歪な交際関係
俺に彼女が出来た。
一言で言ってしまえば喜ばしいことなのだが、蓋を開けると思わず顔を顰めてしまう。
だって、相手の名前や住んでいる場所すらまともに知らないような関係なのに付き合ってしまったのだ。
まだ、マッチングアプリとかで出会い、交際関係に至る方が健全である。
「私の彼氏になった君に質問がある」
屋上にポツンと設置されている受水槽の近くに腰をかけるなり、彼女は口を開いた。
さっきまで自殺しようとしていたとは思えない済ました顔をしている。
「君の名前を教えてくれないか? ずっと君、君と呼び続けるのも悪くは無いが、せっかくこうやって交際するんだ。名前で呼びあった方が味気があるよね?」
「それはそうかもな。俺の名前は町田一颯だ。お前の名前は?」
「私は福城麗だよ。福島の福に、お城の城で福城。麗らかの麗で麗だよ」
「そりゃご丁寧に漢字までどうも」
「別に私はお礼を求めてたわけじゃないから」
ツンデレみたいな事を口走るとフンっとそっぽを向く。
ただでさえ風が強いのに、自ら髪の毛を揺らすとシャンプーの良い匂いが俺の鼻を直接刺激する。
女子ってなぜここまで良い匂いがするのだろうかという疑問に駆られた。
「何を求めてたんだよ」
「いぶきの漢字はどうやって書くのか教えてってこと。こんなんだからあんな所で告白なんかするんでしょ」
「空気読めないってことか?」
「ふーん。自覚はあるんだね」
腕を組んで見下すような視線を送られてしまう。
なんか、負けたような気がして癪だが空気が読めないことに関しては少なからず自覚はあるので反論のしようがない。
「……。ちょっと待ってろ」
スマホを取りだし、素早く名前をフリック入力して麗にスマホの画面を見せる。
「町田一颯ね。良し、覚えたよ」
「別に漢字なんて知らなくても困らないだろ」
漢字を知らなくて困ることは何かと考えたが特にない。
少なくとも直接名前を呼ぶ時に漢字は不必要だ。
「彼氏の名前ぐらい漢字を知ってないとね」
「それだけ?」
「それだけ。何か悪い?」
「あぁ……、いや、なんでもない」
麗から強い睨みを受けてしまってはこれ以上追求出来ず、折れたように首を横に振ってしまう。
「それと、はいこれ」
麗はスマホの画面をヒョイッと見せてきた。
画面には連絡アプリのQRコードが表示されている。
これを読み取れば連絡先を簡単に交換出来る便利な機能だ。
「ちょっと待ってろ」
ささっと操作し、QRコードを読み取って連絡先を追加する。
夕焼けに照らされている麗の後ろ姿がアイコンになっていた。
そのアイコンからは充実感が溢れだしており、とても自殺にまで追い込まれている人間とは思えない。
人とは極限状態に陥るまで、本性を隠し続けるということなのか、はたまた精神的なことじゃない部分でこの世の中から逃げ出したいと思ってしまったのか。
麗がなぜ自殺をしようとしたのかは聞かなければならないとは思っているが、少なくとも今ではないというのは空気の読めない俺でも理解出来る。
「……。うし、それじゃあ帰るか。どうする? 最寄り駅まで送ったりした方が良いのか?」
「別にそこまでしなくて良いから。私、1人で帰れる……」
「そうか」
「国辰駅まで一緒に帰ろ。そこからはそれぞれ別々。嫌?」
「それで良いならそうしよう」
「ふふ。じゃあ、決定」
こうして、俺は麗と帰宅することになった。
隣に美少女を置いて歩くというのはどうも慣れない。
特に周りからの視線が痛い。
悪いことをしているわけじゃないのに、まるで何か悪いことをしたかのような視線を感じてしまう。
「お前っていつもこんな視線感じてるのか?」
「麗」
不機嫌そうに訂正してくる。
「あー、麗……。麗だな、麗」
恥ずかしくて、麗のつま先の方を意味もなく見つめながら名前を連呼する。
「そうだね」
麗は名前を呼ばれて満足したのか、声を弾ませた。
「でも、いつもより視線感じるかも? 男あまり寄せ付けてなかった私が男隣に連れてるからかな?」
「男あまり寄せ付けてなかったのか」
「そう。大体、私の顔ばっかり見てくる変態ばっかりで面白くとも何ともないから距離とってたの。一颯は面白いから安心して?」
麗はそんなことを口にするが、彼女の言う面白いとはつまるところ空気が読めないというわけであり、褒められているようで全く褒められていないのだ。
「褒めてないだろ」
「褒めてるから。褒めてるよ」
軽い言葉すぎてどっちか判別できない。
でも、麗は楽しそうな顔をしているし、細かいことはまぁ、どうでも良いのかもしれない。
そんな感じで勝手に話を纏めた俺はそのまま麗を横に置いて歩き、国辰駅へと送り届けたのだった。
上り方面のホームに上がっていく麗を見送った後に、俺は下り方面のホームへと上がった。
自殺をしようとしていた人間をホームに放り投げるのは不安しか無かったが、麗の発した『生きるに値する』という言葉を信じることにした。
胸がざわめくが、自分の勘よりも彼女の言葉である。
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