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人生暗転

 休日を迎える。

 休みと言うが体自体を休める日ではない。

 あくまでも学校という場所が休業しているという意味合いでの休みであり、俺は当然のようにデートへと駆り出されている。

 まぁ、普通に楽しいし良いんだけどね。


 ちなみに今日は水族館へ行く予定となっている。

 東京都内にある水族館だ。

 そんな所にあるのかというような所にある水族館である。

 1回しか行ったことがないのでそれぐらいの感想しか持っていない。


 例の如く集合場所は最寄り駅である。

 暫く改札近くでスマホを弄っていると目の前に麗がやってくる。

 もうこの光景にも慣れてきた。


 「それじゃあ行くか」

 「うん」


 麗の手を握って俺たちは水族館へと向かう。

 道中、会話と呼べるような会話はない。

 何か怒らせるようなことでもしたかなとか色々考えるが特に思い当たる節はない。


 「どうかしたのか」


 直接聞いてみても麗は短く首を横に振るだけだ。


 「うーん。ちょっとまってて」

 「ん。どこ行くの?」

 「ちょっとコンビニ行く。適当に飲み物買ってくるよ」


 麗をガードレール付近に置いておき、コンビニへと走る。

 何があったのか分からないがとりあえず飲み物を奢って機嫌をとろうと思う。

 物で揺らぐ人間だとは思っていないがこちらとしてもずっと不機嫌なままなのは非常に困る。

 水族館で隣にずっと不機嫌な人が居ると考えて欲しい。

 困るというか普通にその場所に居にくくなってしまう。

 周りからも喧嘩中だと思われ、哀れな目を向けられるのだ。

 あー、嫌だ嫌だ。


 無難にお茶を2本買ってコンビニから出る。

 コンビニから出ると辺りは少しザワついていた。

 何かあったのかななんて思いながら麗の元へ向かう。


 「おい、嬢ちゃん。大丈夫か? しっかりしろ」


 スーツを着たサラリーマンが声を荒らげている。

 そのサラリーマンが声をかけている相手は麗だ。


 自分の中で今の状況をしっかりと把握出来ない。

 目の前で麗がサラリーマンに抱擁されている。

 抱擁されている本人は目を開いていない。

 意味がわからない。


 落としたペットボトルをそのままに俺は麗へと近寄る。


 「麗……? どうしたんだ?」

 「兄ちゃん、この子の彼氏か? 急に倒れたんだよ。バタンってな。今、救急車呼んであるから、ほれ」


 サラリーマンは少しホッとした表情を見せると麗の体を俺へと渡す。

 こういう時、人間は焦って頭が回らないものだと思っていたが案外そうでも無い。

 少なくとも俺は今かなり冷静さを取り戻している。


 状況としては理由こそ分からないが麗が倒れて、このサラリーマンが助けてくれたという所だろう。

 もしかしたら、麗は機嫌なんて悪くなく単純に具合が悪かったのかもしれない。

 いや、凄い筋が通ってるし多分これが正解なのだろう。


 「ひとまずありがとうございます」

 「気にしないで。目の前で突然倒れられたら流石に声掛けざるを得ないからね」


 サラリーマンは清々しい顔をしながらそう口にする。

 まぁ、自分がなにか手を加えたと勘違いされたくもないし、俺も声はかけると思う。


 一応、麗の息自体はある。

 デコに手を当てるが熱があるのかどうか分からない。

 俺の手がそもそも熱いから致し方ないね。


 しばらく待っていると救急車が到着する。

 救急隊員はあれこれ慌ただしく動き、麗を回収していく。

 そして、俺も救急車に乗り込むよう指示され、言われるがままに動きそのまま救急車は動き出した。


 向かった先は大きな病院。

 麗はそのままオペ室へと運ばれる。

 診断とか無しに運ばれるのかと驚きつつ、近くにあった黒い椅子に腰をかける。


 周りの人は結局今何があってどうなっているのか状況を説明してくれない。

 こちらから聞けるような雰囲気もないので聞かずに居たらここに放置されてしまった。

 どうなっているんだろうかと思いつつも何もすることが出来ないので、手術中と書かれた赤いランプをジッと見つめたり、意味もなくスマホに視線を落としたり、手を合わせてみたり……ととにかく色んなことをして気を紛らわす。


 1時間過ぎた辺りでこちらの方にやってくる足音が聞こえる。

 久しぶりに足音なんて聞いたななんて思いながらそちらに視線を向けるとゆっくりと歩く麗の両親が見えた。

 思わず立ち上がり、駆け寄る。


 「ご無沙汰しております……。あの、突然倒れたんですけ――」

 「そうか。やはり聞かされていなかったか」


 麗の父親は眉間を摘む。


 「一颯くん。先に謝らせてね。ごめんなさい」


 麗の母親は深々と頭を下げた。

 何が何だか理解出来ていない。


 「と、とりあえず頭上げてください……」


 そんな言葉しか出てこなかった。


 「麗は大きな病気を患ってるんだ。手術をしなければ余命1年もないと言われるような大きな病気だ。聞いてないだろう?」

 「聞いてないですね」

 「こうなることが分かったから理由も言わず別れろって言ってしまったんだ。あの時のことは謝罪しよう。すまなかった」


 麗の父親は軽く頭を下げ、すぐに話を続けてくれる。


「手術をすれば良くはなると言われていたんだがな。成功率はかなり低くて、良くて下半身不随だったり、記憶喪失だったり……ってところで悪ければ死。そんな手術をするかしないかって判断を麗はずっと迫られていてな。答えを先送りにして、先送りにして結果こうやって倒れたって訳だ」

 「そうだったんですね」

 「それともう1つ……。麗とはもう2度と顔を合わせないでくれ。この手術ははっきり言って成功する可能性は限りなくゼロに近い。それこそ奇跡か何か起こらない限り無理だ。君には麗と出会ったこと、麗と付き合ったこと全てを忘れてもらって何も無かった状態でこれからの人生楽しんで欲しいんだ」

 「……」


 言い返したい気持ちは山ほどある。

 それこそ、手を出したくなるぐらいだ。

 だが、麗の父親の震えた手を見てしまうと口にする気が失せてしまう。

 その震えからは様々な覚悟が見えてしまい、ここで反論するのは俺が間違っているんじゃないかと思ってしまうのだ。


 「それじゃあ……。手術が終わるまでここに居ても良いですか?」

 「それだとどうなったか分かってしまうだろう? それじゃあ君と麗を切り裂く意味がなくなってしまう。今、タクシーを嫁が呼んだからそれで帰ると良い。これだけあれば足りるだろう?」


 諭吉さんを直接手渡され、俺は半強制的に帰宅させられたのだった。


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