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16_エリーとピネス

 山を下りてプレジャータウンに戻った三人は、宿屋で疲れを取る前に酒場へ報告に。


「はい、こちらが討伐報酬の10万リーンとなります」

「じゅうまっ……」


 大金すぎてラックは絶句している。おそるおそる受け取り、半分をピネスに渡そうとするも。


「私は依頼を受けていない。だから分け前はいらないぞ」

「だけど一緒に戦ったじゃないか」

「目的のついでにやったことだから気にするな。それに金には困ってないんだ」

「そうなんだ……」


 嫌味で言ったわけではないだろうが、金欠のラック達にはぐさっと刺さるものがあった。


「いやはや驚きました。子ども二人で倒せるとは思ってませんでしたが、ピネスさんと一緒なら納得です」

「おじいちゃんはピネスさんのこと知ってるの?」

「ええ、ピネスさんは数少ない魔法剣の使い手ですし、ある界隈では有名な方なんですよ」

「ある界隈?」

「私の話はそれまでにしてくれ。それよりもう遅いんだ、早く宿に行こう」


 できればもっと詳しく聞きたいラックだが、眠気も近づいている。大人しく宿屋に向かうことにした。

 途中、ラックは一つだけ質問を投げかける。


「あのさピネス、もしよければ教えてほしいんだけど」

「なんだ?」

「ピネスの目的って、結局どんなものなんだ?」


 魔法剣についても知りたいが、聞いても会得できる自信はないのでやめておく。

 目的について、ピネスはすんなりと答えてくれた。


「カイデル山の近くに塔が建っているのを知っているか?」

「魔族が住んでるって噂の?」

「ああ、ゼカの塔といって厄介でな。進行は遅いが、放っておくと魔気の範囲を広げてしまうんだ」

「魔気を広げるって、普段出ない場所に魔物が現れちゃうかもしれないのか?」

「そうだ。カイデル山も本来は魔物が出ない山だったが、あの塔ができてから次第に現れるようになった。……もしもこの街にまで魔気が広がってしまえば混乱は避けられない。そうなる前に塔の主と接触し、魔気の拡大を止めてもらうか最悪塔を壊す。それが私がここに来た目的の一つだ」


 ただ魔族がいるだけの塔ではなかった。

 塔の仕組みが魔族の思惑だとすれば、やはり人間に仇をなす存在なのだろうか。


「ピネスさん一人で行くの?」

「いや、仲間が今日明日で来る予定なんだ。早くとも明日にはなんとかするつもりだよ」


 ますますピネスが何者なのか気になってくる。ただの戦士ではないはずだ。


「……この際だから私も一つ聞きたいことがある」

「俺が答えられるものならいくらでも聞いてくれよ」


 しかし、ピネスが聞きたい相手はラックではなく。


「わ、わたし?」


 ピネスがより神妙な面持ちで、エリーの方を向く。

 聞きにくいことなのか、しばらくしてからゆっくりと口を開いた。


「答えられればでいい。エリー……きみは本当にただの人間なのか?」


 質問の意味が、ラックには全くわからない。

 ピネスはいきなりなにを言うのだろう?

 きっとエリーも同じ気持ちだと思っていたら、目を伏せたまま口をつぐんでなにも答えない。それどころか、少し思い詰めた表情をしていた。


「別に問い詰めたいわけではない。きみがラックや私に好意的であるのも充分わかっている。だが……私の予想が正しければ、きみは」


 エリーの様子が心配になり、ラックは途中で割り込んだ。


「もういいじゃんピネス。エリーは答えたくないみたいなんだからやめようぜ。代わりに俺でよければなんでも答えるからさっ」

「いや、きみには特に聞きたいことはないが」

「あ、そう……」


 そりゃそうかと思いつつも少しショックだが、切り上げるタイミングには丁度良い。


「すまなかったなエリー、疲れただろうに余計なことを考えさせてしまった。……もしよければ早朝、酒場に来てくれないか。少しきみと話がしたいんだ」

「…………」


 その返答すらないまま、三人は気まずい空気のまま宿屋へ到着。

 いつの間にか、エリーはラックの裾を握っていた。

 それはきっと、不安の表れ。ラックも黙って受け入れる。


「混み合ってまして二人部屋と一人部屋がそれぞれ一つずつしかないのですが、どうされますか?」


 本来であれば、女性二名と男性一名で分けるべきかもしれないが。


「じゃあ俺とエリーが二人部屋を使うよ。ピネスは一人部屋でいいかな?」


 さっきの会話もあってか、エリーとピネスを二人きりにするのはまずいと判断した。


「ラック、わたしと一緒に寝たいの?」


 いの一番に反応したのはエリーであった。


「部屋が同じなだけ! ベッドは二つあるんだから寝るのは別々だよ」

「なーんだ」


 あからさまに残念がられても困る。苦笑いされながらもピネスは了承してくれた。


「ラック、きみのスキルは扱いが難しいがけして弱くはない。スキルを活かす戦い方をすれば、きみはどんどん強くなるはずだ」

「ありがとう、自分のスキルを見つめ直す良いきっかけになったよ」

「それとエリー、明日来てくれるとありがたい。……じゃあ、おやすみ」

「……うん、おやすみなさい」


 ピネスと別れ、二人は別々のベッドに飛び込んだ。体も洗いたいがひとまず横になりたい。

 ベッド同士の距離はやや離れているため、エリーが侵入してこない限り密着される心配はなさそうだ。


「ねえラック、胸の傷は大丈夫?」


 体をラック側に傾けて、顔を覗き込むように見るエリー。その体勢から見られるのは新鮮な気持ちである。


「ああ、全然平気っ。防具もあったし、マヨウ森の毒針に比べたら軽いほうだよ」


 応急処置も済ませてあり痛みも軽微だ。打たれ強くなったのはかなり大きい。


「そっか、よかったっ」


 声は明るめだが、心の内は複雑だろう。

 初めて入手したステラピース、それにピネスの意味深な問いかけ。気持ちの整理が落ち着いていないはずだ。

 そんなエリーに、ラックができることは。


「なあエリー。明日は早めに起きてこの街を出よう」

「……え?」


 エリーにとって意外な申し出だった。


「ステラピースも手に入ったしもうここには用がないだろ? ピネスには悪いけど、さっさと次のステラピースを探しに行こうよ」


 ラックの真意にエリーは気づき、表情が潤んでいく。


「……ピネスさんの質問に答えられなかったこと、ラックはやっぱり気になる?」

「気になるっちゃ気になるけど、エリーは言いたくないんだろ? ならそれでいいじゃん。いくら仲間でも無理に話す必要はないよ」


 強要させる権利なんてあるはずない。

 ピネスもそれがわかっているから引いてくれた。


「わたし、ラックはもちろんだけどピネスさんも好きよ。でも……ごめんね、まだ打ち明けられるほどの勇気がないの」

「いいっていいって! 自分の気持ちを優先しなよ。だからもう気にしないでいいからさ」


 ラックが歯を見せて笑うと、エリーは泣きそうになるのを堪えて同じく笑った。


「わたし、ラックに出会えてほんとにほんっとうによかった。あなたがいなかったら、誰も信じられないまま死んでたかもしれない」


 大袈裟だなと思いつつも、変異種ボムフラワーの例があるのであながち間違いではない。


「……あのねラック、ステラピースはわたしのお母さんの形見なの」

「へえ、そうなんだ……そうなのか!?」


 いきなりの暴露にラックは思わず起き上がる。

 形見ということは、もうエリーの母親は。


「そっか、だから手に入れたとき泣いてたんだ」

「泣いてないもん」

「ええ……」


 そこは強情だ。しかも現在進行形で涙ぐんでいる。


「でも、どうして急に教えてくれたんだ?」

「少しずつ、打ち明ける練習。いまはまだラックにもそれしか言えないけど……大好きなラックには、わたしのこともっともーっと知ってほしいからっ」


 照れ臭くなる。もちろん他の人には言うつもりはない。

 エリーが少しでも前に進もうとしてくれて、ラックは嬉しかった。


「じゃあなおさら明日は早く出よう。次のステラピースの手がかりを探さなきゃなっ」

「うん、そうね!」


 明日の予定が大雑把に決まり、次第に夜は更けていく。


 そのときのラックは、深く考えていなかった。

 なぜステラピースが母親の形見なのか、どうして母親の形見が各地に散らばっているのかも。

 田舎出身で情報に疎いせいか、ラックはまだこの世界をなにも知らない。

 あまりにも、知らないことが多すぎた。

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