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13_ケルベル

 作戦変更後、危なげもなく山を登っていく。

 今回はエリーの張り切りようが尋常でなく、魔物が現れたらすぐさま撃墜。前衛担当ラックはほぼ歩いているだけだった。


「だいぶ登ったな。もうすぐ頂上に着くぞ」

「そしたら変異種のケルベルと対決ね。ステラピース、本当に持ってたらいいんだけど」


 無ければ完全な無駄足とは言わないがショックは大きい。キザな戦士パーティの情報が正しいことを、ただただ祈るのみだ。


「そういや、どうしてエリーはステラピースを集めようとしてるの?」


 ちょっとした疑問をぶつけてみる。エリーは少し言い淀んでいた。


「えっとね……上手く説明できないんだけど、できれば他の人に手に渡ってほしくないくらい、ステラピースはわたしにとってすごくすっごく大事な物なの。……ごめんなさい、これ以上は答えられなくて」


 具体的な理由は伏せられているが、のどから手が出るほど求めているのはわかる。応えたくないなら、無理に問い詰める必要はないだろう。


「そっか、じゃあ今回で手に入るといいね、ステラピース」

「……うん! ケルベルなんてボコボコにしてやっつけちゃうんだからっ!」


 上昇していく二人の士気。

 いざ頂上へと意気込むそのときだった。


「なんだ? なにか聴こえる……鈴の音?」

「リリーンリリーンって聴こえるわね。もしかしてケルベルの仕業!?」

「だとしたら誰かが先に戦ってるのかもしれない。とにかく行ってみよう!」


 進めば進むほど音が大きく響いてくる。

 間違いない、すでに誰かがケルベルと交戦中だ。

 山頂へ辿り着くと、長剣を構える女性の姿が、灰色の大型魔物と対峙していた。

 一つの胴体に繋がる三つの頭はラックの顔より断然大きく、一つ一つが威圧感の塊だ。

 四つ脚から成る鋭利な爪も要注意だが、なによりひと際目立つのは、それぞれの首に付けられた真っ赤な鈴。

 あの鈴が、いまも鳴り続ける音の発生源だ。


「ねえ、あの人ってピネスさんじゃない!?」


 エリーの言うとおり、あの後ろ姿には見覚えがある。

 二人を助けてくれた今朝の女性、ピネスだ。

 鈴の音以外の声が聴こえピネスが振り向くと、予期せぬ登山者に驚いていた。


「ラックにエリー!? どうしてきみ達がここに!」

「俺達はあいつを倒しに……って危ない!!」


 振り向いたがために生まれた油断。ピネスの背後を狙い、ケルベルが突進してくる。

 ケルベルに轢かれる一歩手前でラックが駆け込み、ピネスを横に突き飛ばした。


「な……ラック、大丈夫か!?」


 すぐに立ち上がり、無事だという証拠を見せるラック。突進は回避できている。

 しかし、まだ安心するのは早い。


「二人とも、いったんこの場を離れるぞ、ついてくるんだ!」

「わかった、エリーも早く……エリー?」


 ピネスの指示に従うラックだが、エリーは立ち止まったままケルベルを睨んでいる。


「よくもラックとピネスさんを! さっさと倒れなさい!!」


 青い杖が輝き、星の魔力が呼応する。大きな魔力が空に流れているのが、鳥肌が立つぐらいラックにも感じ取れる。


「フィフスノヴァ!!」


 変異種ボムフラワーのとき以上に、より輝度を増した流星群がケルベルに叩きつけていく。鈴の音を掻き消すほどの衝突音だ。


「あれはまさか……星魔法……?」


 その光景を、ピネスは瞬き一つせず眺める。

 まるで信じられないものを見たかのように、その表情はひきつっていた。


「もしかして、倒したのか?」


 エリーのもとまで近づき、ラックはケルベルの様子を確認する。土埃でよくわからないが、彼女の星魔法で生き残った魔物はまだ見ていない。

 だから、今回もきっと。


「おそらく、無理だ」


 ピネスがそう呟いた。

 そしてまた、鈴の音が聴こえてくる。

 土埃が収まって見えたのは、傷一つ負っていないケルベルの全身。


「そんな、なんで!?」

「とにかくピネスの言うとおりにしようエリー、ほら!」


 動揺するエリーの手をつかみ、ラック達はいったんこの場から離れる選択を取った。


「追いかけてこないかな?」

「安心しろ、奴は山頂にしか留まらない。そういう性質らしい」


 確かにケルベルは追いかけてくる素振りを一向に見せず、威嚇するように鈴の音を鳴らし続けている。

 少し山を下り、三人は状況の整理を始めた。


「二人はなぜこの山に来たんだ? あの変異種の討伐依頼を受けたのか?」


 ピネスの問いに正直に答えるべきか迷う。もしもステラピースを彼女も探していると思うと打ち明けづらい。


「それもあるけど、わたし達はステラピースを手に入れるために来たの。あの変異種が持ってるって聞いたから……」


 ラックが悩んでいると、代わりにエリー本人が答えた。どうやら教えても問題ないらしい。


「ステラピース? ゾディアックスターピースのことか?」

「ゾディアック……スターピース?」

「そうだ、別名ステラピース。そっちのほうが一般的な呼び名だったな。持つだけで星魔法を一つ使えると伝えられている星の欠片だが……ところでエリー、きみはすでにステラピースを持っていたりするのか?」


 エリーはかぶりを振る。

 さっきの星魔法は、ステラピースによるものだろうかとピネスは考えていた。考えがはずれても「そうか」と返すだけで、これ以上は追及してこなかった。


「ピネスこそどうしてここに?」

「ある目的のついでだ。変異種は放置しておきたくないからな、時間のある内に倒しておこうと思ったんだが……一人では相当厳しい相手だとは思わなかった」


 ひとまずはステラピース目当てじゃなさそうで一安心だ。


「とにかくだ、私はあの変異種を倒したい。ラック、エリー、協力してくれるか?」

「もちろんだよっ。エリーもいいかな?」

「うんっ、よろしくねピネスさん!」


 協力しない手はない。二人の快諾にピネスは若干頬を緩ませるも、また引き締め直す。


「まずはあの変異種の情報だな。あいつはさっきも見たとおり、いまの状態ではいかなる攻撃も通用しないんだ」

「無敵ってことなの?」

「じゃあどうすれば倒せるんだ?」


 自分をケルベルに見立て、ピネスは自らの首元を指差す。


「奴の首に付いている、赤い鈴だ。あれの鳴らす音が結界を張っている。だから赤い鈴を全て壊せば奴の無敵状態も解かれるはずだ」

「赤い鈴……あの音のせいだったのか」


 無敵状態であるなら、エリーの星魔法が通用しなかったのも理解できる。随分と反則じみた能力だ。


「元々基本種のケルベルは鈴で自分の防御力を高めるんだが、変異種はそれの超強化版だな。ただ強力すぎる反面か、現れる時間も場所も制限されているのが救いだ」

「……あんなのが街を襲ってきたら相当厄介だな」


 変異種ケルベルの特性は把握できた。

 続いては倒し方だが。


「ねえピネスさん、赤い鈴は魔法で攻撃できないの?」


 エリーの星魔法なら一掃できるだろう。

 しかし、ピネスは「できない」と即答した。


「あの鈴は魔力による攻撃を一切受けない。だから物理攻撃で壊すしかないんだが、そこでだ」


 ピネスは提言する。


「私とラックの剣で赤い鈴を壊そう。ただあの鈴はかなり硬い。軽く叩いてもダメージは通らないから、常に全力で攻撃する必要がある。大変だとは思うがやれるか?」


 全力という言葉に、ラックはつい苦い表情を見せる。

 その理由をまだピネスは知らない。


「ごめん、先に言っておけばよかった。作戦はいいんだけど、俺の力じゃ赤い鈴は壊せないと思う」

「どういうことだ?」

「オビットっていうスキルの影響で、簡単に言うと一回の攻撃で1ダメージしか与えられないんだ。だから……俺じゃダメージを全然稼げない」


 ここにきて自分のスキルが歯がゆいラック。折角の共闘が台無しだ。

 ところがピネスは顔色一つ変えずに「ふむ」とうなずき、質問を投げた。


「ちなみにそれは、きみの攻撃であれば必ず1ダメージということか? たとえば剣だけじゃなく、素手で殴っても小石を投げても1ダメージになるわけか?」


 その問いかけに、ラックは自信なく答える。


「多分、大丈夫だと思う。あんまり試したことないけど」

「なんだ、頼りない返事だな。折角の稀有なスキルなんだから、もっと調べておいたほうがいいぞ」


 軽く笑いつつ、ピネスは腰元の鞄からある物を取り出した。

 見たこともない形。親指と人差し指を伸ばした手と同じ形状をしていて、持ち手の部分には引き金が付いている。


「これは?」

砂弾銃さだんじゅうと言って、引き金を引くと砂の弾を高速で連射する機能を持っている魔導具だ」

「魔導具……」


 魔法めいた力を持つ道具を魔導具といい、ダンジョンに隠されていたり変異種の魔物が持っていたりする。

 ラックは魔導具を見るのは初めてだった。


「ただこれは欠陥品で、射程が短いうえに威力が低すぎるのが難点なんだ。赤い鈴にダメージは通らないと思い、使うつもりはなかったんだが……」


 視線を合わせ、砂弾銃をラックに託すと。


「きみのスキルなら、この銃で大ダメージを叩き出せるんじゃないか?」

「……俺の、スキルで?」


 心が震えた。

 もし、スキル『オビット』が役立てるというのなら。


「わかった、俺にやらせてくれ!」


 ラックは砂弾銃を力強く握った。


「よし、なら少し作戦を変更しよう。私とエリーで魔物の注意を引きつける。魔法は効かないが挑発程度にはなるはずだ。ラックはその隙に砂弾銃で赤い鈴を壊すんだ。いいな?」


 ラックもエリーも了承し、三人は再び山頂へと向かった。

 道中、ケルベルの攻撃パターンを教えてもらいつつ、ラックはいままでにない緊張感を覚え始める。

 失敗すればケルベルを倒せず、ステラピースを手に入れるどころか二人を怪我させてしまうかもしれない。

 本当に、上手くいくのか? 圧し掛かる責任がラックの足取りを重くさせる。スキルを初めて活かせる機会なのに、こんなにも不安を感じたことはない。

 手に汗が握り、心音がバクバクする。

 本当にできるのか、本当に――


「ラックっ」


 突然後ろからエリーに抱きつかれ、我に返る。


「エ、エリー? どしたの?」

「んーん、ラックの緊張をほぐそうと思って」

「……緊張してるってわかった?」

「うんっ、ラックはわかりやすいから」


 お互い様ではあるが黙っておくラックであった。


「だいじょーぶ、ラックなら絶対に上手くいくわ。赤い鈴も壊せるしケルベルも倒せる。絶対なんだからっ」


 ラックの肩を揉みながら、優しく鼓舞するエリー。腕前は良くなかなか気持ちいい。


「だってラックは、最強で最高の戦士なんだから! わたしが保証するわ」


 出会ったときもエリーはそう言ってくれた。

 嘘だとしても、励ましだとしても。

 それは、ラックにとって。


「ありがとう。エリーのおかげでバッチリだよ」

「どういたしましてっ。困ったときはエリーちゃんに任せてよ!」


 不安な気持ちは、エリーが拭い去ってくれた。

 きっと、いや、絶対にやってみせる。

 いつも以上に気合が入るラックだった。

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