラックはもちろんピネスすら知らないのは、魔族の間でしか情報が行き交っていないからだ。
サニースターの娘であるエリースターも、当然それを知っている。
知ってはいたが、集めている理由は見当違いもいいとこだ。
「違うよ……わたし、お母さんとの思い出が全然ないから、少しでもお母さんに関わるものが欲しいだけ。わたしが生まれてたった二年で死んじゃったし、そもそもお母さんと暮らしたことすらないんだもん」
「暮らしたことないの? どうして?」
「わたしが星の魔女の娘だってバレないように、遠くの知り合いに預けられてたの。お母さん、人間からも魔族からもあまり良く思われてないから……よく命を狙われてたみたい」
その矛先が、エリーに向かわないようにするための親心だ。
サニースターは魔族からすれば裏切り者であり、人間からすればかつての大量虐殺者。狙われるのは無理もない。
サニースターの所業は、エリーの耳にも届いている。さすがにラックの父親のことまでは知らないが。
「それに、全部集めたらお母さんが蘇るなんてありえないわよ。誰かが適当に流した噂が広がっただけだと思う」
「集めなきゃわからねえだろ? もしかしたら復活するかもしれねえ」
「そーだよエリーちゃんっ、思い出がないならサニースターを生き返らせてからたくさん作ればいいじゃない! そしたらエリーちゃんも幸せだし、サニースターも幸せだよー!」
喜びながらマーヤがそう言うも、エリーはぶんぶんと髪を横に揺らした。
「ダメよ。お母さんに会えるのは嬉しいけど、またたくさんの人を襲ったりでもしたら……」
「それでいいじゃねえか」
レトの拳に力が入る。
憎しみが混じった、強い声。
「オレ達魔族は人間によって多く消された。挙句の果てには魔王様だって封印されたんだ。まあ星の魔女のせいでもあるがよ……だがその分復活して働いてもらえば問題ねえ。今度は全ての人間を滅ぼして、魔族だけの世界にしちまえばいい」
「そんなのやだ! お母さんにはこれ以上誰かを殺してほしくないし、お母さんが生き返ったらまた誰かに命を狙われるかもしれないのよ? また多くの人や魔族が犠牲になるぐらいなら、お父さんと一緒に安らかに眠っていてくれたほうがずっといいわよ!!」
ありったけの本音をぶつけても、エリーの昂りはまだ収まらない。マーヤがいなければレトに殴りかかっているところだ。
「おかしな女だな。星の魔女は人間に殺されたようなものなんだぞ。お前は親を殺されて憎くねえのか? 復讐しようと思わねえのか?」
「思わないわよ! そりゃお母さんがどうなったかを聞いたときは悲しかったけど……お母さんだって悪かったんだよ。人間を憎むなんてできない、だって、わたしは……」
人間であり、魔族である。
魔族であり、人間である。
エリーは常日頃から考えていた。
もしも自分が完全な魔族だったら、この想いは変わっていたのだろうか。