夢は修羅
高校を卒業し、大学も卒業し、就職して社会人になる。
卒業と同時に付き合い始めた夏川とは何だかんだで今も続いている。
ありがたい話でもう5年目に突入しているのだ。
もちろん、体と体だって混ざり合わせた。
「一颯〜。就活大変なんだけど」
「俺もやったんだ。お前も頑張れ」
「んー。面倒臭いよー」
夏川は俺の腕に顔を擦り寄せ嘆く。
高校の時には考えられない距離感である。
「こうやってデートしてるんだから良いだろ。俺と会ったんだから頑張れ」
「うわぁ。自分のこと価値ある人間だと思ってる?」
「あれ、俺って千春からしてみれば価値のないゴミみたいな人間だったかな」
「あー、どうですかねー?」
「急に敬語になるのやめろ」
「でも、先輩は先輩ですから〜」
「あの時はゴミみたいな人間だって思ってたってことか?」
「もうネガティブ過ぎでしょ」
夏川は頬を膨らませる。
やっぱり女ってわからんわ。
その辺の適当な居酒屋に入り、個室でお酒を飲む。
今日のデートは居酒屋デートである。
夏川とはこうやって素を出し合いながら気を張らなくて良いデートが出来るのが良いよなと思う。
まぁ、付き合ったことある人なんて夏川含めて2人なんだけどな。
「先輩〜」
「酔っ払い始めるといつも先輩呼びだよな。敬語にもなるし」
「出会った時こうだったんですし、私の中ではこれが普通なんですよ」
「分からんけどそういうものなのか。まぁ、確かにシラフの時も中々敬語抜けなかったしな」
「だって先輩は先輩じゃないですかー」
「はいはい。そうだな」
ガブガブアルコールを体内に流し込む夏川を横目にちょびちょび酒を飲みつつ、つまみに手を伸ばす。
数時間もすれば夏川はすっかり出来上がってしまう。
「先輩〜。いつ結婚してくれるんですかー?」
「はぇーんだよ。せめて就職してからだな」
「私が就職したら結婚してくれるんですね」
「かもしれないな。だから頑張れ」
「えへへ。それじゃあ私頑張っちゃいますねー」
「はいはい。頑張れ、頑張れ」
酔っぱらい人間を介抱しながらタクシーに乗せて、夏川の自宅を運ちゃんに伝えておく。
そして、夏川に諭吉を握らせてタクシーが去るのを見送った。
「はぁ……。疲れた。俺も帰るか」
一仕事終えた気になりながら歩みを進める。
信号で足を止めると目に水族館への案内看板が入ってくる。
デートに行く予定だった水族館だ。
「懐かしいなぁ。結局どうなったんだろうな」
麗の情報は何も入ってこない。
死んだのかもしれないし、生きているのかもしれない。
どちらにせよ俺の知り得る範疇をゆうに超えているし、俺には夏川という彼女が出来た。
「あそこ行ってみるか」
聖地巡礼でもするかぐらいの気概で麗の倒れたあの場所へと向かう。
そこへ向かうと近くにあったコンビニは無くなっており、訳の分からないマッサージ屋になっていた。
麗の倒れていた場所に目を向けると腰の辺りまでストレートの美しい髪の毛を垂らす女性が蹲っていた。
いつもなら絶対に声をかけないのだが、酔っ払っていて気分が良く思わず声をかけてしまう。
「おい、何してんだ。そんな所で寝てたら風邪ひくぞ」
「はへぇ〜? すみません、寝ちゃってました」
「家どこだ。近くなら送ってやる」
「良いんですかー?」
まるで歩けなさそうだったので肩を貸してやる。
妙に麗のような雰囲気な美人だなと思うがそんなわけないと自分で否定する。
「この世には優しい人も居るんですね。お名前は?」
「町田一颯です」
「町田一颯ですね。良し、覚えました」
彼女はそこで足を止める。
「どうかしました?」
「なんででしょうね。なんか、あれ、おかしいな。涙が」
気付いたら涙腺が大崩壊していた。
これだから酔っ払いは面倒なんだよと思う。
「まぁ、落ち着いてください」
「は、はい」
彼女は近くにあったベンチに座り込む。
「どうしよう」
「ん? どうかしました?」
「一颯」
「どうしました? 突然下の名前で呼んで」
「私全部思い出しちゃった。もう、全部。全部思い出しちゃったわ」
彼女は涙を垂らしながら、泣いていると思えないぐらいの笑みを見せる。
「一颯。私ね、福城麗。高校の時付き合ってた福城。忘れたとは言わせないわよ」
「アハハ。確かに麗に似てるけど――」
「信じられない?」
「信じられないってかそんなわけないだろって感じ」
「……。ちょっとまってて」
彼女はスマホを滑らかに触ると誰かに電話を掛け始めた。
「もしもし。お母さん。私よ。今ね、記憶戻った……。本当だって! 今隣に一颯居るから……」
しばらくすると、彼女はスマホを俺に渡してくる。
「お母さんが電話変われって」
「はぁ……」
まだ半信半疑な俺は電話を受け取る。
「もしもし」
『君名前は?』
「町田一颯ですよ」
『高校2年生の時付き合ってた子の名前は?』
「福城麗さんですよ」
『彼女との別れは?』
「貴方たちご両親に無理矢理引き離されましたね」
「はぁ? どういうこと?」
隣で彼女は不満そうな表情をしているが見て見ぬふりをする。
『そう……。そうなのね、麗本当に記憶戻ったのね』
声を震わせた麗の母親の声を聞き終え、スマホを返す。
「今記憶が戻ったと?」
「そうよ。名前を聞いて顔を見たら全てが1本の糸みたいに繋がったのよ」
「生きてたんだな。良かった」
「私こう見えて運は良いのよ。で、私たちは今付き合ってないのね」
「そうだな。麗の両親に別れさせられたからな。あ、でも両親は悪くないぞ。俺を悲しませないように無理矢理引き離してくれたんだよ」
色々話しているうちに段々と目の前に麗が居るということを実感し始める。
最初こそまるで夢を見ているんじゃないかというような気持ちだったのだが、思い出話や声、表情を目の当たりにすると実感せざるを得ない。
「良かった。本当に……本当に良かった」
自然と涙が出てくる。
「私も良かった。一颯にもう1回会えてよかった」
麗は優しく抱いてくれる。
温かくて、懐かしい気持ちになる。
「ねぇ、一颯。私ね今付き合ってる人居ないの。皆顔ばっかり褒めてきて面白くないのよ。どう? もう1回さ付き合わない?」
麗は離れてジーッと目を見つめてくる。
「あー、うん。えーっと……」
「もしかして……付き合ってる人居る?」
「すまん。俺さ、夏川と付き合ってるんだ」
麗の表情は一瞬暗くなったが取り繕うに晴れる。
「そっか、それじゃあ仕方ないわね。多分だけれど一颯が辛い時千春ちゃんがずっと支えてたんじゃない?」
「まぁ、そうかもな」
もう一度付き合う……ということにはならなかったがその代わりに朝になるまでずっとベンチで麗が居なくなってからの話を一方的に語り続けた。
区切ろうとしても麗が続けろと遠回しに言ってくるのだから仕方ない。
「せっかくだから連絡先交換しておこう?」
「そうだな。夏川にも言ってやらんとな。今度会うか?」
「良いの? 元カノとはあまり会いたくないんじゃないかしら?」
「そうかなぁ。麗の場合は別な気がするけど」
「そう。もし会いたいって言ってくれるのなら会いたいわよ。でも、2人がイチャつくとこ見たら私耐えられないかも」
「まぁ、なんだ。そこは伝えとくわ。んで、1人で帰れるか? ダメそうなら送ってくけど」
「流石に酔いは覚めたわよ。それじゃあ、お元気で」
「おう」
まるで夢のような現実を見せられ、フワフワとした気持ちをそのままに俺は朝帰りしたのだった。




