遠い親友
帰宅すると人身事故の情報がスマホに表示されていた。
変な汗が輪郭を沿ってツターっと垂れたが、どこの路線かも分からない謎の路線での人身事故情報だったのでホッとする。
特に何かあるわけじゃなく、寝て起きて、惰性で学校に向かう。
死にたいとか思う程じゃないが俺も生きている価値はあまり見いだせていない。
何となく起きて、何となく学校へ行き、何となく帰宅して、何となくゲームをし、何となく寝る。
そんな人生を送っているが、決まったことを無心で行えば一日が終わるので、この世界からフェードアウトしたいとは思わない。
教室に入ると俺の席に我が物顔で座るイケメンが居た。
コイツは阿佐谷奏太だ。
クソモテモテ陽キャ野郎である。
紆余曲折あってこの学校で1番仲良くしてくれている人物だ。
「おぉ、遅かったな」
奏太は俺に気付くと、顔をこちらに向けて、無気力に片手を上げる。
「時間的にはセーフだろ」
「5分前行動ぐらい意識しろ。話したいことあったのにこれじゃあ何も話せないじゃんか」
「知ったこっちゃねぇーよ」
本題に入る前にチャイムがなってしまい、奏太はつまらなさそうな表情を浮かべながら俺の席を立ち、自分の席へと向かった。
生暖かい椅子に座り、絶妙な不快感を抱きながらボーッと教室に入ってきた担任の話を聞いていた。
事務連絡が終わり、各々が散っていく。
当たり前のように奏太は俺の方へとやってきた。
俺の目の前にやってくると、キョロキョロ辺りを見渡して「ねぇか」と小さく呟くと俺の机にヒョイッと座る。
「よーし、一颯。俺に言うことあるだろ?」
「は?」
「ははーん。さては、シラをきるつもりだな」
口角を上げてニヤつく。
残念なことにシラを切るも何も、思い当たる節がこれっぽっちもない。
「一颯、彼女できたろ?」
ありました。
散々奏太に向かって「彼女欲しい、彼女欲しい」と連呼していた人間だ。
彼女が出来たら彼女が出来たと報告するのが義理というものだろう。
「あぁ。出来たよ。お陰様で」
「俺はなーんにもしてないけどな」
「色々アドバイスしてくれたのは奏太だろ。ありがとな」
「良く分からねぇーけど、感謝してくれるなら有難くその言葉受け取っとくか」
「受け取っといてくれ」
感謝の意を伝えることが出来れば仕事は終わったも同然だ。
良く考えてみれば奏太から受け継いだアドバイスは1ミリも聞き入れてなかったが、まぁ感謝しとくに越したことはない。
基本的に感謝と謝罪の安売りは周りを円滑に動かしてくれる。
「それで、一颯……。お前福城さんと付き合ったのか?」
「福城……? あぁ、麗?」
「あ、あぁ。うわぁ、本当に付き合ってるのかよ」
奏太は軽く頭を抱える。
「なんだよ。悪いかよ」
「いやぁ……。悪くは無いんだけどさ、前に言ったろ? 福城さんは学年のアイドルだって」
「そんなこと言ってたな」
「俺が見ても可愛いって思うぐらいだ。福城さんを狙ってた奴ってのは大勢居る……。例えばウチのクラスの座間とかな」
そーっと奏太はワックスでガッチリ固めて、髪の毛を茶色に染めているワイシャツを大きく着崩した男子を指さす。
奏太を爽やかな陽キャ代表だとすると、座間はヤンキー寄りの陽キャだ。
「そうだったんだ。興味もなかった」
「一颯って『彼女欲しい』って言うわりに周りの恋愛事情には疎かったし、知ってるとも思ってないよ」
呆れたような顔をされてしまう。
「どうなるかは俺に分かったことじゃないけど、福城さんと付き合い始めたことで一颯が目付けられるかもしれない」
「嫉妬?」
「そうだな。まぁ、言ってやんなよ」
「流石に煽らないよ」
「まぁ、とにかくだな」
俺の机に座っていた奏太は両足で飛び降る。
「目付けられて何かやられるかもしれないけど気にすんなよってことか言いたいんだよ」
「高校生にもなって好きな女子取られて虐めたりする幼稚な奴はいねぇーだろ」
「そう思っても案外いるもんだぞ」
「ふーん。そういうもんか」
「そういうもんだ」
「気を付ければ良いのか? 割と既に詰みな気がしてるけど」
もしも、麗と付き合うという1点で相手を刺激してしまっているのであれば対処のしようがないだろう。
それこそ、麗と実は付き合ってませんでしたというような状態へ持ち込むぐらいしか思いつかない。
「あまり周りの目があるところでイチャイチャしなきゃ大丈夫だと思うけどな。少なくとも今の状態であればただ一颯を虐めるっていう状況にしかならないからね」
「まぁ、善処するよ」
これが可愛い女の子と付き合うことで発生する弊害なのだろう。
自殺しようとしていた女の子なんてことは誰も知らない。
なぜ自殺にまで追い込まれたのかは知らないが、きっと麗はイジメという行為を1番嫌うはずだ。
イジメられて、麗からの評価が下がっていくのならこれ以上に嬉しいことは無い。
昼休みになる。
奏太と飯は食わない。
正確には食えないである。
「一颯飯食おうぜー」
奏太はやってくるのだが、その途中で「奏太くん。こっちで食べよう!」と女子からの甘い囁きがあり、強引に引っ張られて、俺の元へ辿り着くことが出来ないのだ。
なので、俺はぼっち飯を嗜むことになる。
非常に悲しいが、俺のコミュニティが狭いのが原因である。
自業自得ってやつだ。
と言ってももう慣れているんだけれどね。
淡々とお弁当を減らしていくと、こちらに向かってくるシルエットが視界にチラチラ入ってくる。
そっちを向くことなく、お弁当と向き合っていると、その動くシルエットは俺の隣で立ち止まる。
しょうがなくそちらに視線を向けると立っていたのは麗であった。
「なんだよ」
「何はこっちのセリフだから。彼氏と彼女が一緒にお昼食べるのは普通のことでしょ?」
可愛らしいお弁当を手に持った麗は当然だと言わんばかりの表情を浮かべる。
「恋愛漫画の読みすぎだ」
「でも、一颯はぼっち飯じゃん。何も不都合はないでしょ?」
「ある。大ありだ。周りの視線見てみろ。全部こっちだぞ」
「そんなの気にしたら負けだから。見てくる方が悪いでしょ? 何も問題ないじゃん?」
前の空いている椅子に座ると俺の机に弁当を置いて当たり前のように食べ始めた。
常に視線を感じているからなのか、この異常な視線に違和感を覚えないらしい。
少なくとも俺は弁当どころじゃない。
羨望や殺意、嫉妬などもう言葉じゃ表せないくらい、多くの視線が混ざりに混ざって俺らへ向けられている。
麗は何も喋らずに淡々と弁当を食べたが、俺は箸を動かすことすら出来ずに昼休みが終わってしまった。
麗の肝は据わっている。
確かに、これだけの視線を常日頃感じているのであれば自殺の決意なんて簡単に出来るのかもしれない。
ブクマ、評価ありがとうございます!
励みになります!!!
これからもお付き合いしていただけると嬉しいです!
次は17時or18時の投稿になります。