九
もう捨て置かれたのだと思っていたのに今更何故連れ戻されたのか、それはとても単純な事だった。
辺境伯が重い病にかかり、かかりつけ医に治療薬が無いと匙を投げられたらしい。私が学園を卒業後、アクスレピオスを卒業し医者になった事を把握していた辺境伯夫人が薬をつくらせる為に連れ戻したのだ。
「お前のような気味の悪い親不孝者が初めて役に立てるかもしれないのです。寝る間を惜しんで薬を作りなさい。わざわざ部屋を用意してやったのです。出来上がるまでこの部屋から出る事は許しません。
もし薬が間に合わないなんて事があれば直ぐに斬首にします。心得ておきなさい。」
そう言われて閉じ込められたのは日の入らない地下室。道具は一式揃ってるしトイレもあるけれどベッドは無い。
辺境伯の診察は手足を縛ったまま担がれた状態でかかりつけ医が触るのを後ろで見たのみ。診察中ずっと怒鳴られていたかかりつけ医には同情した。
その後は記録を渡され、かかりつけ医から説明がされた。
かかりつけ医が匙を投げたのも頷ける。症状は関節の激痛、患部の赤みが不定期に起こり右足首の炎症。かかりつけ医は痛風と診断して食事生活の改善を促し薬をだしていたらしい。何が重い病気だろう。
改善する事をせず悪化させ今の薬では抑えられなくなりかかりつけ医から見放されただけじゃないか。
「お嬢様には申し訳ないですがこのままではこの部屋から出られる日は…。」
「心配痛み入る。大丈夫、考えてあるから。」
かかりつけ医は私が医術に興味を持つきっかけになった人物で、家族から冷遇され怪我がたえない私を手当してくれていた。
あの頃は艶々だった黒髪も今では白く艶がない。私が居ない間も苦労してきたのだと思う。
「お嬢様は昔から聡明でした。医者の道に進まれた事は驚きましたが、嬉しくも思います。
何をなさるのか伺ってもよろしいでしょうか。」
「私も医者だから患者に害する事はできない。だから、自分で未来を選ばせようと思う。」
かかりつけ医は私の話を聞いて必要な薬草を持って来ると言って部屋を出て行った。その間にできる準備はしておこう。
早く戻らないとマーガレットさんや双子に心配をかけてしまうし、こんな所に一秒だって長く居たくない。
パタパタと準備をしているとドアがノックされた。
かかりつけ医が戻ってくるには早すぎると思っていると食事のトレーを持って筋肉がすごい男が入ってきた。
「飯を持ってきた。また回収にくるから食べたらそのままでいい。」