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悪役令嬢には、まだ早い!!  作者: 皐月うしこ
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第34話★幸せの極みですわ

周囲がどんな感情を抱いていようと、まさに人生絶好調のエリーにとっては関係のない話。常にのぼせたようにボーっとして、時々無意味に笑ったりしている。いつもであれば、愛らしい声を屋敷中に響かせるのに、今は深層の令嬢らしく、おしとやかに窓の外を見ていたりする。それも頬を赤く染めて、花や鳥に話しかける不気味さが加味されているのだから、誰もが「見てはいけないもの」状態で、エリーの身の回りの世話をしていた。



「お嬢様、お茶が入りましたよ」


「ええ」


「シェフがお祝いに、イチゴのプリンを作ってくださいましたよ」


「ええ」


「アーノルド王子とのご婚約祝いにと、家庭教師の先生が」



そうレリアが告げるなり、エリーはまた「ふふ」っと笑う。月夜会から帰宅して以来、四六時中この調子では、逆に通常運転になりつつある。

エリーのアーノルド王子バカは、この一年で嫌というほど体験してきた。そんな歴戦の猛者は侍女のレリアだけではない。



「はい、あーん。エリー様、美味しい?」


「ん」


「おい、お前、またこぼしてんぞ」


「ん」


「ったく、しょうがねぇな」



ディーノが食べさせて、ロタリオがエリーの頬についたクリームをぬぐう。ところが、その唇に少しでも何か触れようものなら、途端に顔を真っ赤にして「いやぁぁああ」と突っ伏すのだった。



「アーノルド王子様の指先がぁぁあああぁぁ」



余程唇に触れた衝撃が強かったのだろう。エリーの脳内は、月夜会に置き去りにされてきたのか、あれから十日たっているというのに、未だにその瞬間に戻っては、こうして一人で悶絶している。



「新年ももうすぐっていうのに、ボケてんじゃねぇよ」


「ロタリオ、あれは夢じゃありませんわよね?」


「何回、同じこと聞くんだよ」


「ディーノ、本当に、アーノルド王子様と私はこ、こ、こ、こ」


「婚約した」


「婚約ぅぅうぅ」



イラついたロタリオの口調や、どこか素っ気ないディーノの雰囲気など、エリーは気にもならないのだろう。いつもより数割増しで可愛く見えるのは、恋する乙女のなせる業か。一年の終わりを祝う冬休みは、勉強をしなくていいのだから、王子様の妄想をする時間だけは余るほどある。ところが、これは妄想ではなく歴史に刻まれる現実。

エリーの部屋に続々と運び込まれるお祝いの品は、この十日間、止まることを知らずに溢れかえっている。



「エリー、何を食べてるの?」


「ハイドお兄さま。それに、カールお兄さまも、リックお兄さまも」


「イチゴプリン?」


「あの、その、私、ご報告がありますわ」


「エリーの時間が十日分動いているなら、その報告は毎日ちゃんと聞いているよ」


「僕はもう、その愛らしい唇が他の男の名前を刻むのを見たくないな」


「アーノルド王子との婚約でしょ」



もじもじと赤い顔で小さく頷くエリーは、お世辞抜きでとても可愛い。あれほどワガママで憎たらしい性格をしていても、微笑みひとつで許されるくらいの容姿をしているのだから、生まれ持った武器と呼んでもいいだろう。

エリーが心から喜んでいるのがわかるだけに現状がツライ。そうさせるのが他の誰でもなく、自分であればよかったのに、などと考える周囲の思いにエリーは気付かない。鈍感な部分も可愛いと思えたのは、過去の話。今は、無性に腹が立つ。



「エリー、何か欲しいものはない?」


「ハイドお兄さま。不思議なことに欲しいものは何もないですわ」


「なら、キルにのって空を飛ぶ」


「ディーノ。キルとのお散歩の気分ではありませんの」


「いつもの食い意地はどこに行ったよ。プリンが泣いてるぜ?」


「ロタリオ。プリンは泣きませんわ」



それに、なんだか胸がいっぱいで、と。エリーは、ぺたりとした胸に手を添えて頬を染める。



「カール兄様、エリーの腑抜けっぷりを見てよ」


「うーん。さすが王族、恐るべし」


「ちょっと微笑まれただけでしょ。正式に申し出があったわけじゃないのに、周囲が盛り立てるから、エリーが、すっかりその気になってる」


「月夜会の後から音沙汰がないとはいえ、書面では婚姻関係は結ばれてるよ」


「げぇ。そういうところが抜かりなくて僕はキライなんだよね」


「俺たちがどうでるか、母上にはお見通しだ。先手を打たれたな」



なんとかエリーの意識を自分たちへ向けようとする弟以下二名を眺めながら、カールとリックは愚痴をこぼす。

どうにもならない現実を嘆くものだが、やはり納得はいっていないのだろう。どうしたものかと、美しい顔に苦難を浮かばせて、二人は壁の絵と化していた。

そこへ、バタバタと足がもつれる勢いで、ヒューゴが駆け込んでくる。また妻のリリアンから逃げているのか。誰もが焦りもせず、驚きもせず、息を切らせる男を見ていた。


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