番外編 謹慎中の優雅な朝食 後編
さて…。
目の前には前世じゃ到底ありつけなかった豪華で優雅な朝食が並んでいた。
「…いただきます」
ナイフを入れると割れた卵から黄身がとろ〜りと流れた。
黄身に光が反射し、金色に輝くさまは食欲をかなり刺激した。
一口サイズに切り取り、頬張った。
まろやかな黄身と濃厚なソースに塩っぽいベーコンがいい具合にマッチしており、高級感あふれる至高の味となっていた。
「うっめぇ~!シーザーの方は…?」
クルトン、ベーコン、レタス、きゅうりをソースにたっぷり絡ませ頬張る。
しゃっきしゃきでみずみずしいレタスときゅうりのちょっとした苦みをクルトンの甘さがいい苦みにして、チーズの濃厚さとベーコンの塩っ気がそれらを包み込む…。
さらに、野菜のシャキシャキ感に加えてクルトンのカリカリ感が食感と楽しさとおいしさを加えてくれる。
朝ごはんをぺろりと食べきってしまった。
「…うまかったけど、足りないな…」
…どうせ何にもないし。
俺はもう一度、2品を作った。
「うまそう…」
1度目の感動こそないが、それでもうまいことには変わりないだろう。
「さってと!いっただきま~」
「ハイロくん。美味しそうなもの作ってるね~」
「…す?」
つい先日聞いたばかりのその声が、俺の耳元に届いた。
幻覚だと思いたかった。幻聴だと思いたかった。
ただそんな思いは届かず、その声は
「ところで、反省期間って言ったんだけど…こんなことしてる暇はあるのかな?」
怒気を含んだ声でそう言った。
「あっマスターこれはそのただの朝ごはんでありまして」
「にしてはすご~く楽しそうだったけど?」
詰んだ。これは確実に詰んだ。俺の直感がそう言っていた。
次にどれだけおそろしい言葉が飛び出すのだろうかと思っていると
「な~んて。冗談だけど。隣座るよ」
「え?」
「だから冗談だって」
「………」
ドキドキさせるだけさせて…それ?
なんか、覚悟した分損した気分だった。
「これ、一口頂戴」
「え?まあ、いいですけど…」
俺が言い終わる前に、ナイフを入れてまずはエッグベネディクトを一口。
「…!」
大きく目を見開き、今度はシーザーサラダを掬って頬張った。
「ど、どうですか?」
「…ハイロ」
「はい?」
聞き返した直後、マスターは肩をがっしり掴んでぐわんぐわんと激しく揺らし
「どうかこれのレシピを教えてくれ!謹慎処分も解くから!」
「えぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇ!そぉんなぁこぉとぉきゅうぅにぃいわれぇてもぉ」
「頼む!一生、いや、二生のお願いだ!」
激しく揺らされたままそうお願いされた。5分ほどされたせいで目が回って立てなくなってしまった。
「あっ、すまんつい…大丈夫?」
「あ、ああ…視界が…回る…」
「…すまん」
視界がまだ気持ち悪いまま、俺はさっきの申し入れに対し
「別に、いいですよ。レシピ教えてあげます」
「ほ、本当か?嘘じゃないよな!?」
「本当ですから、肩を、掴まないでください…」
「あ、すまん」
少し吐き気に似た寒気を覚えながら俺は承諾した。あー、気持ちわる…。
「でもいいんですか?謹慎処分解いちゃって」
「構わん!そのうまい飯のレシピがもらえるなら…!」
「マスター、こんなとこで油売ってないでください」
その声と共に鈍い音がマスターの首元から鳴った。
「がっ…」という声と共にマスターが倒れたその奥には、いつの日か見たしっかり者という印象をもつような女の人がいた。
「あ、あなたは…」
「お久しぶりです。マスターは少々放浪癖がありまして。あら?これは…」
そう言った視線は、一口だけ切り取られたエッグベネディクトとシーザーサラダがあった。
「あ、食べます?マスターさんも食べたんですけど、エッグベネディクトです」
「へぇ…えっぐべねでぃくと、というんですか。言いにくい名前ですね…」
そう言いながら、おいしそうにそれを眺める彼女に
「…一口食べます?」
と聞いてみた。返事は
「ぜひいただこう」
即答でこれだった。
新しいナイフとフォークを用意し、彼女に渡した。
「…ふむ、こっちのパンの方は卵を主にした濃厚な味わいと塩っ気のあるベーコンがよくマッチしていて、こちらのサラダの方はあっさりとした野菜だからこそ、この濃厚なソースがよく絡む。それにこのクルトンがまたいい食感をプラスしてくれてるな」
「はい。あの、マスターさんはもう確定してるんですけど、よければこれのレシピ教えましょうか?」
「いいのか?すまない。この味は何度も食べたくなる。そうしてくれるととても助かる」
「いえいえ。では、少し待ってください」
そういって二枚の紙を持って別室に行く。奥にしまったインクを紙の横に置き
「“エッグベネディクトとシーザーサラダのレシピを二枚作れ”」
と命令した瞬間に出来上がった。
「よ、用意周到だな…」
プリンターの何倍も速い時間に驚きながら紙を持つと
「あっつぅ!」
「ど、どうしました!?」
尋常じゃないほど熱かった。いやこんなあっつい紙初めて触ったわ!よく見たらなんか煙出てるし!
「えっと…ありえない程熱いですけど出来ましたわ」
「そ、そうか…」
「あ、言論統制使えばいいか。“冷めろ”」
何をそんな慌ててるのか。スキルを使って紙を冷やして彼女に渡した。
「ありがとうございます。また今度作ってみますね」
「はい。あ、名前なんていうんですか?」
ずっと彼女と呼ぶわけにも行けないし。俺は彼女の名前を聞いた。
「あ、名乗ってなかったですね。私はマスターの秘書、ユメカと言います」
「ユメカさんですね。改めてよろしくお願いします」
「はい。お願いします。では、失礼いたしました。あと、エッグベネディクトとシーザーサラダ。御馳走様でした」
「はい。お粗末様でした」
そう言って、ユメカさんはマスターを抱えて出て行った。
一悶着あったが、終わったことに一息ついてテーブルを眺める。
単純に二食分の食器がおいてあり、洗い物の数は多かった。
「“キレイになれ”」
めんどくさい洗い物も、これで解決。後は仕舞うだけだ。
本当に謹慎解けるのかな…なんて考えながら食器をしまった。
一方、数時間後のギルドマスター室にて。
「…ううぅ…なんか、鬼婆にでも殴られた気が」
「あら?いつからマスターは秘書を鬼婆と呼ぶようになったのでしょうか?」
「あ…お前だった、のか…」
グラダスは自分の失言に冷や汗を覚えながら、寝ていたベットから起き上がった。
「…あ、レシピ…」
直接貰ってないことを思い出し落胆するグラダスに
「これ。ハイロさんから預かってます」
「え?」
一枚の紙が渡された。
そこには、意識があるときに食べたあの味のレシピがあった。
「こ、これは!」
「これで仕事にもやる気出してください」
「お、おうよ!やってやらぁ!」
そこから5分程。彼の仕事に対するスイッチが入ったという。このレシピは、人を幸せにする、という噂が偶然見ていた冒険者から広まっていった。




