しらすあなご 「物や思ふと」
週末の朝は、遅い。
もぞもぞと買ったばかりの毛布にくるまって、ふわふわの感触を楽しむ。
冬の間だけリビング扱いになる自分の部屋で、ごろごろと猫が喉を鳴らしそうな布団のぬくもりに思う存分に身を浸す。ご飯も布団の中で食べてしまいたい。
10時半を過ぎた頃に、引き戸の向こうから台所でかちゃかちゃと音がする。妹が起きたらしい。ご飯、作って持ってきてくれないかな。
もぞもぞともう一度眠ってしまおうかと思ったら、美味しそうな匂いがしてきた。
「…これは、ピザトーストの香り」
厚切りパンを昨日買ってきた事を思い出して、冷蔵庫に妹特製の挽肉入りトマトソースがあったことも思い出した。
「…むむう…………。食べたい」
のそのそと冬眠していたクマのように布団から出て、引き戸を開けると妹がラジオをつけてのんびりとピザトーストを食べていた。
「…おはよう。わたしも食べたい」
「おはよ。作ったよ。トースターのスイッチ5分で」
「う」
もしゃもしゃの髪のまま、言われたとおりに5分のメモリに合わせる。
その間に顔を洗ってもう少し暖かい部屋着に着替えた。暖房費の節約は大事。
わたしがもぐもぐと食べている間に、妹によってぬくぬくの布団がベランダに干される。邪魔なのか。むう。
今、わたしがいる部屋がリビングなのだが、冬の間は四畳半のわたしの部屋にテレビとこたつを置いている。
狭い部屋に2人でいると、それなりに暖かく、暖房の節約になる。コロナ予防で別々にいた方がいいと言われても、ずっとマスクして離れて暮らすことが姉妹間で定着するわけがない。何より、わたしが寂しい。
電子レンジでホットミルクを作り、体育坐りでぼんやり飲んでいると、
「部屋の掃除終わったよ。こたつ入れたから」
と、妹からのありがたい声。
「いつもありがとうね〜」
「コタツとテレビのためだから」
素気なく答える妹だけど、リモート授業の休み時間に気分転換と言って、わたしの部屋を掃除してくれるのはありがたい。荷物もクローゼットに全部しまえるようになったので、快適生活だ。
ぼうっとしたまま、わたしもコタツに入り、ノートパソコンを起動させた。昨夜、寝る前に投稿して、活動報告で更新を知らせたから何かコメントが来ているかもしれない。
あ、来てる。うん、ケットシーが…うんうん。うん?そんな人いたっけ?ああ、そうだ顔は出てない風の精…。
『風の精はしらすさんの好きなあの声優さんですか?』
声優?うーん?そのイメージはなくて…低音で落ち着いた声のイメージは…
「………た…って、うあああああ!」
突然叫び出したわたしに、妹はびっくりしていたが、パソコンを見ていると分かったらそのまま放置された。
「イメージ、いや、妄想…」
無意識のうちに「燕空旅人」さんの妄想キャラを作ってた。恥ずかしい。
両手で顔を覆い、そのまま横たわってこたつ布団に顔を埋める。何してるの、わたし!知らない内に「燕空旅人」さんで何を妄想してたの?!いや、風の精はね?蒼いイメージでね?主人公のサポートをさせようと思って作ったはずなんだけど………!なんだろうなんだろう、名前もまだ決めていない風の精のことを考えていると、すごいふわふわして楽しかったからキャラが降りてきた!と思ってたんだけど、なんだろこれ。二次元でいっぱい味わっていたから忘れていたけど。
これ、好きな人が出来たときの感覚に似ている。
「あああああ!」
「おねーちゃん!うるさい!」
こたつの中で妹に蹴られた。そのままこたつから出されそうになったけれど、赤い顔を見られたくなくて抵抗を続けた。最終的に上半身だけこたつ布団にくっついた変な状態になった。寒い。
活動報告に来ているコメントに返信も出来ず、かと言ってサイトの作品を読むことも出来ず、わたしはぼけっとしたまま長座布団に横たわってテレビを見ていた。
時々、無性に恥ずかしくなって顔をこたつ布団に埋める。そして、しばらくしたら腕を伸ばしてお茶を飲む。
その繰り返し。
妹には虫を見るような視線を貰っている。挙動不審なのは、もうどうしようもない。
社長にホワイトデーはどうするのと聞かれた事を思い出した。
でも、それどころじゃない。
パニックだ。本当に頭の中がパニックだ。
なんだろう。どうしよう。「燕空旅人」さんから今度活動報告にコメント来たら、今まで通りに返せるだろうか。いや、会ったことがない人に妄想しているのは、他のユーザーさんたちと同じだし、なんなら作品のキャラも同じだし。
キャラは電話をしてこない。
そこに思い当たるとまた、思考停止する。
電話がまた掛かってきたらどうしよう。
なんだかそれを想像しただけで、心臓の辺りがぎゅうっとする。嬉しいより困惑が強い。
何を言えばいいんだろう。待って。そもそも電話はチョコレートのお礼だったから、もう掛かってくることはないし。
ーーー電話番号知ってるなら、自分でも掛けられるんじゃない?
自分で自分の指摘に頭を抱える。
電話を掛けるの?何て言って?
電話をしたら出てくれるかな?
びっくりするのかな?
あの低い声で『しらすさん、こんにちは』って出てくれるのかな?
…………声、聴きたいなぁ。
欲望ダダ漏れの本音を自覚して、またうめき声をあげたら、
「見てないならテレビ消すよ」
と、妹にテレビを取り上げられ、
「ちょっと空気を吸いに外へ行ってくる。スーパーに寄ってくるから、昼ごはん作っておいてね」
と、放置された。
……誰もいない今の内に電話を。
そんなことを思っただけで、心臓が早くなって苦しくなったので、また長座布団に横たわった。
「考えただけで、だめだー」
両手をまぶたの上に乗せて、上を向いたまま呟くと、大きなため息が出た。




