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『第一村人』殺人事件   作者: グミさん
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第一章 一話 2020年3月春の旅

<第一章>


2020年3月


電車には私と同じようにマスク姿の人々が座っている。


サラリーマンやさっきからうるさくされている年配女子の集団。


少々ボリュームを下げて頂ければありがたいのだが祈りは通じない。


「うるさい」と注意すればカウンターパンチが返ってくるのは間違いない。


今のところ「うるさい」の一言を言うつもりはないが…… 


それにしてもマスク越しでもそれだけ大声で会話が出来るのだから大したものだ。


彼女たちはどうもこの辺の人のようだ。話してる内容やイントネーションに方言、


態度から推しはかることができる。


続いて遠くの方で楽しそうに騒ぐ男女の集団。連休初日ということもあって観光。


いや格好からすると登山だろう。


大学生はいい気なものだなどとつぶやけば年を取ったと言われそうである。



次に目の前の光景。まあいいかと無視できない。さっきから人だかりができてる。


それも若い子から年配の女性まで。一目見ようと行列が出来ている。


そう言うとオーバーかもしれないし本人も否定するだろう。


その中心人物こそ何と……



「もう、先生何とかしてくださいよ。さっきから我関せずでまったく止めも収めもしようとしないんだから」


ふうと一息つく。助手を見ているとかわいそうだなと思う。


その反面、自業自得ではないかとついつい笑ってしまう。


悪いと思うがなかなか止められるものではない。


「先生酷い」


旅のいい思い出だと説得してもこの様子だと無理だろう。


「済まん済まん。だから言っただろう。少なくてもマスクとメガネぐらいしろと助言したのに。変装は探偵の基本中の基本。常識じゃないか君。ははは…… 」


ルックスが人よりも優れていると大変なこともある。


まさか冗談だと思ったが今はこの感じが流行っているそうだ。


「酷いなあ。本当に僕が何をしたって言うんですか」


「まあそうは言うが周りをよく見回してみろ。殺気立っているではないか」


女性の憧れの視線に混じって男共の今にも襲い掛かりそうな嫉妬の眼差し。


こうはなりたくない。まあ助手と入れ替わるのも悪くないかなと思わなくもない。


楽しそうだし。まあ大変なんだけどね。


「今後もこのようなことがあれば強制的に着けてもらうぞ。いいな? 」


「分かりましたよ。マスクを下さい」


聞きわけがいい。しかしそれではつまらない。もう少し耐えるのも探偵には必要。


「そんなものは自分で用意したまえ。 勘違いしてもらっては困る。私が探偵。君は助手。立場を弁えたまえ」


もう少しからかわなくては。私はここに居る男共の代弁者でもあるのだから。


彼らが満足しなかったらどんな目に遭わされるか分からない。私はごめんだ。


嫉妬の嵐に巻き込まれ哀れな自分を自覚するのは絶対に嫌だ。


「もう先生ってば酷いなあ」


助手は酷いなが口癖になっている。



乗り換え。


特急ナントカ号。名前は覚えきれない。お洒落な感じの電車がホームへ。


迫力満点。車体も黄色を基調としたレトロな雰囲気。


形もマッチしていて前方のくびれがそそる。今にでも変身しそうな勢いだ。


最新型らしく車内も広々としていて座席もゆったり。


シルバー世代からの人気も高いと聞く。


もちろん指定席の場合はだが。ここは生憎自由席。


本来なら助手も気を利かせて指定席を予約するべきだが高いと却下。


いやいやそれはないだろう。疲れちゃうよ。まあ座れたから文句はないが。


席取りゲームに負けた悲惨な連中が近くの通路や扉の前に立っている。


まあ行きとは限らないけどご苦労さま。



「先生。先生ってば」


助手が騒ぎ始めた。まったく静かに旅もできないのか。


調子に乗るとつけあがるので無視を決め込む。


まったく少しは大人しくして欲しいものだ。


旅情も何もあったものではない。まったく困った助手だ。


「先生返事してください」


「君。いちいちうるさいんだよ。用があるならはっきり言ってくれたまえ」


機嫌を損ねてはと助手は慌てて言い訳をする。


しかし困ったことにまったく要領を得ない。


「だから先生。外は見ないんですかと…… まあ別にいいんですけど」


歯切れが悪い。


「おいおいさっきも言ったろ? いかなる時も冷静な判断が求められるのが探偵。


もし君の言に従えば冷静な判断どころか偏見で物事を捉えてしまいかねない。


まっすぐな目で公平な態度で臨むには何にも毒されないことが大事。


そんなことも分からないのか」


ついつい探偵としての心構えをレクチャーしたくなる。


これも性。まあ助手にとってはプラスになるだろう。


「はいはい分かりましたよ。でも残念だな…… こんな美しい景色が見れないなんて。ほら桜も七分になってますよ。本当にきれいなんですから」



助手は何とかして振り向かせようとするがその手には乗らない。


私には探偵としての心構えがあるのだから。彼には悪いが付き合うつもりはない。


「ほら早く閉めないか。窓まで開けて他人の迷惑も考えろ。子供じゃないんだぞ」


花粉に反応した乗客がくしゃみを放つと続けて周りでくしゃみ合戦。


私も負けじと三連発。もう止まらない。


大声で豪快にくしゃみをする者。堪えきれずに盛大にするもの。


遠慮がちに可愛らしい声を発する者。


助手が慌てて窓を閉めて事なきを得る。


今年の桜は温かさもあってか例年よりも一週間以上早い開花。


桜前線が徐々に北上している。今は花見シーズン。


どこもかしこも花見客で騒がしいのだがまだ花粉症が終わっておらず……


どちらかと言えばピークを迎えている。


花見のピークは歓迎するが花粉症のピークとなれば別で厄介なものである。


早く終わってくれないか。


まさかこの後も花粉症に悩まされるかと思うと嫌になってくる。


このままずっとマスク生活なんてもっての外だ。


まあそんな未来が現実になることはないだろうけれど。



「先生すみません。不注意でした」


「そうだろそうだろ。分かってくれればいいんだ」


こうやって少しずつ気遣いができるようになればそれに越したことはない。


まあ私の場合はさほどひどくないのでくしゃみだけで済むからいいが。


まさか探偵がマスク姿で登場するのでは格好悪い。変装とはまた別の話である。


「いいかね。君の場合状況判断ができていない。このままでは足を引っ張ることになる。そして酷い目に遭うだろうから特に気を引き締めること。分かったね? 」


「はい。反省しています」


厳しすぎたかなあ。まあこれも彼の為だ。


その後は大人しくなった。



音を立てて電車がホームに滑り込む。


                続く

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