02_ボムフラワー
最奥へ辿り着くと、まず目を引くのは巨大な花……の形をした魔物だった。
例えるなら葉っぱが手や足、太い茎が胴体、そして紫の花びらが顔だろうか。
ただ、花と呼ぶにはあまりかわいらしくない、やはり魔物に似つかわしい姿だ。
――変異種『ボムフラワー』
魔物には同名でも基本種と変異種が存在し、変異種は魔気のあるなしに関わらず行動する。攻撃性も高く街を襲う可能性もあるため、見つけ次第優先して退治すべき対象だ。
大きさも基本種とは異なり、この変異種ボムフラワーは数倍大きく二メートルを超えている。
そしてなにより、基本種よりも強いという事実。
「…………」
ボムフラワーに阻まれ、逃げられない荷物持ちの少女。そもそも腰が抜けていて動けない様子だ。ラックと目が合っても声が出せていない。
初めて見る変異種にラックも足がすくみそうになるが、荷物持ちの少女が無事でまず安堵する。
だが、気を抜くにはまだ早い。ここからも無事で済むようにと気合を入れ、魔物に対する恐れを払拭させた。
ボムフラワーはまだラックに気づいていない。
いまならなんとかなりそうだと、ラックは腰に付けている鞄からとある粉を取り出し、それを短剣の刃に振りまいていく。
準備完了、短剣を構えていざ斬りかかろうとすると。
気配を察知したのか突然ボムフラワーが振り向き、花びらを飛ばしてきた。
「あぶなっ!」
花びらは高速で回転しており、切れ味は鋭そうだ。
まともに受けては切り刻まれてしまう。すんでのところでかわし、花びらは岩壁に刺さる。
刺さっただけなのに、地響きとともに重低音が鳴り響く。
「うわ、壁が削れてる!?」
ラックはぎょっとした。刺さった箇所から、固い岩がぼろぼろと崩れている。
触れると切れるだけでなく、爆発する性質を持つ花びら。それこそがボムフラワーの最大の特徴だ。
不意打ちが失敗し、迂闊に近寄れない。どうにかして打開策を見つけなければ。
ボムフラワーが再び花びらを放つも、今度は余裕をもって避けることに成功。
初動がわかれば見切るのは容易いが、その後の爆発音がどうしても慣れない。洞窟が崩れやしないかとヒヤヒヤする。
「……あれ、花びらが四枚のまま?」
よくよく見れば、ボムフラワーに付いている花びらの数が減ったまま生えてこない。
「もしかして全部無くならないと元に戻らないのか……?」
だとすれば残りの花びらは四枚。四回なんとかすれば反撃の機会が生まれるだろう。
一枚一枚じっくりとかわしてみせると集中する。
しかし、次に飛んできたのは一枚ではなく二枚同時であった。
「げ、お前同時に飛ばせんのかよ!」
集中とはなんだったのか、ラックは慌てふためいている。
幸い洞窟の横幅は広い。戸惑いながらも大きく動いて二枚の花びらも避けるも、すぐさま避けた先に残りの二枚が襲ってくる。
「これさえなんとかすれば……!」
もはや回避は難しい。万事休す……と思いきや、ある物に目をつける。
度重なる爆発で散らばった岩。つかめるだけつかんで花びらに投げつけた。
一枚は投げた岩に触れ、花びらが地面に落ちるとその場で爆発。
もう一枚は当たらず、花びらが近づいてくる。根性で体を反らすと、ギリギリ頬を掠めるだけで済んだ。
掠めただけでは起爆せず、そのまま岩壁に刺さるとようやく爆発音。どうやら花びらの動きが完全に止まると爆発するようだ。
おかげで直撃は免れたものの、ラックは爆風で岩壁に激突してしまった。
「いったあ……でも、これで全部しのぎきったぞ!」
大丈夫、まだ動けると自分を鼓舞していく。
体勢を整え、急いで花びらを失ったボムフラワーとの距離を詰める。
短剣をしっかり握り、今度こそボムフラワーに斬りつけた。
まず太い茎に一太刀。硬くて斬るというよりは叩く感覚だが、いずれにせよラックには関係ない。
続いて葉っぱに二撃。柔らかすぎて逆に斬れないが、これも関係のないこと。
その後もひたすら攻撃を続けていき、手数だけなら圧倒的にラックの有利だった。
なにより、ボムフラワーはまだ反撃体勢に移れていない。
花びらの再生には時間がかかり、その間は行動不能に陥ってしまう。ボムフラワーの致命的な弱点だ。
短剣にかけた粉が無くなるまで斬りつけると、ラックはボムフラワーから離れ少女のもとへ向かう。
「大丈夫? 立てる? 悪いけど荷物は置いてくからな!」
返答を聞かずに少女を抱きかかえ、全速力で走った。
あんなにたくさん攻撃をしても、ボムフラワーを倒せていない。自分の力では不可能だとわかっているラックは、反撃されないうちに一刻も早くボムフラワーから遠ざかりたかった。
行きよりも短い時間で洞窟から脱出し、少女を草の地面にそっと下ろす。
ボムフラワーは追ってこない。仕込みが効いているはずだ。
「危なかったー……えっと、ケガとかしてないか?」
そう問いかけると、青髪の少女はおそるおそる首を縦に振る。
「わたし、助かったの……?」
少女の澄んだ声を初めて聞くと、ラックはほほ笑んだ。
「うん、無事でよかった!」
「…………うああああん、怖かったよお」
緊張の糸がほぐれたか、少女の青く丸い瞳からぼろぼろと涙がこぼれていく。
泣いてしまうのも無理もない。パーティに見捨てられ、魔物に殺されるかもしれないところだったのだから。
その間、ラックは空を見上げて息を吐く。
今日の夜空は、星がたくさんよく見えた。