17_星の魔女
朝早くにエリーを起こすのは至難の業であり、知らぬうちに同じベッドにいるわ離れないわで出発に手間取ってしまった。
それでもまだ早い時間帯で、外には人の気配がほとんどない。ピネスもまだ宿にいるだろう。
「うーん眠いよー」
「同じ時間に寝たはずなんだけどなあ」
空は快晴。
軽快に歩くラックとは対照的に、エリーは眠気が取れずに目をごしごしとこすっている。
街中を歩きつつ、そういえば昨日今日と日課の鍛錬をやっていないなと思い出す。とはいえ、日課以上にもっと厳しい実践を積んでいるので体が鈍っている気は全くしない。
「次はどこに行こうか。他にステラピースの在り処は知らないんだっけ?」
「ごめんね、手がかりすらつかめてないの」
「なら近くの街に移動して情報収集かな。たしか少し先にあったはずだからそこに行こう」
どうせなら、昨日のうちにここで聞いておけばよかったと後悔する。だが、長居してしまえばピネスに出くわす可能性があるので諦めるしかない。
次の目的はステラピースの手がかり集め。そう決めていたのだが。
昨夜聞きだした、ピネスの目的を思い出す。
魔族が住むと噂されるゼカの塔。ピネスは早くて今日中に向かうと聞いているが……
ラックはゼカの塔が気になっていた。この街が危険な目に遭うかもしれないのに、放ってしまってもいいのかと自分自身に問いかける。
正直、ラックやエリーには関係のないことであり、仮に手伝ったとしても戦力になるはずがないと自覚している。敵や味方の数が多ければ多いほど、所詮は1ダメージしか与えられないスキルが役に立つとは思えない。
エリーも夜でなければ普通の女の子であり、塔内が密室ならお手上げだ。
二人とも、ピネスや仲間達の迷惑になるに違いない。
だけど、事情を知りながら見過ごすのは後味が悪い。
荷物持ちでもいいから、ラックは力になりたかった。
「ねえラック。昨日のピネスさんの話が気になるんでしょ?」
難しい顔をしていたのか、考えをあっさりエリーに見抜かれてしまいラックは苦笑する。
「……うん。やっぱり、ゼカの塔を放っておくのはよくないよ」
「わたしもそう思う。だから酒場でピネスさんが来るのを待って、来たら協力させてってお願いしにいきましょっ」
まさかエリーから言い出すとは思わなかった。
「だけど、下手したらエリーはいろいろ聞かれるかもしれないんだぞ? それでいいの?」
「大丈夫よ、そーゆー質問は聞かれても一切無視するから!」
「めちゃくちゃ気まずくなりそうなんだけど……」
それでもラックは、とても嬉しく思う。
エリーは自分よりも周りを優先する、優しい子であると改めて知って。
「じゃあ街に出るのはいったんやめよう…………ん?」
ふと空を見上げると、なにかが近づいてくるのが見える。
「鳥?」
ただの鳥ではない。誰かが乗っているのがわかるくらい巨大で。
まるで、怪鳥だ。
「なんか、わたし達のところに降りてこようとしてない?」
「だよな……エリー、気をつけて」
怪鳥が地上に降り立ち、勢いよく翼を羽ばたかせるので突風が巻き起こる。
「もーなに!? 髪がぐしゃぐしゃ」
朝から身だしなみを乱されてエリーはご機嫌斜めに。
鳥と一緒に降りてきた人物は、何者だろうか。
「やっと見つけたぜ」
見た目は銀髪の少年で背丈はラックと大して相違ないが、あまりにも鋭い目つきのせいなのか、妙な圧を感じてしまう。
「よう、マヨウ森で星の魔力を使っていたのはお前だろ? 会えて嬉しいぜ」
この男はエリーを知っているふうに見えるが、顔見知りだろうか。
「誰? あなたのことなんて知らないし馴れ馴れしいわよ」
当のエリーは全く知らないみたいで、嫌悪感がひしひしと伝わってくる。
男は軽く鼻で笑い、怪鳥をさすってなだめる。状況が読めないラック達とは正反対でやたら余裕そうだ。
「そりゃ初対面なんだから当然だろ。だけどよ、オレはお前をよーく知ってるぜ? まあ安心しろよ星の魔女、オレはお前の敵じゃねえ」
「星の魔女?」
エリーの二つ名だろうかとラックがその名称を呟くも、当の本人は虚をつかれたかのように硬直している。
知らないはずなのに、ラックは過去にその名を聞いた覚えがあった。
それがいつだったかは思い出せない。
「さあ、オレと一緒にこい、悪いようにはさせねえ。少なくともそこにいる人間よりかはずっと役に立つぞ」
男が近づこうとするも、ラックが阻む。
「お前は誰だ? エリーに話があるなら俺にも聞かせてくれないか」
星の魔女がなんなのかわからないが、この男がエリーに用があるのは間違いない。
それがろくでもないものなのだと、なんとなくわかる。
この男は危険だと、ラックの勘がそう告げていた。
「邪魔だ、人間ごときが」
男が手を向けると、ラックの体勢が急に崩される。
その後は一瞬で、エリーよりも後方に押し退けられた。
「ラック!?」
「……大丈夫、尻を打っただけ」
我に返り、怪我はないかとエリーが急いでラックに駆け寄る。当たりどころが悪くなくて助かった。
いまの一連の流れを、ラックは倒れてようやく理解する。
男が手を向けた瞬間に、自分の正面のみ強風が巻き起こっていた。
「たく、水を差しやがって。そこで大人しくしてろ」
吐き捨てるような態度に加え、ラックに対する敵意。
当然、エリーが黙っているわけがない。
「ラックになにすんのよ!!」
もう少し近ければ男に平手打ちどころか鉄拳を打ち込みそうな勢いだが、さすがに怪しさ全開の男に近づこうとはしない。
そこで取り出したのはステラピース。普段は星明かり限定の星魔法だが、これさえあればと今度はエリーが前に出た。
ステラピースが、エリーの魔力に反応して光り輝く。いつもの青い杖は現れず、ステラピースを媒介として魔法を放とうとしていた。
十二種類あると云われるステラピースは、それぞれに名称がある。名称ごとに使える星魔法が決められており、エリーが持つステラピースは『サジテイル』と呼ばれるもの。
「いくわよ、サジテイル」
ステラピースの詳細は、カイデル山で入手したときに自然と頭になだれ込んできた。だからサジテイルの名称も星魔法も、エリーには手に取るように把握している。
込められた星魔法は。
「スターアロー!」
名前のとおり、五角形の星の角を先端にした矢が男に放たれる。スターショットよりも威力は低く形も細いが、速度と貫通力は倍増している。
ところが、矢が男に突き刺さっても顔色一つ変わらなかった。
「なんだ、もうステラピースを持ってんのかよ。だが無駄だ、夜しか星魔法が使えねえお前がまともに魔力を持ってるわけがねえからな。つーかオレはお前の敵じゃねえつったろ? 攻撃すんなよ」
ラックなど眼中になく、全てはエリーにのみ向けられる発言。
「うるさい! ラックを傷つける奴はわたしの敵よ。だいたい誰なのよあんた」
「つれねーなあ同じ魔族なのによ。ちなみにオレはレトっつーんだ、よろしくな」
「…………は?」
いまのは聞き間違いか。ラックは思わず声が出てしまった。
そして、ラックの反応にエリーはびくっと肩を震わせる。
「ああ、正確には違うか。それでもお前はオレ達魔族側の仲間に変わりねえ……さあ星の魔女、オレと一緒に来るんだ。お前は貴重な戦力になる」
魔族? 仲間? 戦力?
頭の中がごちゃごちゃしていくラック。
昨夜、ピネスはエリーになにを聞いた?
――きみは本当に、ただの人間なのか?
「エリーが、魔族……?」
魔族は、人間と敵対関係にある存在。
じゃあ、エリーは?
ラックは願う。
どうか違うと言ってほしい。
「そんなわけないじゃないっ」って、いつもの明るい笑顔を見せてほしい、と。