広まり方
学年のアイドル『福城麗』の学校内における知名度は俺の想像を遥かに超えるものだった。
誰もが見知っており、周りの男の目を引っ張って、寵愛している。
女子は女子で麗と絡むことで生まれる甘い汁をすする為に近付いたりしている。
麗という人物をしっかりと知っていなかった俺がむしろおかしい。
そんな彼女に彼氏が出来た。
そうなれば瞬く間に広がっていくのはごくごく自然なことだろう。
こうして、いつの間にか俺というモブキャラと学年のアイドルである麗が付き合ったという共通認識が広まる。
そして、意図せずに有名カップルと化してしまったわけで、その彼氏が浮気をしているだなんて噂が出てきてしまえばそれが例え真実であろうと、嘘であろうと止まることはなく広まり続ける。
特に女子はゲスい恋愛話は好物だろう。
真実か否か確認する前に情報として流し始めて、手を付けられなくなる。
「ありえないよね」、「さいてー」、「自分がモテ始めたって勘違いしちゃったんでしょ」、「別に選ばれただけでかっこよくはないのにねー」
教室に居ようが、廊下を歩こうがコソコソと聞こえる声で罵倒される。
本人達は罵倒するつもり無いのかもしれないが、心の無い言葉を浴びせられる。
座間のやり方は陰湿過ぎるが、俺の精神を追い詰めたいということであれば最適解であろう。
いくら、周りの人間に興味が無いと言っても不特定多数からありもしない嫌疑で屑扱いされるのは流石に辛い。
教師陣からもあまり良い目をされないのがまた心をギュッと締め付ける。
「おい。一颯。とんでもないことになってるぞ」
3時間目が終わったタイミングで奏太は声をかけてくる。
唯一、俺がそんなことをしていないと信じてくれている人間だ。
今まで奏太に対してこんな気持ち抱いたことなかったのだが、居てくれて良かったという安心感を得てしまう。
持つものはやはり信頼出来る親友だ。
上辺だけで絡んできた知り合いは全員俺の事なんか信頼せず、なんなら本当にそうなのかという確認すらせずに、俺を悪だと決めつけている。
「ここまで噂広まるのって早いんだな」
「達観してるな……」
「ちげぇよ。絶望してるんだよ」
まだ、何もしていないが正直手の打ちようがないのだろうと勘繰ってしまう。
1度こびり付いた噂は簡単に剥がせない。
「多分これ何でこうなったのかっていう原因を探して、そこをしっかりと解消しなきゃずっと続くことになるぞ」
奏太は真剣な眼差しでそう助言してくれる。
原因は理解しているが、簡単に取り除けるようなものではない。
それこそ、麗と別れるという強硬手段を行使してしまえば全ては丸く収まるのかもしれないが念願の彼女を簡単に手放したりはしない。
結局、どうすれば良いのか分からなくなるのだ。
「まぁ、頑張るよ」
「それはそうとさ、福城さんの方は大丈夫なのか?」
「ん? 大丈夫ってどういうことだ? 麗もなにか巻き込まれてるのか?」
「いや、違う違う。ほら、今一颯は『浮気してるらしい』っていう噂流れちゃってるわけじゃん? 本当に浮気してないって信頼してもらえてるのかなってさ」
確かに、根本的として麗に信用してもらなければならない。
噂が流れていることを知ってから、麗とまだ顔を合わせていない。
流石にここまで色んなところに広まっていることを考えると、知らないということは無いだろう。
俺はてっきり信用してくれるもんだと思い込んでいたが、あくまでもそれは俺の願望であり、事実ではない。
「まだ確認してないや……」
「今すぐ行ってこい。後に伸ばせば伸ばすほど色々話ややこしくなるぞ」
「あ、うん……」
席を立ち上がり、向かおうとタイミングで丁度授業の開始を告げるチャイムが鳴り響く。
それと同時に授業担当の教師が教室へと入ってきてしまい、抜け出すに抜け出せない。
あたふたしてしまっている俺のことを見つめて、勝ち誇ったような顔をしている座間への殺意がこれでもかというぐらい湧いてくる。
いつか絶対に逆襲してやると心に誓い、ふつふつと湧く殺意を無理矢理押さえ込んだのだった。
授業中はずっと麗が信用してくれなかった時のシミュレートを頭の中でしており、授業でなんの話しをしていたのかなんて何も分からないし、興味もない。
麗からしてみればこの噂なんて俺と別れるにはこれ以上にないチャンスだろう。
付き合い始めた要因が要因なだけに、この俺にしか原因がない状況で別れを切り出すっとことも大いに有り得るだろうとか、全く話を聞きいれすらしてくれないとか、そういうネガティブなことしか頭に浮かんでこない。
そんなシミュレートの時間も終わり、昼休みになる。
いつもであれば麗が来るのを待ちながら、弁当を開けるのだが今日はそんなことをしている暇はない。
一目散に麗の教室へと向かう。
人と人の合間を上手く縫い、息を切らしながら麗の教室へとお邪魔し、麗の机の前へ向かう。
麗の方へ目をやると、驚いているのかキョトンとした様子でお弁当箱を持っていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
麗の机に手を置いて、乱れた呼吸を整える。
「そんな切羽詰まった顔してどうしたの? 身体大切にしなきゃダメだよ?」
俺の背中に手を置いた麗はそう優しく声をかけてくれる。
とても自殺しようとしていた人の言葉とは思えないが、心配してくれているだけ感謝しよう。
「切羽詰まったってか……、誤解解こうと思って」
「誤解?」
麗はちょこんと首を傾げる。
冗談とか、気を使って嘘を吐いているという感じはこれっぽっちもなく、本気で意味がわかっていない様子だ。
そんな馬鹿なことあるかと思いながら恐る恐る口を開ける。
「聞いてないのか? 俺が『浮気してるらしい』的な噂」
声を尻すぼみにしながら訊ねる。
「別に知ってるけど。それが?」
「……それが?」
思ってもみない反応で思わずオウム返しをしてしまった。
「まず一颯と向き合ってくれる女の子なんて早々いないから。一颯って多分仲良くなる前に女の子に嫌われちゃうタイプだから。浮気するほどモテないでしょ」
「……。間違ってはないな」
正論ではあるが、面と向かって言われてしまうと釈然としない。
「それに浮気したって私より良い女の子は居ないから」
「大層な自信だな」
「私モテてるから」
キラッと光を発するような笑みを見せる。
あーだこーだネガティブなことを考えていたが結局は最高のポジションに収まった。
奏太には勘違いされずに、麗にも信じてもらえている。
これだけあるのなら周りからどれだけ軽蔑されようが痛くも痒くもない。
「そっか。信じて貰えるなら良かった」
「良くはないでしょ。ずっとこの視線受け続けるの? 流石の私でも精神的に参っちゃうよ」
麗は「アハハ」と乾いた笑いとともに廊下に出ようと親指を立ててジェスチャーをして見せた。
俺はコクリと黙って頷き、産まれたてのヒヨコのように麗の後ろを着いて行った。
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