晴天
都会の喧騒が少し寝静まったかのような年末の深夜
重い体を引きずるように駅から自宅への道を歩く。
年末が近く朝のニュース番組でイルミネーションが綺麗だと言われていた場所も何年も点灯したところを見た事がない。
明らかなブラック会社だがその分人間関係が希薄で仕事以外の話題などでないからありがたく務め続けているが今年はどこかの部署が監査に引っかかったらしく体制改善を余儀なくされ上のしわ寄せをこなしている。
疲れと眠たさでクラクラしてくる頭と1歩1歩が重い足を動かしあと少しでいえと言うところで家のドアノブに目をこらす。
1年ほど前から私を好きだという手紙とともに夜ご飯と通勤しながら食べれる朝ごはんがドアノブに毎日吊るされている。
最初の1週間は怖くて手をつけられなかったがいくら都会とはいえ深夜に弁当を売っている場所はなくあっても高いので有難く頂戴している。(たとえ体液など入っていても腹を壊さなければいいやという大雑把な考えが大半だが)
家までまあと数歩のところでヒールが折れ手バランスを立て直す力が出ずそのままコケてしまった。
カバンが頭を守ってくれたし冬の寒さを凌ぐ厚着をしてたため打っただけで怪我は無さそうだ。
頭を守ってくれたカバンは誕生日だかなんの日だったか忘れたがドアノブに掛けられていたものを使わせてもらっているものだ。
柔らかい触り心地のいい革に頭の形がピッタリフィットしそのまま空を見上げて重いまぶたが降りた。
「・・・さぃ い で 起きてくださいっ」
聞き覚えのない声に重たい目を開けると見覚えのない男性が涙をハラハラと流しながら顔を覗き込んでいる。
「すまない。顔を覚えるのは苦手なんだ。」
どこの部署の人か聞こうと頭をめぐらせるが頭が上手く回らない。
「めをさましたんですね?あんなとこで寝ちゃダメですよっ僕本当に心配でこのまま死んじゃったらって ぐすっ」
目より長いさらさらの前髪に涙をボロボロこぼす細身の彼は本当に誰だろうか。
よく見れば自室であることに気づき常に締切っているはずのカーテンが綺麗にまとめられ雲ひとつない青空に気づいた。
「あー・・・やばい無断欠勤だ。」
「そこですか?勝手ながらあなたの兄を名乗って体調不良で明日まで休むことを伝えましたよ。」
呆れるような声で言われるが無断欠勤は会社の信頼云々以前に仕事の割り振りを早めにするために必要な事だ。
と考えているのが顔に出ていたのか目の前の男性は大きくため息をついた。
「ところであなたはどなたでしょうか?私は何故か家に戻る直前のから今までのことが記憶になくてどういう状況か分からないのです。」
細身で手足の長いモデル体型をユルっとしたシャツと細身のキレイめなGパンという出で立ち目元は前髪で隠れて見えないけれど鼻から下はとても整っている。
「僕は昔あなたと同じ会社にいたものです。あなたがここはやめた方がいいと部署に掛け合ってくれて退職してすぐ起業したんです。1ヶ月も一緒に働いたことは無かったですが。」
覚えてないかと尋ねるような視線を感じ正直に首を横に振る。
「何人も同じようなことしてて正直誰が誰か覚えていないな。」
「なんとなくそうじゃないかなって思ってました。僕を辞めさせてくれたあとのことが気になって会いに来たらあなたは夜遅くまで働いているし辞める気配もなかったしできることをしようと仕事終わりにご飯作って持ってきてたんです。」
「君があのご飯の送り主か。いつもありがとう。美味しいし中の具材も被らないようにしてくれてたから楽しみになってたんだ。」
やっとお礼が言えたよとふふっと笑うと彼は照れたのか襟をグッと伸ばした。
「こちらこそ弁当洗って返してくれてありがとうございます。たまに手紙くれるのも嬉しかったです。」
「ああ、便箋でなく付箋で申し訳ない。便箋を買う暇がなくて。」
なんどか美味しかったやいつもありがとうやこのおかずが特に好きだったなど弁当の中に入れていたのを思い出した。
「朝弁当箱の回収に来たらあなたが倒れてて病院は死ぬほど嫌いと聞いていたのであなたの部屋に運んだんです。勝手にカバン漁って鍵見つけました。すみません。」
深く頭を下げる彼に誠意を感じこちらこそと顔をあげさせる。
ふと周りを見ればゴミでちらかっていた部屋が綺麗に片付けられベランダには貯めていた洗濯物が干されている。
「会社辞めてうちに来ませんか?あそこに残ってもまた倒れるだけですよ。」
静かにけれどしっかりと紡がれた言葉にどれほど私を心配したのかが伝わってくるり
1ヶ月も一緒に働いていなかったと言うがそれでもここまで思ってくれるからに悪い気はしない。
「あー。うんそうだね。私も体の限界を感じるようになったし今年の監査でだいぶやばいことがバレて今会社の中で体制を大きく変えようとしてるんだ。それが終わったらって考えてはいたよ。」
人付き合いは別に苦手ではない。だが仕事は何も邪魔されずしたい派なので朝から晩まで仕事に撃ち込める今の職場は私にはちょうどいいのだ。少し仕事を何も考えず割り振られるだけで。
「適当に結婚するとでも言えば難なく辞めれるだろうなと思っていたんだが引き抜きか。小細工する手間が省けたな。」
「この建物もあと2ヶ月で壊されるみたいですしね。」
しんみりした顔で彼がいった。
「それは初耳だ。」
「えっと掲示板に入居者様へって書いてありましたよ・・・?」
マジか。
「明日は不動産に行かなければな。」
はぁと深くため息を吐く。
夜遅くに帰るから掲示板は何ヶ月も見てなかった。
「じゃあ・・・」
目の前の彼がいきなり姿勢を整え襟をグッと伸ばした。
「結婚を前提にお付き合いしませんか?」
何がじゃぁ何だ。
「僕はあなたが好きです。あなたを養うくらいわけないほど稼がせていただいてます。甲斐性あります。家事も一通りこなせます。」
彼の長い前髪越しにまっすぐ真剣に向けられる視線にたじろぐ。
「僕はあなたを幸せにしたい。僕を利用してくれるならそれだって嬉しいんです。一緒に暮らしませんか。」
正直あのお弁当は毎日でも飽きないほど美味しいし洗濯物は私が干すよりシワなく綺麗出し何より。
恥ずかしそうに襟を伸ばす彼をじっとみる。
ちらりと見えた彼の目が綺麗で胸が高鳴るのだ。
「私でよければ。」
パァっと喜ぶ彼に胸がふわふわ暖かくなる。
グゥギュルルぅ
私のお腹がとてつもなく大きく鳴った。
「実はご飯作ってあるんです。」
温めますね。と立ち上がりキッチンへと歩く彼の耳がとても赤くドキッした。
しいたけと昆布の出しの香りを感じながらぼふっと寝転び久しぶりに見る青空に目を移す。
入社当時から上司にありえない量の仕事を割り振られ周りの先輩に謝りながらもこなそうとしていた新人を思い出す。
頼りなさげにいつも眉を8の字に曲げて泣きそうな目を気持ち悪いと言われていた彼は、
出勤する度に青白くまっすぐだった背を丸めニコニコしていた顔がピクリとも動かなくなっていったあの彼は
本当はあんなに人を温かい気持ちにすることができる素晴らしい人間だったのだな。
彼を辞めさせたあとひと悶着あったが
今の彼を見たらあれくらい何でもなかったなと思える。
よしと起き上がりカバンからスマホを取り出す。
「できましたよ。」
恥ずかしそうにでも幸せそうな笑顔で襟をグッと伸ばす彼の言葉を聞きながら私は会社へ退職することを伝え終えたスマホをぽいとカバンに戻し清々しい気持ちで彼の元へと向かった。