決断
「疲れたよー。つーかーれーたー」
「お疲れ様。今日の面接はどうだった?」
「うーん。待ち時間が長くて妙に緊張したかな」
奢ったハンバーガーに頬張りつく。
少しぐらい女の子らしく食べて欲しいと思うが、今更可愛らしいことをされたところでコイツ演技してるなと透けてしまうと夏川自身分かっているのだろう。
「それで今日はどうしたの? 平日なのに会おうなんて珍しくない?」
「相変わらず察しが良くて助かる」
「私の取り柄だからね」
ふふんと鼻を鳴らしドヤ顔をしてみせる。
「この前飲んだじゃん?」
「飲んだね。気付いたら家に居たけど」
「千春と別れたあとね、歩いてたら蹲ってる女の人が居たんだよ。放置する訳にもいかないからとりあえず声をかけたんだよね」
「うんうん、それで勢い余ってエッチしちゃったと? お酒入ってたから仕方ないと?」
「勝手に話を飛躍させるな」
夕時のファストフード店で当たり前のように下ネタをいうのはやめて頂きたい。
というか、普通に公然の前で下ネタ言うなよ。
「声掛けた相手がさ麗だったんだよね」
「ふーん。そっか……。え? 私今とんでもない事が聞こえたような気がしたんだけど。もう1回聞いて良い? 聞き間違えちゃったかも」
「あー、まぁ。そういう反応になるよな」
実際に遭遇した俺でさえ信じられなかったのだからこうやって言葉だけを聞いている夏川がすんなりと受け入れられるわけが無い。
頭皮をガシガシ触りながら口を開く。
「麗と会った」
「福城先輩?」
「うん」
「本当に?」
「本当」
「会いたいって言ったら会える?」
「今の関係を話したら麗も会いたいって言ってたしな。というか、会うか会わないかを聞くために今日は呼んだ」
「そうなんだ。休日なら私無理矢理時間作れるから福城先輩と一颯の時間に合わせて良いよ」
夏川はポテトを口の中に放り込む。
「ちょっと今日は一緒に過ごしたい……な?」
夏川は突然甘い声で誘ってきた。
誘われて断る理由も状態なのでそのまま近くのホテルへと直行したのだった。
時は過ぎ、土曜日。
地獄みたいな仕事を片付け元い、同僚に押し付け俺はしっかりと休暇をとった。
優秀過ぎて涙が出そうだ。
同僚よ、頑張れ。
ちなみに俺はまだ家にいる。
理由は簡単だ。
集合場所を俺の家にしているからである。
しがないアパートの一室なわけだが、変な店や麗とか夏川の家に押しかけるよりは色々とマシだろうという判断だ。
後は純粋にギリギリまで寝ていられるってのもある。
流石にパジャマで出迎えたりはしないが多少の寝癖ぐらいはあったって良いだろうと思う。
1番手に取りやすい所に置いてある服とズボンを手に取り、あまり良い組み合わせじゃないなと思いつつも外に出るわけじゃないし良いかと自己解決して着る。
それからしばらく待つとインターホンが鳴り響く。
カメラ付きインターホンなんていう高価なものは設置していないのでどっちが来たんだろうかと緊張しながら玄関へ向かい、扉を開ける。
「ちょっと早かったかな? ってか、何その格好。ダサすぎ」
「開口早々悪口かよ」
夏川と目を合わせた瞬間に毒を吐かれた。
まぁ、実際に俺もだっせぇなとは思っているので否定もできない。
集合時間5分前になると麗もやってくる。
目を合わせて、本当に麗は生きていたのかと改めて実感する。
付き合っていた期間自体はそこまで長くはない。
年単位でもない。
だが、まるで何年も付き合っていたような濃密さでどれだけ当時の俺は不完全燃焼だったのかも思い知らされる。
「それじゃあとりあえず上がって……」
「うん」
夏川の居る方へ麗を案内し、お茶を出す。
「本当に福城先輩じゃないですか。心配したんですよ。突然私たちの前から姿を消して」
「ごめんね、本当にごめん」
「一……先輩ったら高校卒業するまでずっとウジウジしてたんですよ。他の女の人に告白されても断り続けて。先輩って、それだけ福城先輩のこと好きだったんだなって思いましたけど」
夏川は不服そうに頬を膨らませる。
「あ、先輩。福城先輩と2人っきりにさせてください」
「へ? あ、あぁ」
麗を前にして高校生気分に浸っているのか、夏川は敬語を全開に使い俺を外へと追い出す。
色々女子だけで話したいこともあるのだろうと察しの良い俺は何も言わずに外へ出る。
やっぱり俺ったらデキる男だね。
適当に外を練り歩き、帰宅する。
家の中の空気は外に出た時とは全く違う。
冷たく、重たい。
夏川も麗も何も声を出さずにただこちらをジーッと見つめる。
その雰囲気に押し負けて俺も何も言わずに黙っていると夏川がゆっくりと口を開いた。
「一颯。いや、先輩。私が先輩の告白に答えた言葉覚えてます?」
「あー、なんだっけ。忘れた」
「これだから先輩は……。『先輩が福城先輩を忘れられるように頑張りますね』って言ったんですよ」
「はぁ」
「もう付き合う意味無くなっちゃいましたね」
「ちょっと待って。だからさ、私と一颯の関係はもう終わってるから。千春ちゃんが別れる必要なんて――」
「福城先輩はそれで良いんですか? 記憶を失って、取り戻したと思ったら自分の彼氏が後輩に取られてた……。少なくとも私は盗んだみたいな感じがして嫌です」
「それはそれこれはこれよ」
「結果としてそう見えてるんですよ。だから、先輩。別れましょう」
「は? 本気か?」
「ええ。本気ですよ」
夏川は左手を俺の頬に当てて、右手で自身の左の手の甲をパシンという良い音を立てながら叩く。
「これで関係は終わりです。今の先輩はフリーです。彼女は居ません」
トントン拍子に話が進んでいく。
夏川が主導権を握りすぎていて入る隙間すらない。
「今の先輩が誰と付き合おうが自由です。誰が先輩に告白しようが自由です。ゼロ。全てまっさらにしただけですから」
夏川は1粒の涙を見せたあと、俺の静止を振り切って家を飛び出したのだった。
麗も居心地が悪いのか早々と帰宅する。
こうして、俺に彼女は居なくなった。
◇◇◇
6年後。
「一颯。結婚おめでとう」
「あ、あぁ。ありがとう。奏太もそろそろ結婚しろよ?」
「余計なお世話だ……。にしても、そっか。あの時じゃ考えられないよなぁ。こうして2人が結婚することになるなんてな」
「そうだな。俺も全く考えられなかったわ」
奏太は相変わらず思いっきり背中を叩いてくる。
「最終的には2人の美人に惚れられた訳だもんなぁ。本当にこの世の中何があるか分かったもんじゃねぇーな」
「ハハ。ホントだな。付き合いたいとか嘆いてた高校生とは思えねぇーわ」
「まぁ、なんだ。結婚してから泣かせるのはやめろよ? 一颯には勿体ない嫁さんなんだからな」
「分かってるって分かってる。死ぬ時に『結婚してよかった』って言わせてやるよ」
「良いね、良いね気合入ってるじゃん。はぁ、こういう話聞くと結婚したくなるなぁ」
ため息混じりに奏太はそう口にする。
「言うて彼女だって居るんだし結婚はいつでも出来るだろ?」
「一生寄り添い合うって考えるとなぁ。足が竦むんだよ」
「そういうものか?」
「高校生の時から関係持ってるお前らと違って俺は純愛とは程遠い恋愛してんだよ」
「純愛……か」
「ちょーっと待ってろよ」
奏太はニヤニヤしながらスマホをいじり、耳元に当てる。
「もしもし。あ、俺。阿佐谷。今さ、目の前に一颯居るからちょっと変わるわ。愛の言葉伝えたいんだってさ」
「はぁ!? お前何してんのマジで」
「ほれほれ、愛は言葉にしねぇーと伝わらねぇーぞ。死ぬ時に『結婚して良かった』って言わせるんだろ?」
「言うんじゃなかった……」
余計なことを口走ったなとか思いつつ、電話を受け取る。
見た目は立派な大人だが精神年齢は成長してないってわけだ。
いや、高校時代にお互い精神年齢が戻っているだけかもしれない。
「もしもし」
『うん、もしもし』
「あー、うん。そのなんだ。大好きだ。これからもその……、よろしくな」
これで「完」となります。
お付き合いありがとうございました。
結婚させようという構想こそ当初からありましたが、思ったより夏川にも思い入れが深くなってしまいどちらかを切り捨てるのは勿体ないなと思ってしまった結果、このような着地をすることになりました。
敢えてどちらと結婚したか言及はしません。というか、私自身の中でも確定はしてませんので。
皆さん視点で麗と結婚したと読み取ったのであれば麗と結ばれたのでしょうし、千春と結ばれたと読み取ったのであれば千春と結ばれたのでしょう。
どちらと結ばれたのかをハッキリさせない故、続編を書いたりはしません。
この後は皆さんの想像で作られていくものだと思っていますので……。
私が「実はこっちと結婚していて……」と続きを書くのは烏滸がましいも程がありますよね。
気が向いたらIFストーリーや夏川の記憶喪失について書くかもしれませんがそのうち新しい作品に手をつけるつもりなのでまぁ、無いと思います。
次は異世界系の作品を書きたいと思っているのでラブコメ書きたい欲をサイドストーリーにぶつける可能性はありますが……レベルですね。
何はともあれ本当にお付き合いありがとうございました。
またどこかでお会い出来るのを楽しみにしております。




