雨に降られて
ポツリと額に冷たい水滴が落ちてくる。
その水はどこへ流れることもなく、蒸発したのか、俺の皮膚に吸収されたのか消えていく。
この遊園地は海が近い。
多少、気候が不安定なのは致し方ないことだろう。
それにこのぐらいであれば弱めの雨が小時間降るだけ。
俺はそう思っていた。
だが、現実はそこまで甘くない。
俺の額に水滴の感触があってから数秒もしないうちに、地面のコンクリートの色が所々濃くなっていく。
「ひゃっ……。冷たいと思ったら雨?」
麗は空いている右手を出して手のひらを天に仰ぐ。
その1瞬1秒の間にも雨は刻一刻と強さを増していく。
「雨だね。まぁ、すぐ晴れるだろうし、そこまで降らないだろうしさ、早く奏太たちと合流しておこう」
麗はコクリと頷く。
雨は弱まらない。
時間が進むにつれて強さを増していく。
雨の量が増えていき、雨粒そのものがどんどんと肥大化していき、静かだった音も次第に大きくなっていく。
そして、乾いていた服も次第に濡れていく。
「あー、これ以上は流石にまずいな。どっか雨宿り出来そうなところ行こう」
「う、うん」
麗の手をしっかりと握って離さずに引っ張り、近くのギリギリ雨宿り出来そうなスペースへと入り込む。
傘やカッパを持ち歩いている人は少なく、皆屋内のアトラクションやどこかの店へ走って逃げ込む。
この絶妙な雨宿りスポットには目もくれない。
こんな所居たって濡れてしまうと思っているのか、建物へ駆け込まなければという心理状態が働いて気付かないのか分からないが、俺と麗しかここには居ない。
最終的にはバケツをひっくり返したような雨となっており、一瞬ではあるがそんな中を歩いしまったわけで、服は上下共にビッショビショだ。
シャツの裾部分を絞ると水が滴り落ちる。
そのぐらい濡れてしまっている。
俺がそれだけ濡れているということは、同じような経路で走ってきた麗も濡れているのだろう。
麗の方へチラッと視線を向けると麗は膝に手を当てて、「はぁー、はぁー、はぁー」と息を切らしている。
白い服は濡れに濡れて透けてしまっており、中に着ている下着がバッチリと見えてしまう。
いつもなら恥ずかして目を逸らしてしまうのだがそちらへ意識が向かないぐらいに麗は息を切らす。
「おい、大丈夫か?」
「はぁー、う、うん。大丈夫。ふぅー、ちょっとさ、普段運動してないから、はぁー、結構体力持っていかれちゃった」
「そっか。無理矢理走らせちゃった俺が悪いな。すまん」
麗が体育をサボっている運動しない人間であるということをすっかり忘れていた。
そんな人間に男のペースで走らせたらそりゃここまで体力を消耗してしまう。
この体力切れに加えて、服もビショビショ。
しばらくここで待機することになると麗は間違いなく体を冷やして風邪をひいてしまうだろう。
「ううん。気にしないで。私が普段から運動してないのが悪いから……。それよりもちょっと肩貸して。疲れた」
「お、おう。寄っかかるか? それともしゃがむか?」
「じゃあ、しゃがも」
麗の言葉に従い、じゃがむと、麗が抱きつくような感じで俺に体を預ける。
麗の全体重が俺の方へとのしかかり、流石にしゃがむ体勢だと維持が出来なさそうである。
わざわざしゃがんで無くても座れば良いか、地面綺麗だしと諦めた俺は堂々と地面に尻をつけて座った。
数分経つと麗の体力はある程度回復したのか俺からそっと離れる。
「もう大丈夫なのか?」
「うん。息整った。ありがとう」
「全然。むしろなんか抱きつかれてるって感じで良かったよ」
「ふーん。一颯って私に抱きつかれたら嬉しいんだ」
小悪魔的な笑みを見せる。
普通に彼女から抱きつかれて喜ばない男はもう彼女を愛していない。
俺はまだ麗のことが大好きだし、出来れば触れ合っていたいとも思っている。
多分カップルであればそう思うのは自然だよね?
「ふふ。じゃあ、こんなビショビショな服を着てても抱きあいたい?」
「そりゃ。俺は麗と抱き合いたいんだよ。別に濡れていようが乾いていようが関係ない。麗であればなんでも良いかな」
「そう……」
麗はそれ以上何も言わない。
ただ、頬を朱に染め、俺の事をずーっと見つめる。
耳には雨のざわめきがしつこく入ってきて、相対的に麗がより魅力的に見えてくる。
思わず抱きしめたくなるような表情を浮かべており、理性を保つのに必死だ。
そんな風に己と葛藤していると麗は俺の方へと体を寄せてくる。
今心理状態でこんな肩を寄せ合ったりなんかしたら本当に理性が抑えられなくなる。
とりあえず何か別のことを考えておこう。
うーん、そうだ。
羊でも数えるか。
3大欲求の性欲を打ち消すには3大欲求の睡眠欲をぶつければ相殺される……はず。
羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、羊が4匹……。
ダメだ、睡眠欲と性欲は結構隣り合わせすぎてムラムラしてくるだけだ。
しょうがない。
ラム肉を数えよう。
食欲と睡眠欲を掛け合わせれば最強だ。
ラム肉が1つ、ラム肉が2つ、ラム肉が3つ、ラム肉が4つ……。
「ふふ。私やっぱり一颯のこと大好き」
頭の中でさっき数えていた羊のラム肉を数えていると突然耳元でそう囁かれる。
目の前に浮かんでいたラム肉はどこかへ吹き飛び、心臓の鼓動が早くなる。
理性はもう半分どこかへ吹き飛ぶ。
もう、ここまで来たら抱きしめたって怒られはしないだろうと囁く悪魔とこれは俺を試しているだけであり、まんまと引っかかっちゃダメだよと抑制する天使がせめぎ合う。
天使と悪魔が心の中で殴りあっている間に麗は俺へと抱きつく。
「麗……?」
「一颯も私も抱き合いたいと思うなら抱き合っても良いんじゃないかなって……。嫌だった?」
「ううん。嬉しい」
「だよね。私も嬉しい。幸せ」
いつもクールぶっている麗だが、目の前だとこんなに甘えてくれる。
俺にしか見せてくれない一面だ。
そう思うととてつもない優越感を覚えてしまう。
雨のせいでその辺を歩き回る人も居ないし、雨の音で音も掻き消される。
服をびしょびしょにした罪は重たいがそれ以上に幸せを与えてくれた雨を感謝しない訳にはいかない。
俺の心の中で悪魔は勝ち誇ったような顔をしている。
いや、うん。
本当に君が正しかったと思うよ。
俺は麗の背中手を回して優しく抱きしめつつ、雨が止むのを待つことにした。




