旅立つ日
祖母との別れ
あの世を信じるようになったきっかけ、境界の色とは別の、強くあの世を信じるきっかけになった話をしようと思う。
僕が高校二年の頃の話だ。
サッカー部に所属していて大きな大会の地区予選が始まった事もあり練習が遅くまで続いていた冬の事、とても寒い冬だった。
父方の祖母が癌になった。見つかった時には手をつけられないほど進行していて検査後すぐ入院になった、余命は三ヶ月だった。
その日は久しぶりの休みで家にいると僕の両親が病院で必要な荷物を用意している。
「おばあちゃんはもう帰ってこれないかもしれない。」
僕は振り絞るような父の声に涙が出た。
何も言葉を返せず慌ただしく車で出かけて行く両親をただ見送る。
僕と祖母は仲が良かった様に思う。
ただ、体調を崩してからは言葉の端々に刺が混ざり始めた。
いつもの祖母では言わない様な言葉の羅列に違和感を感じ悲しかった事を思い出す。
僕と祖母は些細な事で口喧嘩をする事が増えた。
それを後悔していた。
祖母は部屋で寝込む事が多くなり病院に行こうと家族が言っても寝てれば治る、病院は嫌いだとそう繰り返す様になった。
死に至る病を患っている事、病院に行けば帰って来れないという事をきっと自分で分かっていたのだろう。
余裕がなくなり病が心を蝕んでいった結果、人に対して攻撃的になっていたのかもしれない。
祖母は全て一人で抱え込んでもがいていた様に思う、今となっては聞く事も出来ないのだけれど。
体調の割と良い日祖母はたっての希望で叔母さんと二人買い物に出かけそしてそのままベンチから動けなくなった。
叔母は動けなくなった祖母をなんとか家に連れて帰り大人達はそれでも嫌がる祖母をなんとか説得し病院に連れて行った。
入院してから一週間程経った夜中
「家に帰りたい。」
と祖母は泣きながら病院を出ようとしたらしい。
家族は引き止めるのに苦労したと後から聞いた。
見てもいないのに光景が浮かんで言葉にならないやるせなさが襲って来た。そうだよな、帰りたかっただろうなと僕は思った。
何度かお見舞いに行ったが二度目に会った時にはもうほとんど意識が無かった。
祖母の命は終わろうとしている。
入院して三ヶ月を待たずに祖母は帰らぬ人となった。
遺影の祖母は元気そうに笑っている。
葬式が終わり喪失感が襲って来て悲しみも大きかったが僕は少し間を置いて部活に復帰する事にした。
体を動かしている間は忘れる事が出来たから。
練習は厳しさを増し、帰って泥の様に眠る生活を繰り返す僕は夢を一切見なかった、あの日までは。
***
二ヶ月程経ったある日久しぶりに夢を見た。
洗面所で僕は顔を洗っている。
洗面所から廊下に出て突き当たりの部屋は生前祖母が住んでいた部屋だ。
気配に気づき蛇口を止めて左手の廊下を見る。
そこには祖母が立っていた。
幸せそうに笑っている。
「おばあちゃんもう行くわな、ごめんな。」
そう言うと廊下を進み玄関から出て行った。
待ってと声をかけようとした
気がつくと僕は泣きながら目を覚ました。
悲しいのに暖かかった、感情の整理が間に合わずに僕は動揺する。
兄弟がまだ寝ている部屋を急いで飛び出し、階段を駆け下りて朝ご飯を作っている母に今見た夢の話をした。
母は怪訝そうに、そして何より驚いた様にこう言った。
「嘘やろ?だって今日おばあちゃんの四十九日やで。」
あの世に旅立つその日だった。最後に挨拶をしてくれたのだ。
胸が熱くなり鳥肌が止まらなくなる。
そしてごめんなの意味もその時理解した、きっと口喧嘩をした事を謝りたかったのだろう。
さようなら、おばあちゃんまたねと僕は呟いた。
またいつか。