一
夕日が差し込む校舎の廊下を一人で歩いていると外から笑い声が聞こえてくる。私には縁のない世界。
私の日常は他人との関わりが薄い。理由はわかってる。
一つ目はこの容姿。令嬢らしく長く伸ばして後ろで束ね纏めている髪はブラウンで良くある色だが、瞳は血のように真っ赤。まるで化け物だと家族さえ嫌そうにして私と目を合わさない。
陰で赤目の呪い子と言われているのも知ってる。
二つ目は私の興味の対象。貴族なのだから勿論マナーや芸術等それなりに学んではいるが空いた時間に私は医学書を読んでいる。
女は結婚して後継を産んで家を盛り立てる道具にしか見られていない中でそんなもの読んでいれば馬鹿にされ嫌煙される。
三つ目は性格。愛想笑いが苦手で媚びを売ることも出来ない。
まあ、そんな事するくらいなら一人で充分だ。
それに、そのおかげで本を読む時間が出来ている。今も図書室から数冊の本を借りて寮に戻る途中だ。
しかし、珍しく慌ただしい足音が私に近づき息を切らした男子生徒に呼び止められた。
「グリルレッテ辺境伯令嬢っ!お願いします…俺との婚約話を破談にしてくれっ!!」
面識は全く無いがどうやら目の前の男子生徒は自分との婚約の話があるらしい。
当事者であるはずの私は何も聞かされていない。きっとまた母辺りが私を追い出す為に勝手な事をしているに違いないがない。
「私はその話を知りません。もし本当なら正式なルートで破談の手続きをするべきです。」
「男爵家から断りなんて入れられる訳がないだろ?!しかも資金援助の話までされてるんだ…。」
「そうですか…。」
辺境伯の地位ならば中から上位の貴族の元に嫁ぐ事は可能。なのにあえて資金ぐりに苦しんでいる男爵家を選ぶだなんて。
まぁ私も結婚なんて興味無いし良いか。
「私は貴方との結婚に興味はない。だから何かしら手は無いか考えてみます。」
「あ、ありがとうございますっ!!俺、俺……彼女の耳にもこの話が入ってて……。」
「それはお気の毒に。用は済んだようですので失礼します。」
再び歩き出すと男子生徒がボソッと何か呟いたが気にしない。
それよりもこの婚約話を無くすために早急に実家に帰らなきゃいけない方が問題だ。
このシリウス学園は円を三等分したように隣合うアニイドフ国、アプリコット国、キャッサバ国の三国が交わる中心に建てられ、それぞれの国から十歳を迎えた貴族の子が入学し交流を深めながら通う事が義務付けられてる。
アニイドフ国グリルレッテ辺境伯領はこの学園より西側に一週間程、夏期休暇はまだ先。
「…面倒だ…いっそ飛び級で卒業でもするか?」
シリウス学園には優秀な人材を活かすために飛び級制度がある。
図書室の必要そうな本は入学してから二年半でほぼ読み終わってる。親しい友人も居ないし実家に帰りたくないから居ただけだ。
「今日はもう遅いし明日相談して次の日に試験を受けられるかな…。」
荷物だけは今日纏めておこう。
ん?待った。帰る必要あるか?
居場所の無い実家に帰るんじゃなくて失踪してしまえば良いんじゃないだろうか。
どうせ家族は探さない。学園も卒業さえしておけば動く理由はない。
身の回りの事は一通りできるし路銀をどうするかくらいか…。
「とりあえず寮に戻って食事を済ませてからだな。」
再び一人となった廊下を歩き始め角を曲がろうとすると、隠れるようにしゃがみ込んだ少年と目が合った。