19_サニースター・トワイライツ
少人数での編成をパーティと称するなら、ギルドはいわばその拡大版である。規模は大小問わず数人から数十人と幅広く、活動内容や目的もギルドによって様々だ。
常に共に行動するパーティとは違い、ギルドは単独行動もしくは数人で動く機会が多い。活動報告や大きな目標に挑む際は、メンバー全員が揃うときがたまにある。
ピネス率いる魔族調査ギルド『マギア』は、まさにいまがそのときだった。
「といっても全員揃うのは稀だがな。今回だって半分も集まってないぞ」
「魔族調査ギルドって、つまりは魔族について調べたり探したりするってこと?」
もっと詳しく説明を受けていたラックだが、自分なりに要約するとそうなった。
「そんな感じだ。私は魔族をもっと知りたい。そのためにギルドを作ったんだ」
酒場はギルドメンバーだけであふれている。数は二十人弱で、男女問わずだがみんなラックよりも年上に見える。同年代はいなさそうでラックは縮こまっている。
「安心しろ。顔が怖いのもいるが良い奴ばかりだ。きみを取って食いやしないぞ?」
ラックの心情を汲み取ったか、向かい合わせに座っているピネスが緩い笑みを見せる。
雰囲気にのまれてはいるが、敵意とか見下されているような感じや視線は一切ない。ただの子どもとは思わず、一人の冒険者として見ているようだ。
「とりあえずこれ飲んで、おごりなのよ」
「腹減ってんだろ? これも食っとけ。俺もおごりだ」
巻き髪の女性がお茶を、筋骨隆々の男性が小さな骨付き肉を数本差し出してくれた。
「あ、ありがとう。いただきます」
礼を言うと二人は親指を立てて離れていく。二人なりの気遣いなのかもしれない。
おかげでラックの緊張はほぐれ、しっかりと背筋を伸ばす。
「私に関してはここまででいいとして……お前ら、悪いが少し出ていってくれるか? ここからはラックと二人きりで話すべき内容だ」
ピネスがギルドメンバーにそう促すと、文句を一つ言わず酒場を出て行く。
残ったのはラックとピネス。
そして酒場の店主。
ピネスは店主をじっと見ている。
「おや、私もですか?」
「そうしてくれると嬉しい。貸し切りにした分の金は払う」
自分の店なのに追い出される店主は、少しかわいそうだった。
「いない者の情報を多くに晒すのは好まないからな。エリーについては、きみだけが知っていればいい」
「……気を遣ってくれたんだ。ありがとう」
いよいよ本題に入ろうとしており、ラックは息を呑む。
ピネスはいったいどこまで、エリーについて把握しているのだろうか。
口を開く前に、ピネスはテーブルの上に一冊の本を開いた。
「ラック、きみは星の魔女を知っているか?」
「星の魔女? さっきさらった奴がエリーをそう言ってた。あとは……多分、それより前にも一度だけ聞き覚えがある、気がする」
最近ではない、かなり遠い記憶だ。
「エリーが星の魔女か。あながち間違ってはいないだろうが……いまから話す星の魔女に関しては、エリーではないことを前提に聞いてくれ。ちなみにわかっていると思うが星の魔女は二つ名で、本名は別にある」
ピネスがページをめくると、星の魔女と思わしき肖像画と名前が書いてある。
オレンジ色の長い髪の毛に丸くて大きな瞳、見た目じゃ年齢がわからないほどの童顔。
そして、オレンジ色のローブに星を模ったオレンジ色の杖。
「星の魔女『サニースター・トワイライツ』、星魔法を操る最強と謳われた魔族だ。まずは彼女について説明しなければならない」
エリーが初めて自己紹介したときを思い起こす。
あのとき一回だけ、自分をエリースターと名乗っていた。
ラックの鼓動が高鳴る。
諸々色を青くすれば、顔は違えど面影はエリーそっくりだ。
「サニースターは魔王の配下ではないが、魔族故か人間を異常に毛嫌いしていて好戦的だったそうだ。そんな彼女が葬った人間の数は万を超えている」
「ちょっと待ってくれ、たった一人で一万人以上を殺したっていうのか!?」
「そうだ。死者には一般人も含まれているが、手練れの冒険者も数多く殺された。彼女の得意な星魔法によってだ。サニースターはエリーと違い、朝でも雨でも星魔法を使える。桁違いの魔力を持っていて星から魔力を借りる必要がなかったんだ」
星魔法の強さは言わずもがな、魔物だけでなく人間相手にも通用する。
知りたくもない事実だった。
「攻撃系の星魔法だけでも充分脅威ではあるが、サニースターにはもう一つ得意な星魔法があった。それは相手の特殊能力を一時的に無効化するものだ」
「無効化? 昨夜のケルベルみたいに攻撃が通らなくなるとか?」
「いや、少し違うな。例えばサニースターに匹敵するほどの魔力を持った魔法使いがいるとする。まともに戦えばどちらが勝つかわからないぐらいの、だ。だが、サニースターはその星魔法で、相手の魔法を封じたんだ」
「……反則すぎるよそんなの」
「実際にそういう場面が何度かあったそうだ。当然魔法が使えない魔法使いは殺され、対抗できそうなスキルを持った冒険者でもそのスキル自体を無効化され、成す術なく敗れていった」
「そんな、あまりに一方的すぎるっ」
星の魔女の話を聞いているだけで、腹が膨れてしまいそうだ。折角のお茶も骨付き肉も手をつける気になれない。
「誰にも星の魔女を止められない。このまま人類が滅ぶのも時間の問題だとそう絶望しかけたが……ある日突然、彼女は人間側の味方についた」
「……え?」
「一人の人間に恋をしたんだ」
急に突拍子もない展開になり、ラックは改めて確認する。
「ちょっと待って、さっき人間を毛嫌いしているって言わなかった?」
「わ、私に言われても困る。私だって最初は驚いたが事実は事実なんだ。星の魔女は一人の人間を愛した。だからその人を守るために自ら魔族と対立したんだっ。そこまではいいか?」
半ばムキになって説明するピネス。彼女も半ば信じられないのかもしれない。
「わかったよ。それで星の魔女は……サニースターはどうなったんだ?」
「その人間と恋仲になったのち、魔王封印の協力までしたそうだ」
「心変わりにもほどがある……」
「だが事実だ。魔族の力を借りたのが気に入らないのか、あまり公けにはされていないがな」
ラックは頭を抱える。
一万人以上も殺した人間嫌いな魔族が、人間に恋しただけでそうも躊躇いなく魔王の封印を手伝ってもいいのだろうか。
だけど見方を変えてみれば、それはラックにとって良い知らせでもあった。
「でも安心したよ。魔族と人間は敵同士ってずっと聞いてたけど、サニースターみたいに仲良くなれるんだな」
「その代わり魔族を敵に回しているがな。まあ……不器用なのだろう、魔族というのは」
ピネスが遠い目をしながらそう呟く。
「ところでさ、サニースターは……もう、死んでるんだよな?」
ラックは一つの結論に辿り着きかけている。
もしも当たっているとしたら、エリーの正体は。
「ああ、十三年前に起きた魔女狩りによって彼女は死んだ。魔王が封印されたとはいえまだ魔族の生き残りはいるし、サニースターはあまりにも脅威だ。いつまた魔族側に戻るかもわからないと危惧した結果、捨て身による魔女狩りが始まったんだ」
めくられたページに、多くの名前が書き綴られている。
「これは……?」
「魔女狩りによって戦死した者の名前だ。数百人ものの騎士や魔法使いが一斉に攻め込み、自爆同然でサニースターを殺そうとした。しかしそれでもサニースターは死ななかった。彼女自身は死ななかったが……彼女が愛した人は、その魔女狩りに巻き込まれた」
「……その人が死んじゃったから、サニースターは?」
ご明察と言わんばかりに、ピネスは視線で返す。
「後を追って自害した。結果として星の魔女が滅び、当時の人間達は大喜びだよ。感性はそれぞれだが、あまり気持ちの良い話ではないと私は思ったよ」
一歩間違えれば、愛する人の死をきっかけに人間に復讐していたかもしれない。そうなったら、また多くの人々が殺される。
人類にとっては喜ぶべきなの事態だろうが、ラックも苦い気持ちでいっぱいだった。
同時に、嫌な予感が近づいてくる。
魔女狩りは、十三年前に起きた。
ラックの父親が死んだのも、十三年前。
日付はわからないが、どうしても調べたかった。
「あのさ、少しその本を見てもいいかな?」
「もちろんだ」と本を渡され、ラックは戦死者の名前を確認する。
どうか違ってほしいと祈るも、一分もしないうちに発見してしまったのは、父親の名前。
「……どうやら俺の父さんは、魔女狩りで捨て身になって死んだみたいだ」
「そう、なのか? それは無念だったな……」
どうして星の魔女に聞き覚えがあったのか。
当時二歳だったため断片的にしか覚えていないが、きっと父親の死を告げられたときに母親が呟いていたのを覚えていたからだ。
星の魔女を探るうえで、父親の死因を知るとは思わなかった。騎士として勇敢に戦ったわけではなく、無駄死ににも近い特攻。それに間接的ではあるが、サニースターは親の仇であるという事実。
ラックを放心状態にさせるには、充分すぎる情報だった。