18_魔族
ラックの願いはむなしくも叶わず、エリーは振り向こうとしない。
「おいおい知らねえのかよ人間。一緒に旅してんのにそんなことも教えてもらえないなんて、お前はよっぽど信頼されてねえんだなあ」
「でたらめを言うな! エリーが魔族なわけないだろ!」
「でたらめじゃねえよ。薄汚い人間とは違って魔族は嘘をつかねえ。信じられねえなら本人に聞いてみろよ、なあ星の魔女」
混乱している頭を更に強く叩かれたような気分だ。魔族と称するレトの言葉を、全て真に受けていたら気が狂いそうになる。
なのに、いまだエリーは黙ったままだ。
ただ一言否定してくれるだけで、ラックは落ち着くというのに。
「……ずっと黙っててごめんなさい、ラック」
エリーから発された言葉は、ラックの期待とは異なるもの。
だけど。
「でも、これだけは信じて。わたしはあなたの敵なんかじゃない。もっとラックと仲良くなりたいだけ、もっと一緒にいたいだけなの。ステラピースだってほんとにお母さんの形見だから、わたしは……」
涙を我慢しながら、エリーは振り向いてそう告げる。
まるで、怒られることを覚悟した子どものようだ。
「エリー……」
その悲痛な表情に、ようやくラックの頭は冴えてくる。
エリーがずっと黙っていた理由なんて明白だ。いきなり事実を突きつけられて動揺しただけで、何者だろうと根本は変わらない。
だから、もしこのままレトがエリーを連れていくのなら。
彼女がそれを拒むなら。
「なんだ? 喧嘩か?」
「あの鳥、もしかして魔物じゃない?」
あまりの騒ぎかつ怪鳥が目立つせいか、いつしか周りに人だかりができていた。細かく確認する余裕はないが、ピネスや仲間も紛れているかもしれない。
この状況に、レトは明らかに不愉快そうな顔をしている。長居すれば不利になるのはどちらかといえばレトのほうだろう。
「面倒になってきやがったな……もういい、やれウォルス」
レトが静かに佇んでいた怪鳥ウォルスに乗ると、ウォルスは翼を広げてラック達を見据える。
力づくでエリーを奪う気だ。そうはさせないとラックが飛び出そうとするも。
ウォルスの瞳が、漆黒から真紅に色変わりした瞬間。
「体が、重い……!?」
「なによこれ、全然思うように動けないわ……」
二人の動きはスローモーションで再生されているかのように遅く、ウォルスの大きなクチバシがエリーをくわえるには充分すぎる隙があった。
そのまま空へ飛翔すると、ラックはようやく元の動きに戻るが。
もう、手遅れだった。
「じゃあな人間。星の魔女はもらっていくぜ」
遠ざかるレトの声に続き、エリーが必死に叫ぶ。
「ラック、やだ、あなたと離れたくない……ラック!!」
「エリー!!」
手を伸ばしても届くはずもなく、エリーの姿がどんどん遠く離れていく。
エリーは、魔族に連れ去られてしまった。
「ちくしょう、待て、待ってくれ!」
死に物狂いで走れば追いつくかもしれない。
連れ去った方角に向かって走ろうとすると、後ろから首根っこをつかまれた。
「落ち着けラック、追いつくわけないだろう」
「ピネス!?」
ピネスが騒ぎに気づいたのはつい先刻。丁度エリーが連れていかれるタイミングだ。
「できるなら助けたかったがな。あの鳥の視界に入ったせいで私まで動きが鈍くなってしまったんだ」
「そっか……くそ、エリーはどこに連れていかれたんだ」
見当もつかない。
やはりいまからでも走るしかないと躍起になるも、ピネスが「安心しろ」と声をかける。
「エリーはきっと無事だ。連れていった場所もおそらくわかる。あの鳥に銀髪の人間……いや、魔族には心当たりがある」
「知ってるのか!? 頼む、エリーはどこにいるのか教えてくれ!」
「エリーはきっとゼカの塔に連れていかれた。塔の周りにはよく大きな鳥が飛んでいると聞く。あの銀髪は塔の住人だろう」
「ゼカの……塔」
ここにきてその塔に結び付く。場所さえわかってしまえばすぐにでも助けに行ける。
「一人で行くつもりか? それも無策で」
一歩踏み出そうとしたラックの足が止まる。
「……急がないと、エリーがなにされるかわからない!」
「魔族同士で争うことは滅多にない。それにさらった奴が塔の住人だとすれば、しばらくは塔を拠点に構えるはずだ。一時的に塔を離れたのは、よっぽどエリーを仲間にしたかったのだろう」
つまり焦る必要はないと、ラックに言い聞かせている。
たとえピネスの読みが外れていても、このまま策を講じず行くのは確かに無謀だ。返り討ちに遭う以外の未来が見えない。
気持ちを落ち着かせて、ピネスに問いただす。
「ピネスは……エリーが魔族だって知ってたんだよな? どうして知ってるんだ? エリーは、それにきみは何者なんだ?」
わからない。
ラックだけがわかっていない。
それがどれほど悔しいか、ラック本人以外には理解できないだろう。
だからこそ、ラックは知りたい。
その熱意にピネスは観念し、わかったとやんわりうなずいた。
「いまさら隠してても仕方がないな。ではまず私の素性を明かそう……私は魔族調査ギルドのリーダーだ」
「……ギルドってなに?」
「そこからか。まあいい、エリーについても話したいし酒場にでも行かないか? そこで私が知っている全てを話し、気持ちの整理をつけたうえで決めるんだ。……きみは本当に、エリーを助けに行くかどうかをな」
ラックにとってありがたい機会。
二人は早急に酒場へと向かった。




