演習と本番は違う
モヤモヤしたまま解散した。
結局夏川は何をして欲しかったのか。
ただ、自分の境遇を話したかっただけと捉えるのがごく自然な流れだとは思うのだがとてもそのようには思えなかった。
まるで助けを求めるかのような……。
もちろん、俺の思い込みな可能性の方が高いだろう。
可能性が、可能性が……と答えを導き出せずに有り得そうなことを頭の中で列挙し続けているのでこうやってモヤモヤは募り続ける。
そんなに不安なら実際に聞けば良いだろうとか思うかもしれないが、そんなことが出来る勇気を持っているのならこう悩んではいない。
勇気を持っていないからうじうじ悩んでいるのだ。
「はぁ……」
思わず溜息が漏れてしまう。
でも、夏川の口から出てきていたのは俺のためにというようなニュアンスの言葉である。
夏川の言葉を全てストレートに受け取るのであれば一先ず、夏川から教わったことを活かし麗のことを知ることが正解な気がしている。
麗のことを探りつつ、夏川のことを考える。
マルチタスクが出来るとはお世辞にも言い難い俺であるが、やる時はやる男だ。
出来るとか出来ないとかじゃなくてやる。
ただそれだけだ。
というわけで、時は過ぎ昼休みに差し掛かる。
俺はいつものように空き教室へ向かう。
結構授業終わるの早かったと思うのだが、俺よりも先に麗と夏川が教室の中に居た。
「よっ」
軽く声をかけ、俺も席に座る。
夏川は周りをキョロキョロ見渡し、口元に手を当てる。
ソワソワしてるなと思いながら弁当を広げると夏川はガタッと大きな音を立てて立ち上がった。
「阿佐谷先輩今日来ないんですかー?」
「女子に捕まってるからこねぇーだろ。言っとくけど、アイツ来る方が珍しいからな」
ここで溜まっていることを知ってから奏太は定期的に顔を出しに来るようになっていた。
顔を出すのは女子の包囲網をくぐり抜けられた時だけであり、基本的には捕まるのでここには来ない。
「なーんだ。そうなんですね。それじゃあ今日は帰ります」
「あら、珍しいわね。いつもなら一颯にちょっかいとか出すところじゃない」
「この間散々やったので飽きちゃったんですよね。なので、今日は阿佐谷先輩成分を吸収しようかと思ってたんですよ」
「お前気持ち悪いぞ」
「先輩には言われたくないですよ」
ベッと可愛らしく舌を出しながら夏川は教室から立ち去った。
アイツはあんなことを口にしていたが麗と2人っきりのタイミングを作ってくれた……、空気を読んでくれたような気がする。
気がするだけで夏川は何も考えてないかもしれないがどちらにせよ有難いことには何も変わりない。
「なぁ、ちょっと時間良いか?」
「うん?」
麗はお弁当に入っているおかずを美味しそうに口へ運びながら首を傾げる。
「麗と付き合い始めてさ楽しいこととか色々あったなーって思うんだけどな」
コクコクと頷く。
「麗と付き合う前の麗って知らないなぁと思って。まぁ、学年のアイドルだのなんだのって祭り上げられてたのは奏太経由で知ってるけどね」
「あー、なるほどね」
箸を止めた麗は微笑む。
「もしかして、お父さんの言ってたこと気にしてる?」
「気にしてるというか……。まぁ、その通りだよなって思っただけかな。今の麗しか俺は知らないし、知ろうとも知りたいとも思ってなかったなぁって」
「そう……。それじゃあ今は私のこと知りたいと思ってるってこと?」
あ、これ夏川ゼミでやったところだ! となることなんてなく見知らぬ境地を突き進む。
話の主導権を掴みたいのだが、どうにもこうにも麗が掴みっぱなしで離してくれない。
「知りたいとは思ってるけど、無理して聞こうとは思わないかなってぐらい」
麗自身、過去は過去のままで探られたくないとかあるかもしれない。
話したくないことを無理矢理探るようなことは出来る限りしたくないと思う。
自分がやられて嫌なことは人にしない。
俺のモットーだ。
「それじゃあ少しだけ話してあげる。私って昔どんなだったと思う?」
「昔?」
「そう、昔。そうね……。小学校の低学年の頃とか? どんな子だったと思う?」
「知らないけど可愛いんだし、結構ちやほやされてたんじゃないのか?」
麗は少し頬を赤らめながらこちらを見つめてくる。
睨んでくるに近いかもしれない。
「煽てても何も出ないわよ」
どうやら恥ずかしかったらしい。
今更可愛いに恥じるって普段どんだけ人の話聞いてないんだろうか。
麗って周りからかなり可愛いとか綺麗だとかそういう顔の褒め言葉を投げられると思う。
まぁ、心に響かないということなのかもしれないな。
「とにかく私はね、一颯の思うような子供じゃなかったわよ。あまり外では遊ばずに家で1人おままごととかして、学校では話しかけられたら話すけど出来るだけ端っこに居たかったから話しかけないでオーラを全体に出したり……。お世辞にも明るくて可愛いことは思われてなかったでしょうね」
「それだけ……か?」
「それだけよ? むしろ一颯は何を期待していたのかしら」
「何を……って言われると難しいな。でも、あの時死のうとしてたわけじゃん? だから死に逃げたい何かがあったのかなって」
自殺しようと決意させるほどの何かがあったのは間違いないだろう。
そのイジメとも言えないような小さなことが積み重なって自殺未遂にまで発展するとは思えない。
他の人ならまだしも、麗だ。
虐められたところで他人事みたいな雰囲気を醸し出しそうなものである。
「もう生きたくないなと思ったから死のうとしただけよ。そうね、言ってしまえばこの世界に価値を見いだせなかったって所かしらね。今は……一颯が居るから」
麗は頬を赤らめそんなことを口にする。
言う方も恥ずかしいのだろうが、言われる方も相当恥ずかしい。
今すぐどこか隠れられる場所があるのなら隠れたいものだ。
「ちなみに私のお父さんの発言は本当に気にしなくて良いわよ。一颯にちょっかい出したくてあんな悩ませるようなこと言っただけだから」
「麗がそう言うならそういうことにしておくよ」
麗がそう宣言する以上それ以外の答えは出てこない。
あれこれ考えるだけ無駄なので素直に麗を信用することにする。
それが1番手っ取り早いだろう。




