器の中で、見た桃源郷
「…ここは?」
気が付くと俺は、見慣れたかつての森にいた。
それはとても懐かしく。微かに甘い香りが漂っている錯覚をしていた。
「懐かしい、な」
ふと、後ろから走る音が聞こえてきた。
音につられて振り向いた。
そして俺は、自分の目を疑った。
真っ黒のエナンを被り。
長く、艶やかな黒い髪はエナンからあふれてなびいている。
手に持っているのは昔見慣れていた魔導書。
微かに微笑を浮かべ、杖を背に担ぎ、俺の横を通り去っていった。
俺はその姿に見覚えしかなかった。
「…アリ、ス…」
「オーディン!!!」
俺のほうとは真逆の方向に、アリスは俺の名前を叫んだ。
「なんだ。また来たのか?アリス」
「うん!あのさ、今日はこの魔法見てほしくってさ」
「俺なんかが見たところで、すごいとしか言えねぇぞ」
「いいの。すごいって言ってくれるだけでも」
その会話は、俺も覚えていた。毎日の日課のようになっていたアリスの訪問。
毎日、この森に来ては俺に新しく見つけた魔法を見せてくれた。
「見てみて!今日はね、花を使って相手を麻痺させる『痺れ華』っていうの作ってみた!」
「そうか…もう少し魔力を抑えてみろ。誰にも気づかれずに麻痺させられる。魔物相手ならまだしも、人間程度ならわかるやつにはわかるぞ」
「いいの。人を倒したりするものじゃないから。私にとって、魔法の研究は大いなる私の目的の通過点に過ぎないのだから!」
「はいはい。そーですかい」
「むぅー!どんな目標か聞いてよ!」
「今日聞けば、これで238回目だ。いい加減覚えた」
そうだ。俺はもう、覚えた。彼女の、夢を。大いなる目標を。
「お前の…夢は…」
刹那。情景が移り変わった。
それは俺の人生でもっともの汚点で。俺の数千年の人生を縛った出来事だ。
「…オー…ディン…」
「……」
血が手を伝う。愛した血がだ。
小刻みに震える腕は、ついにその剣を落とした。
通達がやってきた。あの日、俺の元に届いたのは
「アリスを殺せ」
この一つだった。
逆らいたかった。そんなものするかと言いたかった。でも、俺は…。
「気が、弱くってな…」
そうか。もうすべてわかった。
これは、俺に対する世界の罰、か。そりゃねぇぜって。空に吐き捨てながらここから出る方法を模索しようとした。
「…あの、ね…オーディン…」
足が止まった。どうせもう会えないんだ。不貞腐れからか、その先の聞いていなかった言葉を聞くことにした。
「…私、蘇生、魔法を完成させたくて…オーディン?託しても、いい?」
俺の体に、震えが走った。
今まで。なぜここまでして蘇生にこだわっているのかわからなかった。普通、踏ん切りをどっかでつけようとするはずだ。でも、俺はそれはしなかった。
どうしても彼女に会いたいと言えば、それで説明はつくように思えてくる。
俺は彼女の声が頭に響いてやまない感覚がした。
「…くそっ!」
走り出した。会えるとは思っていない。でも、蜘蛛の糸よりも細い紐に、俺は縋った。
横目に映るのは、これまで二人で築いた歴史の数々。でも、その時間軸は確実に過去へ過去へと向かっていた。
何かに導かれるように。あるいは狂ったように。俺は遡る時間軸を駆け抜けた。
走って。走って。疲れなんて吹き飛ぶほど走って。その先に、何か光があるのに気が付いた。
「アリス!!!」
思わず叫んで。思わず手を伸ばした。
光をつかんだその瞬間。後ろに広がっていた情景は消え去り。あたりは薄暗い、どこかわからないような空間に様変わりしていた。
「ここは…」
「どうした?人殺しのオーディン」
突如として。聞きなれぬ声に振り向いた。
「…お前は?」
「私か?私はメグリネの一欠片だ。お前に殺された彼女の体に、二度と生が宿らぬようにここにいるんだ」
「…どうしてだ?」
俺の問いに、彼女は小首をかしげ
「はて…どうして、それをお前が問う必要があるのだ?」
と、逆に疑問を投げかけてきた。
「もとは、お前が奪った命。それを、お前が心配する義理も、権利もないはずだが?」
「っ!」
言葉が詰まった。
そうだ。俺が奪った命。それを生き返らせるなんて、ご都合主義もいいところだ。
…でも。
それでも俺は、もう一度会いたい。
あってそれで、頭が割れるほど土下座をして謝りたい。
「黙って殺してごめん」と。
だから…だから…!
「…それでも俺は。彼女をもう一度生き返らせる!」




