すれ違いから始まる
次の日の昼休み。
重々しい雰囲気を感じる扉を前にする。
多分勝手に俺が感じているだけなのだろうが、とても大きくて高くて重い扉に見えてしまっており、状況が許してくれるのであれば今すぐに引き返したい。
無論、そんな行動は許されないので、大きく息を吸って心を整えた後に扉を開ける。
空き教室の中には既に奏太も福城もスタンバイしていた。
俺が最後らしい。
そりゃ、まぁ、付き合い始めの奴らはイチャイチャしたいし早目に到着するのは自然な流れだろうと1人で納得しながら2人が座っている席の方へと重たい足を上げて向かう。
「来たぞ。なんだよ」
顔も見たくないと言われたのに何食わぬ顔で目の前に現れた福城が気に食わない。
別れる際に言った言葉ぐらいには責任を持って欲しい。
「はぁ……」
奏太はこめかみを押さえながらため息を吐くと、福城の方へ視線を向ける。
「話があるらしいぞ」
「話? 今更話?」
「まぁ。聞いてやれって」
奏太は席を立つと俺の機嫌をとるように優しく肩へ手を置く。
「……。一颯。一颯はさ。私の事嫌いなの? 嫌いになっちゃったの?」
しばらくの沈黙から発せられた言葉は震えていた。
とても、適当に並べた言葉とは思えない。
それぐらい言葉に魂が篭っている。
「……」
だが、福城の本意が見えてこないので俺は何も言わずに黙る。
何をしたいのか、何を言いたいのか、何を伝えたいのかを見極めるのだ。
「もしも一颯が別れたいんだったらしょうがないかなって思う。嫌々付き合ってもらうのは私も一颯も幸せにはなれないから。ただ、喧嘩しただけなのに別れ話になっちゃうのは嫌」
彼女の目からは大粒の涙が零れ落ちる。
「何がどうなってるんだ。何一つとして理解出来てないんだけど」
その言葉に奏太は頭を抱え、呆れた表情をしていた。
きっと俺は鈍いのだろう。
でも、分からないものは分からないのだから仕方ない。
「一颯の勘違いってわけだよ」
「はぁ?」
「まだ分からないのか? 福城さんは一颯と別れるつもりなんて一切無いってこと。痴話喧嘩に俺を巻き込むなよな。全く」
めんどくさいと言いたげな様子で椅子に座る。
「別れるつもりない? どういう冗談だ?」
「冗談なわけ無いだろ。ここで俺が嘘を吐くメリット無いだろ」
「でも、奏太たちは付き合ってるじゃん?」
「はぁ? 一颯、その方が意味――」
「私が阿佐谷くんと付き合うぅ? ないないないない。ありえないから。私、一颯以外の男と付き合うぐらいなら死んだ方がマシ」
福城の言葉には重みがある。
やはり、前科のある人間だからだろう。
本気で死んでもおかしくないと思えてしまうのだ。
「一颯は何を見たのか、聞いたのか分からないけどさ。俺が親友の彼女奪うようなことすると思うか?」
「……」
「はぁ。俺って結構信用されてねぇーんだな。まぁ、良いか」
奏太は死んだ魚のような目をしながら福城の方へと近寄る。
そして肩を掴もうとした所で奏太の頬に勢い良く福城の手のひらがお見舞された。
バシンっというこれ以上にないぐらいの綺麗な音でビンタがかまされたのである。
「ほら、これで分かっただろ。俺たちは付き合ってなんかない」
左頬を真っ赤にした奏太は左頬を擦りなら口にする。
「それはそうみたいだな……」
「大体、なんでこんなことになったんだよ。おかしいなと思って福城さんに聞きに行ったら『なんで私が別れなきゃならないの』とか言い出すしさ」
「……。私はちょっと喧嘩しただけだと思ってたのに、阿佐谷くんに突然『お前ら別れたのか』とか言われたから何事かと思ったの」
「福城に『顔も見たくない』って言われたから振られたのかと思ったんだよ」
「違うから……。あれはその……。私が信用されてなかったのにショックで思わず口走っちゃっただけで……。別に本当にそう思ってる訳じゃなくて……」
福城は頬を赤らめ、恥ずかしそうに早口で弁明している。
この光景を見ていると本気でそう思っていたんだなって心から思える。
というか、仮に騙されているのだとしても悪くは無いなと感じてしまう。
「あー、分かる。すげぇ分かるよ。俺も今、信用されてないって知って結構ショックだったしな」
「……」
「一颯。人を疑うのは構わないけどさ、時には心をオープンにして信用しても良いんじゃねぇーか?」
奏太の言葉通りである。
人を1度疑ってしまうとネガティブな思考に陥ってしまい、あれこれ最悪の想定をして更に悪い方向に物事が進んでしまっているのではないかと考えてしまう節がある。
信用とか不信感とかではなく、単純に俺の心持ちだろう。
「まぁ。なんだ。すげぇフワフワしてるからまとめるけどさ」
この場所に居にくさを感じるのか奏太は右往左往した挙句、近くの机の上にホイッと座った。
そして意味もなく椅子を触る。
「福城さんは一颯のことが好きだし、一颯は福城さんのことが好きってことだろ? まだお互いに別れたいだなんて思ってないってことだろ? なにか間違ってるか?」
「……。俺は何も間違ってないな」
もしも、首を横に振られたら恥ずかしくて生きていけない……と思いながら口にして、チラッと福城の方を見る。
すると、何も口にはしないが福城も大きく頷く。
全ては俺の勘違いから始まった。
いやはや、本当に良かった。
福城……いや、麗を信用しきれずに疑ってしまった俺が悪い。
「福城さんの口から直接好きなら好きって言った方が良いと思うけど。どうせコイツまだ心のどこかで疑ってるだろうし。そういう奴だから」
今まで信用してこなかったツケが回ってきてしまった。
別に今は何も疑っていないというのにまだ疑っていると思われているらしい。
しかも、麗は麗で「その通りだわ」と納得してしまっている。
「ふぅ……」
麗は口を小さく開けて息を吸い込む。
それと同時に頬はピンク色に染まっていく。
「一颯。正直最初は変な面白い子だなっていう面白半分で付き合ってたんだよね。でも、それ最初だけだから。何時からかは分からないけれど少なくとも一颯が虐められた時には絶対に許せないと思ったし、阿佐谷くんに話を聞かされた時には一颯がどこか遠くに行っちゃうんじゃないかって悲しくなったの。それぐらい私は一颯が好き……」
「これからも仲良くしてくれますか」
「もちろん。だって私もうベタ惚れだもん」
耳まで真っ赤な麗の顔は綻んだ。
そんな俺たちを見つめる奏太はつまらなさそうである。
「甘いわ。ショートケーキよりも甘い。甘ったるい。マジで胃もたれするわこんなの」
文句を垂れながらスーッと空き教室から去っていく。
こういう空気を読むスキルがあるからモテるのだろう。
俺はマジでとんでもなく優秀で最高な友達を持ったなと誇り高く思えた。




