第二章 三話 アイと憎悪
「先生? 先生ってば。先生。何をそんなにブツブツと気持ち悪いですよ」
自分の世界に浸っていたせいですっかり彼の存在を失念していた。
「まだいたのか。よしさっそく君を採用しよう。今日から君を助手とする」
依頼の手紙…… いや挑戦状が来てはもはや一人の手では負えない。
助手は不可欠な存在。
「ええ。はあ…… うーん。ありがとうございます」
躊躇いがちに返事を返す助手。嬉しくないとでも言うのか。
自分で応募しておいて採用されたら嫌がるなどあってはならない非礼。
大声で思いっきり喜ぶぐらいして欲しいものだ。
「うん? 嬉しくないのか。君の願いが叶ったんだぞ。少しは喜んだらどうだ。
淡白なんだよな。まあいい。さっそく始めてくれ。
君の助手としての能力を見てみたい」
「分かりました。でもどこから手をつければいいか…… 日時からイベントは調べられますが場所が特定できなければ必要以上に時間が」
お手上げ状態の助手。彼にはまだ荷が重かっただろうか。
「おいおいそんなことも分からないのか。よく見てみろ。手紙にあるだろ目印が」
「どこ? どこにも書いてませんよ」
助手は手紙を受け取り一通り目を通す。それでも分からないと泣き言を言う。
「あのね。書いてあるとはかぎらないだろう。君も少しは頭を働かせてみろ。推測するんだ。書いてないならどこだ。どこにある」
助手として有能かどうかこれで分かる。ヒントですぐに分かるなら適性がある。
しかしまったく浮かばないようならこの時点でおさらばするしかない。
「ああここですね」
「正解だ。ギリギリセーフ」
消印には地域が記されておりこれを手掛かりに調べて行けば辿り着けるはず。
助手から手紙をひったくるとズボンのボケットへ入れる。
「改めまして。私はアイ探偵事務所代表のアイです。どうぞよろしく」
手を握り挨拶を交わす。
「残念ですが本名は教えられません。ですが不便なのでこうしませんか。先生と呼んでください。私も君のことを助手と呼びますから」
いくら助手とは言え本名は名乗れない。それが心苦しい。でも致し方ない。
きっと理解してくれるはずだ。
こうして二人はコンビを組むことになった。
「では準備は任せましたよ。分からないことがあれば何でも聞いて下さい。
とりあえず当面の目標は今回の事件を解決することです。
君にはその助けをしてもらいたい。決して無理はしないように。
無事に戻ってくることを第一に行動して下さい。
現地での行動は自己責任ですよ。以上」
大声ではいと言うと駆け出して行った。
<間奏>
夜遅く寝静まった頃に男女が交わる。
「ふふふ…… どうしたの? 言うことが聞けない訳ないわよね」
奉仕する男。
「早くしなさい」
「しかしお嬢様…… 」
「いいから早く」
「婚約者がいながらこれはまずいのでは。旦那様に叱られてしまう」
「プッププ…… 笑わせないでよ。何もお前と結ばれようなんて思っていないわ。いいから早くしなさい。それこそお父様に言いつけるわよ」
困った人だと内心思うが決して口には出せない。
「あんまりですよお嬢さま。こんなことしたくはない」
「フフフ…… ハッハハハ 何を言ってるの。本当にそんなふうに思ってる? 」
「当たり前じゃないですかお嬢様」
「だったら何でそんなに大きくなってるのかしら?
あら嫌だどんどん大きくなっていくじゃない。
人は見かけによらないとはまさにこのことね。見た目に似合わずご立派になって」
欲望を抑えきれない女と抵抗できない男。
ゆっくりと夜は更けていく。
女は脱ぎ捨てて白装束一つに。
男は黒ずんだ今にも破れそうな格好。
「いけません。旦那様に知られでもしたら私はこの村から追い出されてしまう。それだけはご勘弁を」
男にはその気がない。どう断わるか悩んでいる。女はそんなことお構いなし。
「いいからその汚らわしい服を脱ぎなさい。まったく早くしなさい。これは命令よ。いいの? どう言うことになるかあなただって分かるでしょう。さあ早く」
男は言いなりになる。闇の中で全てを脱ぎ捨てて奉仕する。
「そうよ。それでいいの。あなたはただ受け入れてさえくれればいいの」
一方的な関係。まるで奴隷のような扱い。
「それでいいの。それで。もう焦らすなんて馬鹿な考えは止めなさい。それは時間の無駄でしかないの」
「お嬢様。アアア」
「フフフ…… ほら気持ちいいでしょう。さあ私の言う通りにするのよ。ホラそこそこ。そこに入れるの。恥ずかしがらないで。もう可愛いんだから」
男は幼く美しい。年配女性からの人気は絶大で隠れて夜の相手をさせられている。
絶体断われない彼の立場を知って弄んでいる女たち。
特に権力者からの強引なお誘いが多い。
「フフフ…… 何でそんなに恐ろしく美しいの。やっぱり異国の者だから?
よそ者は大変よね。もしかして本当は私たち一族に恨みがあるんじゃないの?
いいのよ。協力しても。でもその代わりいいでしょう? 」
再び交わろうとする脅迫者。男には断ることなど出来ない。
「協力してあげる。アアア」
その様子を少し開いた障子からこっそり見つめる二つの目。
「どうする? やっちゃう? 」
お酒が入ったせいかおふざけが過ぎる。
「何を言うんですか? 私は別に恨んでなど…… 」
本心を隠し懸命に奉仕する哀れな男。
ことが切れてようやく女は夢の世界。
寝息を立てる女に殺意を抱く。
だが今ではない。今ではない。そう言い聞かす。
自然と無防備な女の首に手が。このまま締め付ければ恨みを晴らせる。
やってしまうか? だがそれは今ではない。今ではないのだ。
ふう危なかった。計画は順調。悟られなければ絶対に上手く行く。
朝。
日差しが眩しい。うーん良く寝た。
女はまだ寝ている。もうここを離れなければならない時間。
変に疑われたら今後動きづらくなる。
たとえばれても咎められはしないだろうが噂はすぐに広がる。
こんな小さな村では仕方ないこと。
女にとっては遊びかも知れない。だが男にとっては命がけ。
失うものが大きすぎる。
ハイリスクノーリターン。
続く