交際関係に至った男女のすること
「彼女と彼氏の関係になった人達がやることってなんだと思う?」
最寄り駅に向かっている最中で、麗は謎の問いを投げてくる。
「なんだその質問」
「良いから答えて。彼氏が彼女をエスコートをするのは当然でしょ?」
「当然ではないだろ。むしろ、恋愛経験ゼロの俺にそういうの求めるな」
「ふーん。一颯は私が恋愛経験豊富だと思ってるんだ」
なにか面白かったのか優しい微笑みを浮かべながら口にする。
別に今のところで面白い要素は1ミリもなかったと思う。
俺のセンスがズレているだけかもしれないけどね。
「恋愛経験豊富だろ。モテてるんだし、ゼロの俺の同じレベルってわけが無い」
「そういう決めつけは良くないぞ」
「じゃあ、実際問題どうなんだ? 恋愛経験ゼロの純粋ガールじゃないだろ?」
「フフ。ノーコメント」
簡単に逃げられてしまう。
「それよりも。私の質問答えて?」
「あー、彼氏と彼女がする事だっけ?」
「そう」
顎に手を当てて思案する。
まず、前提条件としてこの問いかけに正解は存在しない。
大体、この問いかけに答えが存在するのであれば恋愛関係に至った男女間でいざこざが起こったりしない。
男女間でそこの価値観に相違があるからこそ、喧嘩があり、別れたりするのだ。
多分ね。
「あ、エッチなこととか考えてるかもしれないけれど、その答えは今求めてないからね」
「考えてねぇーよ」
「突っ込む暇あったら考えて。このままだと答え出る前に駅着いちゃうよ?」
早く答えろと催促されたって、自分の中で答えが定まっていないことを答えられるわけが無い。
なにか洒落た答えはな無いかなと考えるが、無論そんなパッパッと頭の中に答えが浮かんでくるほど、頭は冴えていないので沈黙だけが流れていく。
ただただ、国辰駅に近づいていくだけだ。
もう改札のピヨピヨ音が耳に入ってくる。
「はい。時間切れ」
「何求めてるのか分からないけど、そういうのは俺に求めちゃダメだぞ」
「別にそんな難しいことじゃないんだけどね」
「答えはなんだったんだ?」
「答えはね、デートしよってこと」
眩しい太陽のような笑顔を見せた麗は、そのまま控えめに手を振って逃げるように東京方面のホームへと向かった。
その後ろ姿を眺めながら、色々考えすぎだったなと少し反省した。
帰りの電車で俺の水に合うようなデートスポットは無いか検索する。
デートなんて考えたことすら無かった俺にとって、デートプランを立てるというのはノー勉で期末試験に挑むようなレベルの行為だ。
ブラウザで『デートスポット』と検索をかけると、大きな公園や水族館、動物園に美術館……と多種多様すぎてその中からどの場所を選択するべきなのか全く持って理解出来ない。
少なくともこの場所選びを失敗すると一日地獄を見ることになるだろう。
コミュ障の俺にとってその展開は1番避けたい。
「デートなんてなぁ。考えたこともねぇーから分からねぇーよ……」
文句を垂れながら、ひたすらスマホと睨めっこし続けた。
隣に座っている人や、正面に立っている人から変質者を見るような目で睨まれてしまう。
電車の中で独り言はやめよう。
次の日、教室に入ると我が物顔で俺の席に奏太は座っている。
この光景も見慣れたもので、座られていてもなんの感情も抱かなくなっていた。
席の方へ向かい、荷物を無言で机の上に置く。
「おう。一颯、一声かけろよ」
「おはよう」
「順序が逆なんだよなぁ……」
奏太はあーだこーだ文句を言いながら席を立ち上がり、代わりに俺がドンッと座る。
首を左右に振り、空いている椅子をガーッと大きな音を立てて引っ張り、座った。
「うーん」
奏太は口を手で覆い隠しながら、言葉にならない声を出す。
「ん、どうした?」
「いや、一颯なんか考え事してるなって」
「そうか?」
「あぁ。いつもは死んだ魚の目みたいなのに、今日は焼き魚みたいな目してたからな」
「ひっでぇ言い様だな」
「とにかく何かあったか? あ、福城さんと別れたとか?」
奏太はなぜか声を弾ませている。
まぁ、奏太に美人な彼女が出来て別れたかもしれないと思ったら俺も意味もなくウキウキするだろうから気持ちは分かる。
「別れてねぇーよ。ただなぁ」
「ん? どうした? どうせ、一颯拗らせてるんだろうし、俺に相談してみな」
「まるで恋愛についてで確定みたいな言い草だな」
「違うのか?」
「いや、正解だけどさ」
「だろ?」
イヒっと白い歯を見せて笑う。
俺がやったら気持ち悪がられるのに、奏太が歯を見せて笑うと様になるの本当にずるいと思う。
だが、このイケメンは恋愛経験に関してはかなりの練度を持っている。
多分、その辺のネットページよりも自由度、信用度ともに高い。
「デートしろって言われたんだよね」
「ふーん。良かったじゃん」
「……」
「……」
お互い顔を見合わせ、黙る。
しばらく沈黙が続いた後に、奏太はポカンとした様子で口をゆっくりと開く。
「それだけ?」
奏太は首を傾げる。
「それだけだが?」
「何が問題なんだ? デート行きゃ良いだけだろ」
「そのデートに行くってのが難しいから困ってるんだって」
「何が難しいのさ。付き合っといて恥ずかしいとかそんなのは無しだぞ」
「そうじゃなくてさ……、単純にどこ行けば良いのか分からなくて」
数秒、奏太は目を瞑った。
「あー……。つまり、デートプランが上手く組み立てられなくて困ってるってことか」
「そういうこと。麗が何求めてるのかすら良く分からなくて困ってる」
「それならカラオケとか行っときゃ良いよ。近いし、安いし、適当にやってても盛り上がるし。それに、密室だしな。親密度は高くなるだろ」
「親密度って……。なんかギャルゲーみたいだな」
「恋愛ってギャルゲーと近しいから强間違ってはないな。相手の好感度をいかに上げるかってゲームだからさ」
「カラオケか。なんかデートっぽくないかもとか勝手に思って弾いてたけどありなのか」
「むしろ、大ありだぞ。ド定番じゃね」
「そっか。ありがと」
「おう」
照れくさそうに鼻を擦る。
奏太のお陰でデートプランが決定した俺は重かった心が一瞬で晴れやかになった。