しらすあなご 『どうしたの?お姉ちゃん』
またお姉ちゃんが壊れた。
こたつ布団と仲良くなっている。
なんだろう、この恋する乙女は。
見ているこっちの方が恥ずかしいから、外に出よう。ついでに買い物もしてこよう。
やれやれ。
構っていられない。
お昼ご飯は作ってねと言ったけれど、たぶん作ってないだろうなぁと思って帰ったら、ちゃんと作っていた。どうしたお姉ちゃん。
「ケチャップ多めで作ったから。今、卵焼くから待っててね」
そう言いながら、オムライスのご飯の部分をぽてぽてと丸くしている。
フライパンに溶き卵を流し入れて、気泡を軽く潰す。弱火でじっくりと焼いたら、ご飯にぱさりと乗せる。
お姉ちゃんバージョンのオムライスの完成だ。
「……珍しいね。手間ひま掛かるからやりたがらないのに」
「んー、琴音のふわふわ半熟オムライスの方が美味しいからねー」
「お姉ちゃんが半熟でできるようになればいいんじゃない?」
「できるようになるかなぁ。難しいんだよ、あれ」
もこもこの部屋着でもたもたと卵焼きの端っこをご飯の方に寄せて、オムライスの形を整えている。
え?どうした?
お姉ちゃん、もしかして、「たびと」さんと言う人にご飯食べさせる予定でもあるの?
私は冷蔵庫に買ってきた食材をしまいながら、姉の恋愛の進捗状況が気になって仕方なかった。
お姉ちゃんの作ったオムライスを一緒に食べながら、考えていた。
もしかして、もう部屋に呼ぶくらいになりそうなの?チョコレートを送って、お礼の連絡が来たらホワイトデーだよね?
その前にデートするのかな?
私の大学があと2年だからその間はお姉ちゃんを嫁に出したくないんだけど、この展開の早さだと1年くらいで嫁に行くか婿に取るか知らないけど、結婚しちゃうの?
えー。ちょっとそれはやだなぁ。
よし、妨害しよう。
オムライスを食べ終わると同時に、私は方針を決定した。
「お姉ちゃん、ご飯作るの覚えるなら教えるよ?夕飯は何にする?」
私はにっこりと『かわいい妹の為にご飯を作るんだよね?』と無言の圧力を込めて、お姉ちゃんに笑顔を向けた。
夕飯はまさかの天ぷら初挑戦だった。
お姉ちゃん、なんでこれをチョイスした。
「えーと、た…サイトの作品で、天ぷらを食べてるのがあったから、美味しそうだなぁって」
「ふーん」
知ってる知ってる。お姉ちゃん、私に陶芸家のおじいちゃんと熊のやり取りがいいから読んでって薦めたのを忘れてるけど、その話に冬眠明けの熊が天ぷらを食べてるシーンあったよね。
あー、あれかー、あの人なのか。
はいはい。書いた人があの「たびと」さんね。
へー。
妹相手に言いにくいのか、それともまた変な無自覚ムーブを発揮してるのか。お姉ちゃんのダダ漏れの恋心は、行動にまで滲み出ていた。
何故か娘を嫁に出すお父さんの気持ちが分かってしまい、変な気持ちだった。
夕飯の天ぷらは、温度調整も粉溶きも私がやったので、揚げることだけに集中したお姉ちゃんは、無事に成功することができた。油はねのないキノコや野菜中心だから、まあまあ順当な結果だった。
今度は粉を溶くところからやってもらおうかな。
後片付けも終わり、残った天ぷらで缶ビールを半分こにして飲んでいると、またお姉ちゃんのうめき声。
「……ああああ!…え、え?えーとえーと!」
ねぇ、顔赤いよ。
パソコンの前で両手を広げてそのまま顔を覆った。見たことがあるな。確か推しキャラ同士が突然抱き合ったシーンが流れた時だな。
でも、あれはテレビ画面の前。今回はパソコンの前。と、いうことは、「たびと」か。
「あ、スマホ!電話番号からメール送れるよね?!」
「場合によって画像もね〜。どうしたのお姉ちゃん」
白々しく聞いてみた。缶ビールもう1本開けてひとりで飲もうかなー。やってらんないなー。
半眼で顔を真っ赤にした姉を見上げていると、意味不明の言葉を叫ばれた。
「服!ああ!服を買いに行く服がない!」
「ごめん、ちょっと意味が分からない」
だらだらとこたつに潜りながら、つっこんでみた。そんな妹の冷めた目にも気がつかない姉は、さらに挙動不審になった。
「いや、まずはメールを送って。日付と時間を。うん。あ、でも時間遅いかな。早くサイトを開ければ良かった。でも…ああ〜どうしよう!」
「まだ11時前だよ。ふつー土曜日で休みなら起きてるでしょ。いいから送れば?メール」
「う、うん。送る。うん」
そのままスマホを握りしめて、私に背中を向けたまま、前傾姿勢のまま動かなくなった。タップをしているのか、右手だけがちょこちょこ動いて見える。
あー、デートの約束ですか。はいはい。コロナ禍だから接触はダメですよー。
床に座り込んだままのお姉ちゃんの背中をぽすぽす叩いてから、冷蔵庫にビールを取りに部屋を出た。あーあー。耳が真っ赤でしたよー、「たびと」さーん。
滅多に飲まない2本目の缶ビールを開ける。
飲酒歴1年未満の私は、普段はもう少し甘いお酒を飲んでいる。ビールは主にお姉ちゃんだ。
でも、今は甘いお酒は要らない。残っていた天ぷらに塩をまぶす。輪切りにしたエリンギの天ぷらを指先で摘んで、口に入れる。市販の天ぷら粉を使ったから、さくさく感が残っている。冷めたエリンギがほんのりと水気を口に残す。油に満ちた口の中にビールを一気に流しこんで、さっぱりさせる。
「ふぃ〜」
いつか、お姉ちゃんと「たびと」さんの3人で飲む日が来て、その後は私がひとりぼっちの部屋で缶ビールを飲むようになるのかなと、しんみりした。
こたつのあるお姉ちゃんの部屋に戻ると、お姉ちゃんがまた顔を真っ赤にしてスマホ画面を凝視している。
とりあえず、訊いておこう。
「どうしたの?お姉ちゃん」
「チョコレートのお礼にホワイトデーが。それで会いませんかって。どうしよう。何を着ていけばいいと思う?」
あ、別に妹だから黙ってたわけじゃないんだ。本当に何も無かったんだと私でも一瞬で分かった。え?1週間、この2人何をしてたの?メール連絡なんてもう当たり前の状態になっててもいいんじゃない?
ホワイトデー誘うのに、1週間?住んでるところ近いのに?まじで?
『何からつっこめばいいと思う?』と、思わず言いそうになった。
なんだー。「たびと」さん、ヘタレかー。これなら大学いる間だけじゃなくて、社会人になっても何年かはお姉ちゃんと一緒に暮らせるんじゃないかな。よかったよかった。
私は少しだけご機嫌になって、真っ赤になっているお姉ちゃんの頭に、背中に落ちていたフードをかぶせた。ぴょこんとウサギの耳がお姉ちゃんの顔の前に落ちたのを見て、酔いの回った私はご機嫌に笑った。




