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ジュリアン様!?

 王宮で、食事を終えたジュリアン様と私は、彼の私室でお茶を飲んでいた。二人並んでソファーに腰かけている。

 婚約者と言えども二人きりにはなれないので、後ろにはそれぞれの従者が控えている。

 でも、私の決意を実行するには二人きりにならないといけない。


「ジュリアン様、私……どうしても二人でお話ししたいことがあるんです」


 意を決して、私はジュリアン様を見つめた。

 彼は驚いた顔をしたけど、すぐ優しく微笑んで、従者に合図した。従者はすぐ部屋を出た。

 私も自分の従者に「お願い」した。彼女も静かに立ち去った。


「それでなにかな? 二人きりになるとドキドキしてしまうんだけど?」


 私が話しやすいように冗談交じりに聞いてくれるジュリアン様。

 その春のポカポカした陽だまりのような優しい瞳を見つめて言った。


「ジュリアン様、好きって言って」

「うん、好きだよ」


 ジュリアン様は顔をほころばせて言ってくれる。

 甘く蕩けるような笑顔。

 私の催眠術は強力だからね。


「ぎゅっとして」

「うん、喜んで」


 さらに笑みを深めて、ジュリアン様は私を抱きしめてくれる。幼い頃と同じ答えだ。


「ジュリアン様、好き……」


 その胸に顔をうずめてつぶやく。

 ジュリアン様は私の顎を持ち上げ、目を合わせた。アクアマリンのような綺麗な瞳が私を見つめて、近づいた。

 唇に触れるだけのキス。

 幸福感で胸がいっぱいになる。


「ジュリアン様、好き」


 今度は目を見て言う。

 ジュリアン様も幸せそうに目を細める。


「僕も好きだよ、ルビー」


 うれしい……でも、これは偽りのもの。

 ごめんなさい、ジュリアン様。長い間、縛っていて。

 心が苦しくて痛くなる。


「ルビー、君は僕が好きだと言うと、必ず悲しそうな顔になるね」


 私の頬に手を当て、切なそうにジュリアン様は言った。親指で頬をなでられる。愛おしそうに。

 言われてハッとする。

 私……いつもそんな顔してた?

 ごめんなさい、もう終わらせるから、最後にお願い……。

 私はひとつ息を吐くと言った。


「ジュリアン様、抱いて。そのあと、私のことは忘れて、セシルのところに行って!」


 トンッ


 いきなり天井が見えた。

 押し倒されたのだと理解した瞬間に、唇が熱いもので塞がれた。それだけじゃない。ジュリアン様の舌がぺろりと私の唇を舐めたかと思うと、口の中に割り入ってきた。


 え?


 キスは何度もしたことがあるけど、こんなのは初めてで、ぞくりと背筋が震えた。ジュリアン様の舌は私の口の中を隅から隅まで探るように動いて、上顎をなでる。


「んっ……んん……」


 感じたことのない、くすぐったいような快感が走った。角度を変えて、何度も唇を貪られると、酸欠でぼーっとしてきくる。


 ふいに唇が離された。

 超至近距離にジュリアン様の瞳があった。

 真夏のギラギラとした熱を帯びている。


 こんなジュリアン様を初めて見た。

 春の穏やかな光はどこへ行っちゃったの?

 私が抱いてって言ったから?

 催眠術が強すぎたのかしら?


「ルビー、前半の台詞はとてもよかったよ。実にいい。でも、後半はいただけないな」


 え? 私の命令を覚えているの?


 強い光を宿したまま、ジュリアン様は私を見下ろす。


「昔はかわいいおねだりをいっぱいしてくれたのに、ある時を境に全然してくれなくなって、久しぶりにお願いされたかと思えば……」


 ジュリアン様はふうっとため息をつく。

 え? え? 昔の命令も覚えているの?

 私は目を見開いて、ジュリアン様を見上げるばかりだった。


「お願い通り、君を抱くよ。でも、僕が君を忘れることなんてあり得ない。セシルのところへ行けとか、なんの冗談だい?」


 私の催眠術が効いていないの?

 え、いつから?

 混乱して、私はジュリアン様を見つめる。


「ま、待って」

「待てない」


 ジュリアン様はまた私に口づけた。舌を絡められて、頭に霞がかかってきて、ぼんやりとジュリアン様を見上げると、彼が満足そうに笑った気配がした。


 確実にジュリアン様には私の催眠術が効いていない。

 うそでしょ? ということは、本当にジュリアン様は私のことが好きなの?

 

 かぁっと顔が赤くなる。

 でも、ジュリアン様のキスは止まらない。それどころか、手が私のドレスを脱がし始めた。


「んん! んんっ」


 確かめたくて、待ってと言おうとするのに、口を塞がれて言葉が出ない。


 いやっ、こんな誤解されたまま抱かれるのは。いやっ。


 私は首を振ってなんとか口を離そうとするけど、絡みつく舌がそれを許してくれない。 

 誤解を解きたいのに解けないもどかしさに、涙があふれてきた。


 突然、唇が離された。


「…………っ、はぁ……はぁ……」


 せっかく話すチャンスなのに、私は荒い息をこぼすしかできなかった。

 ジュリアン様が指でそっと涙を拭ってくれる。でも、その瞳は真夏の太陽のように熱いままだ。


「ずっと待っていた。君が僕を信じてくれるのを。好きだと言い続けていれば、きっといつかは信じてくれると思っていた。でも、君が僕から離れようとするなら話は別だ。君を僕のものにして離れられなくするよ」


 そして、また熱い唇が落ちてくる。

 ジュリアン様がそんなことを思っていたなんて知らなかった。そんな思いをさせていたなんて……。


「ジュリアン様……ごめんなさい……」

「君の口から謝罪なんて聞きたくはないよ」


 私の言葉を誤解したみたいで、ジュリアン様は尖った目を向ける。唇が下りてきて、またしゃべられなくされそうで、慌てて告げる。


「ジュリアン様、違うんです! 私があなたを好きなのは変わらないんです。説明させてください」

「………セシルのところに行け、なんて言わない?」

「それは……」


 こんな状況だというのに、ふてくされたように言うジュリアン様がかわいらしい。いつもの余裕がなくて、まるで普通の男の子みたい。

 でも、天変地異の問題は解決していないから、肯定はできない。


 ジュリアン様が「それならやっぱり……」とまた私のドレスに手を伸ばすので、「お願いです! 話を聞いてください」と言うと、彼はしぶしぶ身を起こした。「僕は君のお願いには弱いんだ」と。

 私は急いで乱れた服を直すと、ジュリアン様が手を引っ張って起こしてくれた。


 落ち着いてソファーに座り直すと、ジュリアン様の方を向いて、説明を始めた。


「信じてもらえるかどうかわかりませんが……」

「君が本気で言うことならなんでも信じるよ」


 いつもの癒される笑顔に戻ってジュリアン様は言った。

 全幅の信頼、全面的な肯定がその瞳にはあった。

 ジュリアン様……。

 胸が詰まって、思わず彼に抱きつく。

 ジュリアン様も抱き返してくれて、続きを促した。


「私はある時から人を従わせることができるようになったんです」

「君の言葉なら大概の人間が従うだろうね」

「違うんです。そうではなくて、私が命令すると、言われた人は無意識に従ってしまうんです。自分の意志とは別に」


 ジュリアン様は形のよい眉を顰めた。


「例えば、君が『跪け』と命令したら、相手は無意識に跪くってこと?」

「そうなんです。しかも、命令されたことも覚えていないので、なぜ跪いたのかもわからないんです」

「なるほど。それはすごい力だね」

「はい。その力が発現したのは10歳の時でした。そして、私はあなたに『好きになって』と言ってしまったんです……」


 申し訳なくて恥ずかしくて、私は俯いた。

 ジュリアン様がどんな表情をしているのか見るのが怖い。


「あぁ、だから、君は僕の言葉を信じてくれなかったんだね」

「ごめんなさい……」


 ジュリアン様は私の頬を持ち、顔を上げさせた。

 そこには変わらない甘い甘い水色の瞳があった。


「でも、僕は操られてなどいないよ? 王家の人間は魔力が強くて、暗示にかからない。だからかな? 君のかわいいお願いはみんな覚えている。『嫌いにならないで』『ぎゅうして』『好きになって』……全部頼まれるまでもなく、僕がしたいことだったからそうした」


 私は真っ赤になった。

 逆に全部覚えられているなんて恥ずかしくてたまらない。幼い私はなんてこと言っちゃってたのかしら……。


「ルビー……ルビアナ、好きだよ。愛してる。確か『愛してるって言って』というお願いはなかったよね?」


 いたずらっぽく微笑んで、ジュリアン様は最高の言葉をくれる。

 すんなりとそれが胸に入ってきて心に沁み渡る。

 瞼が熱い。

 ジュリアン様の本気が伝わったから。

 本当にジュリアン様が私を愛しているのがわかって、歓喜が身体中を駆け巡る。


「私も愛しています、ジュリアン様」


 そう言うと、優しいキスが降ってきた。


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