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嘆きと愚痴

 「先輩! 阿佐谷先輩ったら私のことなんて言って振ったと思います? あの人本当に酷いんですよ。モテてる人って告白されるのが当たり前みたいな感じに思ってる節ありますよね。あんな振られ方すると思ってなかったんでビックリしました!」


 夏川は悲壮感をどこかへ置いていき、阿佐谷を責め立てる。

 2人の行動、雰囲気から振られたことを察していたがどんな言葉で、どんな状況の中で振られたのかは何も知らされていない。

 過程は何も把握せずにただ俺は結果だけを見せつけられている。

 故に、そんなことを言われてしまうと気になる。



 「なんて言われたんだ?」

 「阿佐谷先輩ったら『夏川ちゃんのことは異性として見てなかったんだ。すまん。でも、友達として夏川ちゃんと接するのは楽しかったからこれからも今まで通り接してくれると俺はすげぇー嬉しいな』って言ってきたんですよ! 私の心盛大にへし折っておいて自分の願いは叶えてもらおうとか酷くないですか? 恋した方が負けとか言いますけど本当にその通りですよね」


 夏川はかなりご立腹なご様子だ。

 まぁ、告白して振られた挙句友達なら良いよと言われているようなものだろう。

 少なくともスッキリはしないはずだ。


 「じゃあ、奏太のことは嫌いになったのか?」


 単純に浮き上がってきた疑問はこれである。

 これだけ文句を言いまくるということは嫌いになったということなのか、それとも好きだけど嫌いと天邪鬼なことを口にしているのか俺みたいに低レベルな人間には理解できない。

 自分の心すら時々分からないのに人の心を分かるわけがない。


 「顔も見たくないというほど嫌いじゃないですけど、もう目は覚めました。少なくとも好きじゃないですね」

 「これで夏川もこっち側だな」

 「こっち側ですか?」


 夏川は首を傾げる。

 怪訝そうな表情をしているが一々突っ込んでいられないので見て見ぬふりをしておく。


 「あんな女たらし嫌われれば十分だろ」


 勿論本心なんかじゃない。

 奏太を酷評することで夏川の気持ちが晴れるんじゃないだろうかと思った次第である。

 嫌われればという部分は本心じゃないが、女たらしという点においては奏太自身が認めている節もあるので最悪な奏太象を作り出しているという訳でもない。

 正確に捉えれば間違いだが、大雑把に考えれば間違いじゃないとかそんな所だろう。


 「先輩……。なんで嫉妬してるんですか」


 夏川は呆れたような表情を浮かべている。

 あれ、これじゃあ俺が一方的に奏太を悪く言っているだけじゃん。


 「女たらしなのに性格とかは良いから憎めないんだよなぁ」


 とりあえず咄嗟にフォローを入れておく。


 「そうですね。性格が良くて顔も良いから女性が周りに集まってくるんですけどね。一方、先輩は……」


 ジトーっと俺の方を見つめてくる。


 「なんだよ」

 「先輩って性格言うほど良くないですし、顔もそこら辺に居るような平凡な顔じゃないですかー。なんて言うんですかね。主人公っぽい顔って言うんですか? 汎用性の高い顔……?」

 「褒めてる?」

 「褒めてないですよ。全部阿佐谷先輩に負けてるなと思って」

 「酷いな」


 ある程度自覚している事だ。

 少なくとも奏太に勝てていることは……あれ、無くね?

 頭も良いし、運動もできる、女にはモテて性格も良い、それで居て顔も良くて、財力も人並みにある。

 俺が勝っている部分ってなんだろうか。

 無いから出てこないのだろう。


 「でも、福城先輩が先輩のことを選んだ理由って何となく分かる気がするんですよね。福城先輩だったら阿佐谷先輩のことも狙えたはずですし」


 狙えたというか、奏太は追いかけている立場だったしな。

 もう落としていたと言えるだろう。


 「その状況でも先輩を選ぶ福城先輩ってやっぱり心が綺麗なんですよ」


 そんなことを口にしながら夏川も眩しい笑顔を見せる。

 綺麗だ。


 「あ、先輩。このこと福城先輩には秘密ですよ。福城先輩本当は優しいのになぜか私にだけ厳しいんですよね」

 「どうせ夏川が変なことしたんだろ」

 「バレちゃいました?」

 「夏川と麗いつもそんな感じだろ」

 「先輩からはそう見えてるんですねー」


 結局、楽しそうに笑う夏川しか見ることが出来ない。

 ここへ来る時は夏川の中にある気持ちを全て吐き出させて、大泣きさせようと思っていただけにこの結果は失敗と言えるだろう。

 一瞬、夏川は弱音を口にしていたが本当にその一瞬、一場面だけであり、気付けば弱音を隠していた。

 もしかしたら、夏川自身そこまで落ち込んでいない、もしくは吹っ切れたのかなと思ってしまうほど清々しさも感じてしまう。

 俺は夏川の心を読めるエスパー術なんか持ち合わせていないし、なんなら他人の気持ちに鈍感な自覚すらあるので、今夏川がどんな気持ちで俺と面向かっているのか分からない。

 でも、隠しているのであれば本当に弱い部分を見せたくないってことなのだろうし、隠していないのであれば本当に気にしていないのだろうから俺に出来ることは特に何も無い。

 何も無かったかのように接する。

 それぐらいだろう。


 「先輩……? なんですか、その微笑み。寒気するんですけど」

 「ひっでぇな。可愛い後輩が思い悩んでる姿をみて微笑ましい気持ちになっただけじゃねぇーか」

 「ふーん。先輩、私の事可愛い後輩だって思ってるんですね」

 「ん? そうだけど?」

 「それ福城先輩に伝えておきますね!」


 夏川はあざとくウィンクをしてそんなことを口にする。


 「それはやめとけ。俺も夏川も殺される」

 「うーん」


 口元に手を当てて唸る。


 「確かに。そうかもしれないですね……。というか、ボコボコにされる未来しか見えませんね……。やめておきます」


 そうやって晴れやかに笑う夏川と適当にご飯を食べ、適当に喋り、適当に時間を潰して今日は解散したのだった。

 俺の中に多少のモヤモヤは残っているが、こればっかりはどうやっても消化できないだろう。

 夏川に拷問でもして洗いざらいにすれば俺の気持ちは晴れるだろうが、晴れた所で何もかも全てを失ってしまう。

 それぐらいであれば、この気持ちを抱いたままで良い。


 「はぁ……。なんか本当に色々あったけれど丸く収まって良かったわ」


 あくまでも表面上であり、夏川の心の中は穏やかじゃない。

 それでも空気感も壊れてしまう訳じゃないのならどうにかなる道筋は多方面に伸びているはずだ。

 そこまで悲観することでもないと思う。

 だから、このモヤモヤも今だけの辛抱なのだろう。

 ……、きっとそうに違いない。

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