15_ステラピース
「エリー……? エリー!!」
倒れたまま、呼びかけに答えない。
エリーが生きているかもわからない。
わかるのは、エリーを守れなかった事実。
感情が揺さぶられ、頭の中がぐちゃぐちゃに乱れるラック。目の前で起きた光景に愕然とし、手から力が抜けていく。
「ラック、鈴を破壊するんだ! エリーの言ったことを信じろ!」
ピネスから冷静な指示が飛んでくると、ラックは直前の言葉を思い出す。
気にせず絶対に鈴を壊せ、と。
ならば、いまやるべき行動は一つだ。
「そうだよな……絶対に壊す。だから、絶対に無事でいてくれ、エリー」
勢いをつけすぎた反動か、ケルベルはまだ動けていない。
いましかないと、ラックはケルベルの懐に入り砂弾銃を構えた。
「これで終わりだ!」
ゼロ距離射撃で、赤い鈴に連射する。
引き金を引く指の力は血管が浮き出るほど強く、たとえ切り裂かれようが噛まれようがブレスを吐かれようが止める気は毛頭なかった。
エリーのためにも、赤い鈴を壊すまでは絶対に譲れない。
「あれ?」
気づけば、砂弾銃から弾が出ていない。
それどころか本体そのものがボロボロと砂に変わり果て、地面へと還ってしまった。
「嘘だろ、まさか弾切れ!?」
絶望にも等しい瞬間。
こうなってしまうとスキルの価値は大幅に下がり、地道に1ダメージを重ねていく以外手段がなくなる。時間をかければ壊せるだろうが、エリーの安否が気になる現状は悠長にしていられない。
作戦失敗。生死不明のエリーを連れて撤退しようと考えたそのとき。
「ラック、ここまでよくやってくれた!」
ラックの背後に、両手で長剣を構えてピネスが現れる。
「きみの働きを無駄にするわけにはいかない、ここで仕留める。しゃがめ!」
すぐさま体を屈ませると、その位置から長剣が水平に振り抜かれた。
先にある赤い鈴から、重たい音が一度だけ響く。
ケルベルの首元を離れた赤い鈴は放物線を描いて飛んでいき、地面へ落ちて砕け散った。
「……壊れた!」
これで全ての赤い鈴を破壊し、無敵が解かれたケルベルに攻撃が通るはずだ。
「きみはエリーの様子を見に行け。ケルベルは私がなんとかする!」
ラックの心境を察してか、ケルベルの相手を引き受けるピネス。自分が戦いに参加しても戦力的に劣ってしまうため、ここは任せるしかない。
「わかった、ありがとうピネスっ」
感謝しつつ、ただちにエリーのもとへ向かおうとする。
ところが、ケルベルがまたしても高く跳ね、今度はラックに狙いを定めていた。
回避はできても着地後の地響きが厄介だ。動けないまま至近距離で襲われては、一巻の終わりとなる。
「くそっ、間に合うか!?」
ピネスが長剣から炎を飛ばし、空中のケルベルに当ててもひるまない。魔力を込める時間が短く、威力が低すぎる結果だった。
もうすぐ、ケルベルが地上に降りてくる。
打つ手なしかと諦めかけていると。
「……え?」
輝く球体が二つ、着地前のケルベルに命中する。
当初の着地点より大幅にズレた位置で、ケルベルは倒れ込んで地面へと落ちていく。
ラックにとって見慣れた魔法。球体が飛んできた方角を向くと、エリーが青い杖をがっしりと構えていた。
「エリー! よかった、無事だったんだ!」
「うんっ。二人とも鈴を壊してくれてありがとう。あとはわたしに全部任せて!」
ラックは心底安心する。まだ戦いは終わっていないのに気が緩みそうになる。
いつもの無邪気な笑みを見せた後、今度は真剣な眼差しに変わるエリー。
その瞳は、体勢を戻すケルベルだけを映している。
「さっきはよくもやってくれたわね。わたしやピネスさんを突き飛ばして、そのうえラックにまでケガさせて! ほんとにほんっとうに許さない、覚悟しなさいよケルベル!!」
いままでにないぐらい怒りを露わにするも、当のケルベルには伝わらない。むしろケルベルも怒号に近い吠えを轟かせている。
エリーとケルベルの間を阻むものはない状況で、先に動いたのはケルベル。
三頭それぞれのブレスを一つに凝縮し、ブレス三つ分以上の威力がこもった『モストブレス』を解き放つ。
モストブレスは勢いを絶やさず一直線に突き進んでいく。もはやブレスというよりは光線に近く、バチ、バチ、と弾けるような音を立てている。触れれば焼け落ちてしまいそうだ。
しかし、エリーは動じない。かざした杖先から二つの球体を生み出すと、絡み合うように交差して迫っていく。
お互いの魔力が衝突する。
力は互角……ではなく、押し勝ったのはエリー。
モストブレスは呆気なく消え、またもや吹き飛び二転、三転するケルベル。
「まさか、ここまで圧倒的とは……」
ピネスにとって予想以上の事態だった。無敵状態でなくとも多少の苦戦を強いられると踏んだはずが、手を貸す必要すらないとは思いもしない。
体勢を崩すケルベルに、エリーはすかさず追撃する。
今度は杖を真上に突き上げて星の魔力を高めると、ケルベルの頭上だけが眩しく光り輝く。
――狙いは定まった。
「これでとどめよ、フォーリングノヴァ!!」
杖を地面に叩きつけた瞬間、稲妻の如くケルベルに閃光がほとばしる。
まばたきすれば見逃してしまう、たった一瞬の出来事。
光がケルベルを飲み込んだ。
響く轟音と光が止んだ後は、ケルベルの姿など微塵も残っていない。それどころか落とし穴を作ったかのように、地面が派手にへこんでいる。
エリー達は変異種『ケルベル』を倒した。
へこんだ地面の奥に見えるのは、ドロップアイテムらしきものともう一つ。
アイテムを探すよりも先に、ラックはすぐさまエリーに駆け寄った。
「エリー、ケガはない? 歩けるか?」
「へーきっ。ちょっと頭が痛いけどそれ以外はなんとも」
無理しているようには見えない。だけどそれが余計心配になる。
「でも、あいつの突進をまともにくらっただろ? 本当にケガ一つしてないのか?」
「実はね、ラックが買ってくれたあの首飾りのおかげなの。スターズムーンが衝撃を防いでくれたのよ」
「あれが……? そっか、そういえばそんな効果あったんだ」
消耗品だからか、エリーの首元にはスターズムーンはもうない。
「ごめんね、折角ラックが買ってくれたのに壊しちゃったみたいで……」
「気にするなって。そのおかげでエリーが助かったんなら言うことないよ。アクセサリーはまた買えばいいんだからさ」
「……うんっ、ありがとうラック!」
さっきまでは怒っていたのに悲し気な表情になり、ラックが頭をなでるとまた嬉しそうに笑うエリー。喜怒哀楽が相変わらず激しい。
「みんな無事でなによりだ。二人がいなければ勝てなかっただろう、本当に感謝する」
ピネスが深く頭を下げるも、二人は慌てて手を振った。
「ううん、ピネスさんがいろいろ教えてくれたから勝てたのよ」
「それにピネスがいなけりゃなにもできないまま終わってたよ。こっちこそ本当にありがとう」
事実、ピネスの助言や砂弾銃がなければ無敵状態すら解けなかっただろう。
似たようなやりとりを今朝もした気がして、三人はふふっと笑う。
いまこの場には三人以外いない。緊張の後の脱力はとても気持ち良かった。
「さて、そろそろ戦利品を早く取りにいってはどうだ?」
「ああそうだった。いこう、エリー」
「うん! ……ところで地面だいぶ削っちゃったけど怒られないかな」
「ケルベルがやったってことにしよう」
ラックとエリーはさらっと責任転嫁した。
気を取り直してケルベルがへこませた地面に向かい、落ちているアイテムを確認する。
まずはうんざりするほど攻撃した赤い鈴が、一回り小さくなって再登場。
「それが『三頭狼の鈴』、討伐の証だ」
「これを鳴らせば無敵になるとかは?」
「ないな。武器や防具の素材にはなるが」
「うーん残念」
そして、エリーが手にしたもう一つのアイテムは。
「……これがステラピース?」
エリーは小さくうなずく。
ラックが思っていたよりも小さく、手のひらで握れば隠れてしまう。
五角形の星の形をしたステラピースは、明るい橙色。
「やっと……やっと見つけたよ……」
声と手の震えで気づく。
エリーは泣いていた。
感極まるほどに、彼女がずっと探し求めていたもの。
「よかったね、エリー」
「うんっ……うん! すごく、すっごく嬉しいっ!」
旅に出てから、ラックは初めて達成感というものを味わえた気がする。
エリーはステラピースを手に入れた。




