遊びという名の会話
『明日、遊ぶぞ。予定は夏川が決めておけ』
一方的に連絡を送っておく。
麗が望むことであれば俺は全力でやるのみ。
『分かりました。それじゃあご飯でも食べましょう』
という淡白な連絡が帰ってきたがとりあえず約束だけは取り付けられた。
最初の小さいような大きいような難関は難なく突破する。
後は寝坊しないようにするだけ。
目覚まし2個セットしておくか……。
今日は夏川と飯を食う日。
どうせ、夏川はその辺のファミレスで良いと言うだろう。
仮に何か美味しい店に連れて行けと言われようとも、グルメ通でもなんでもない俺に出来ることは美味しいファミレスへ連れていくことぐらいだ。
これ以上に自分を虚しく思ったことは無い。
今度奏太に女の子を連れて行ける美味しいお店でも教授してもらおう。
今、俺は駅前のベンチでスマホと睨めっこをしている。
集合時間の10分前。
そろそろ夏川がやってきてもおかしくない頃合いだなと思いつつも、スマホから目を離すことが出来ない。
スマホと睨めっこしていると視界の端っこの方に可愛らしいスカートを履いている女性がチラチラと目に映る。
パッと視線を上げるとそこにはかなりオシャレに力を入れている夏川の姿があった。
麗と夏川が喧嘩していた時に呼び出されたタイミングの格好とは大違いである。
「お、おう」
不意にドキッとしてしまい、童貞みたいなキョドりをしてしまう。
みたいというか、実際に童貞なのでありのままなわけだが、女性に耐性がまだ無いという事実に悲しくなる。
彼女が出来ようがなんだろうがドキドキする生理現象自体は止めたくても止められない。
こればかりはもう致し方ないのだろう。
「先輩待ちましたか?」
「いや、今来たところだ」
「えへへ。先輩って優しいですよね。だって、今来た人がそんな所でスマホなんか弄ってないじゃないですか。先輩がスマホ依存症なら話は別ですけど……」
「スマホ依存症じゃないし、待ってたわけじゃないからな」
「ふふ。ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む。
そんな笑顔を見せられたら、こちらも思わず笑ってしまう。
それぐらい眩しくて、綺麗な笑顔だ。
「ご飯はどこに行きますか?」
「どこかのファミレスですかね?」
お前のやることなんかお見通しだよってことなのだろうか。
ファミレスへ行くことを提案する前に夏川からほぼ答えのような言葉が出てきている。
「そうだよ。あそこだよ」
緑色を基調とした看板が設置されている、イタリアンレストランチェーン店を指す。
「やっぱりそうなんですね。先輩らしいと言うか、期待する方が間違っていたというか……」
「コース料理なんか期待してたのか?」
「そんな高い物期待してませんよ。ちょっと味気があってオシャレなお店を先輩がチョイスしてくれるんじゃないかなって甘い期待してただけですから。でも、私もそこ嫌いじゃないですし。むしろ、庶民的で好きですよ」
「やっぱりそうだよな」
「あ、でも先輩。デートの時はダメですからね。私たちはデートじゃないので良いですけど、福城先輩とかお昼にそこ連れてきちゃダメですよ」
なんか釘を刺されたがさすがの俺でもそんなことはしないので安心して欲しい。
困った時のサイ〇リヤなだけであって、TPOを弁えずに行くほど俺の脳みそは終わっていない。
そんなサイ〇リヤへ向かう。
当たり前のようにドリンクバーと適当な料理を注文しておく。
「烏龍茶にガムシロとミルク入れるんだっけ?」
「別に無くても飲めますよ。あった方が美味しいだけです」
「そうか。じゃあ、待ってろ」
烏龍茶にガムシロとミルクを入れ、夏川の元へと帰る。
「はい」
「ありがとうございます」
持ってきた烏龍茶を口に含むと幸せそうな表情を見せる。
そして、夏川は烏龍茶を置き、俺の顔をじーっと見つめる。
顔になにか付いてるのかと思い、顔を適当に手で拭う仕草をしてみるが特に何か拭えるわけじゃない。
「どうした?」
「いや……。先輩ってやっぱり先輩なんだなぁと思いまして」
「何言ってるんだ?」
「あ、やっぱりそう思いますよね? でも、悪い意味で言ってるつもりは無いので安心してください」
「そう?」
「むーっ。先輩ったら、私の言葉信用してないですね?」
夏川は頬を膨らます。
別にそんなこと微塵も思っていなかったのだが、表情を作らなかったせいで勘違いされてしまったらしい。
人ってやっぱり表情凄く大事だね。
「信用してるって。具体的にどういう事なんだろうっていうのは普通に気になるけどな」
信用しているか否かと内容が気になるか気にならないかは全くの別問題である。
「……。単純に先輩って優しいですよねーってことです。こうやって私自身が踏んだ地雷にも関わらず慰めに来てくれたんですよね?」
「ち、ちげぇーよ。麗に行けって言われたから来ただけ」
「身も蓋もないですね……」
夏川にジトーっとした湿った視線を送られる。
妙に居心地が悪く、喉は乾いていないのにメロンソーダを口に流し込む。
「でも、最終的に誘ったのは先輩じゃないですか。これってどういう事か分かります?」
「どういうこと……か?」
「はい」
夏川は烏龍茶を飲む。
その間に答えは浮かばず、俺は黙り込んでしまう。
烏龍茶を飲み終えた夏川は「はぁ……」と短くて重たい溜息を吐く。
「浮気ですよ。浮気」
「してねぇーよ」
「冗談ですよー。真面目な話、福城先輩が先輩に対してどんな入知恵を吹き込んだのか分かりませんけど、全て先輩の意思じゃないですか。今の私にとってその優しさが嬉しくもあり、毒でもあるんですよねー」
表情は曇ったまま。
そりゃ、前日に振られているのだからふと頭に浮かびナイーブな気持ちにもなるだろう。
むしろ、今まで笑えていたのが不思議なくらいだ。
元々メンタルの強い夏川だからなし得た所業ではないだろうか。
「なぁ。俺にぐらい全部ぶちまけても良いんだぞ? 俺が駆り出されてるのって多分話を聞いて来いってことだしな」
「大丈夫ですよー。私の中で既に話落とせてるので。振られることぐらい計算のうちでしたし」
「だったらそんな顔しないだろ。悲しさが隠しきれてないっての」
机越しに夏川の頬を両手で挟む。
あ、コイツの頬結構ムニムニしてて気持ち良いな。
「そんなに辛い表情してましたか?」
夏川は鬱陶しそうに俺の手を弾くと、自分で自分の頬をムニムニ触り始める。
「辛いというか悲しそうな感じ。悲壮感っていうのかな?」
「うーん、自分を騙しても誤魔化しきれないものですね……。辛いですよ。そりゃ、辛いです。だって、好きだった人に振られてるんですから」
夏川はムニムニ触っていた手をその場で止め、その状態でマシンガンのように喋り始めたのだった。




