14_砂弾銃
鈴の音が聴こえてくるのは、山頂に辿り着いた証拠。
変異種ケルベルはすでに臨戦態勢に入り、中心の一頭がうなり声を上げて牽制している。
「準備はいいな、いくぞ!」
最初にピネスとエリーが走り、距離をとってケルベルの両側へと移動する。
ここでどちらかをターゲットにしてくれればラックが動きやすくなるが、期待に反してケルベルは動かない。
一頭ずつ、それぞれが三人に顔を向けていた。
「くるぞ!」
三頭の口から青白いブレスが吐かれる。事前に聞いていた攻撃パターンの一つ、魔力の息吹が三人に襲いかかった。
ピネスは長剣を抜いて魔力を込めると、銀の刀身が熱を帯びて赤く燃え盛っていく。
燃える長剣を振れば真紅の炎が放たれ、一発でブレスを相殺した。
「あれも……魔法?」
魔法とはてっきり杖を使うものと思い込んでいたので、剣でも似た力を引き出せることにラックは驚いている。
続いてエリーも星魔法スターショットでなんなく迎撃し、残るはラックのみ。ピネスみたいな力も星魔法もないため、打ち消すのは難しい。
取れる選択肢は、避けるだけ。ラックにとっては慣れた行動であり、前進しつつもブレスをかわした。
流れるように砂弾銃を赤い鈴に撃とうとするも、ケルベルは標的をラックに向けている。
咆哮と共に振り上げられる右の前脚。これも集中すればギリギリかわせるはずだが。
近づくほど増幅する鈴の音により、平衡感覚が乱れた。
「くっそ、避けられない!」
爪がラックの胸部を鋭く切り裂く。ゴムテクターで致命傷は免れているが、無傷とはいかず血が飛び散った。
だけど戦闘不能にはまだ早い。ケルベルとの間合いを充分に詰めたいまこそ、反撃のチャンス。
「頼むぞ砂弾銃、効いてくれ!」
右側の赤い鈴に銃口を向け、砂弾銃の引き金を引いた。
数ミリ程度の砂の塊が大量に、目では追えないぐらいの速度で飛び跳ねる。反動は一切なく、赤い鈴に被弾する度に甲高い音がこだましていく。
あまりのうるささに耳が破裂しそうになる。胸元の傷もじわじわ痛くてしょうがない。
でも、止めるわけにはいかなかった。
歯を食いしばり、ラックはひたすら撃ち続けていくと。
「……壊れたっ!」
十秒もしないうちに、赤い鈴が粉々に砕け散った。
数にしておよそ三百発、それら一つ一つが命中したとするのなら、ラックは300のダメージを与えたことになる。
ラックのスキル『オビット』は確実に効いていた。
「すごいわラック、この調子ね!」
「まだ鈴は残っている、油断はするな!」
まだ無敵状態は解除されていない。スキルが役立って浮かれたい気持ちを抑え、残り二つの赤い鈴を急ぎ壊さなければ。
しかしケルベルも大人しくはしていない。咆哮の後、三頭によるブレスが一斉にラックへと放たれた。
避けようにも範囲が広く、迫る衝撃を前に身を屈めるぐらいしかできない。
万事休すか。
「させないわよ!!」
魔力には魔力で。
エリーが放つ星の球体が横から乱入し、ブレスを誰もいない方角へと弾き飛ばした。
「貴様の相手はこっちだ、変異種」
いつの間にかピネスが接近しており、すかさず残りの赤い鈴に一太刀を浴びせる。
だが、まだ壊れる気配はない。
更に効かないとわかっていながらも、自分に注意を引きつけるべく何度かケルベルの顔を斬りつけた。
思惑通りケルベルはピネスに狙いを変え、図体の大きさを活かして突進を仕掛けていく。勢いが乗る前に長剣で競り合うも、すぐに力負けしてしまうだろう。
「ラック、いまのうちに撃て!」
「わかった!」
ピネスが押さえつけている間に、ラックが砂弾銃で二つ目の赤い鈴を撃ちまくる。
このまま持ちこたえられるかと思いきや、ケルベルの巨体に耐えられずピネスは大きく突き飛ばされてしまった。
「ピネス!?」
「……私に構うな、撃ち続けろ!!」
倒れ、吐血してもなおやるべきことを優先させるピネス。
動揺を抑え、ラックはひたすら射撃を継続する。
その甲斐あって、二つ目の赤い鈴も打ち砕いた。
「よし、あと一つ!」
残るは真ん中の鈴のみ。
これさえ壊せば全ての攻撃が通ると、砂弾銃を再度ケルベルに向けようとした瞬間。
ケルベルの姿が、どこにもない。
「……上だ!」
「あんなに高く!?」
ピネスの叫びで上を向くと、ケルベルは数メートルも上に跳んでいる。
あの巨体に踏まれたらひとたまりもない。慌てて離れ、着地の際に詰めようとラックは身構えるも。
着地と同時に発する強力な地響きが、全員の動きを止める。体が痺れてしまい、すぐには行動に移せなかった。
一方で地面に戻ったケルベルは、ゆっくりとエリーに体を向ける。
唸り声を低く鳴らし、土を抉るほどに両脚に力を込めていく。
「……今度はわたしってわけね」
エリーに突進する気だ。
体の痺れが抜けていないうえ、おそらくラックやピネスよりも打たれ弱い魔法使いの彼女。抵抗なくぶつかれば間違いなく重傷になる。
もしも魔力の攻撃であれば、エリーは魔法で相殺できていただろう。
ところが単なる生身での突撃では、魔法を撃っても無敵であるケルベルには意味がない。
「やめろ、お前の相手は俺だ、エリーに攻撃するな!」
気合と根性で立ち上がり、不安定ながらもラックはケルベルのもとへ近づこうとする。
落ちてある小石を投げるも届かない。
ピネスも加勢したくともまだ万全ではなく、助けようにも距離が離れすぎている。せめて魔法が効くのなら打開できたかもしれない。
このままでは、エリーがやられてしまう。
「ラック、ピネスさん。わたしのことは大丈夫だから」
「……エリー?」
標的にされているエリーは、杖で体を支えてふらふらと立ち上がり、落ち着いた声で二人に伝える。
「わたしがやられても、絶対に気にしないで鈴を壊して。絶対、絶対だよ!」
言い終えたタイミングで、ケルベルが全身をもって襲いかかる。
いまになって痺れが治まったラックとピネスだが、全力で急いでも追いつかず。
鈍い音と共に、エリーが吹き飛ばされた。