見たくないもの
次の日の昼休み。
俺は1人寂しく昼飯を食う。
勘の鋭いやつは俺が1人で食っている光景を見て違和感を持ったのか不思議そうに見つめてきたりするが、直接どうしたんだと聞かれることは無い。
そこまで俺へ興味は無いのか、聞くような仲じゃないと思い声をかけにくいのか分からないが何にせよ俺にとっては好都合だ。
「阿佐谷くん! お昼食べよー」
いつものように奏太を誘う女子の声が聞こえてくる。
そんな姿に嫉妬してしまう自分が恥ずかしい。
「あー、すまん。今日はちょっと用事あるんだ」
申し訳なさそうに片手を上げるとコンビニのレジ袋を手に持ち教室を立ち去った。
俺は箸を口に入れたままその光景をただただ眺める。
女子からの誘いを断るという状況も、昼休みに自ら教室の外へ行くという状況にも疑念が浮かぶ。
普段の奏太であればそんなこと絶対にしない。
気になって気になって仕方がない。
気付いたら俺は弁当を片付けて、奏太の後ろをチョロチョロ追跡していたのだった。
奏太は迷うことなく淡々と歩みを進める。
歩けば歩くほど人気は少なくなっていく。
もしかして、追跡しているのバレているんじゃないかと勘繰ってしまうぐらい今いる場所は人気な無い。
それでも奏太は歩くことをやめない。
暫く歩き、足を止める。
そして扉を開けて部屋へと入った。
ここは俺たちがいつも使っている空き教室だ。
「ん?」
こんなところに何の用事があるのだろうかと思いつつバレないように教室の中を覗く。
教室の中には奏太と1人の女子が居た。
知らないうちに彼女出来てたのかと微笑ましい気持ちになったのも束の間、すーっと現実に引き戻される。
相手は福城麗である。
サッと小窓から離れる。
2人を引き合わせたのは間違いなく俺だ。
この短い間に付き合い始めたというのだろうか。
もしくは裏で付き合っていたのか……。
どちらにせよ、受け入れたくはない現実である。
何か別件でたまたまここでかち合ってしまったという可能性もあるんじゃないかで自分の中で可能性を残しておきたかったが、恋愛関係にない異性同士がこんな密室で出会うとは考えにくい。
少なくとも相手のことを信用してなければ会おうとは思わないし、逃げると思う。
今はどんな状況なんだろうかと興味本位でもう一度顔を覗かせる。
何を話しているのかは流石に聞こえてこないが話が盛り上がっていることは間違いないし、一緒に昼飯を食べている。
つまり、これはもうそういうことなのだろう。
「アハハ。終わりだ」
辛い現実を目の当たりにした俺はこめかみを押さえながらゆっくりと教室の方へと踵を返す。
どういう経緯であれ、元カノと親友が仲良く2人っきりで飯を食っている場面を見せられるというのは気分の良いものではない。
教室に戻っても食欲なんて湧かないので残った弁当のおかずと睨めっこし続け、結局手をつけることなく昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
憂鬱な思いが晴れることはなく、気分を落ち込ませたまま俺はそっと弁当を片付けたのだった。
「一颯。お前明日の昼休み暇か? 暇だよな」
放課後になり、一目散にこちらへやってきた奏太は少し乱暴な口調でそう訊ねる。
「だから?」
昼休みのあの光景が脳裏に焼き付いてしまっている俺は、大人気なく不機嫌感を表に出して返答する。
「だからって……。あぁ、もうとにかく。暇なのか、暇じゃないのか。イエスかノーで答えてくれ」
「はぁ。暇だけど。何?」
「じゃあ明日昼休み空き教室に来い」
「何でだよ」
「話があるから」
「話? なら、ここで今してくれよ。わざわざ行くの面倒なんだけど」
「面倒ってさ……。今一颯暇って言っただろ? 別に何も問題ないだろ。それに俺が今ここで叫んでやっても良いんだぞ? これのこと」
奏太はそっと小指を立ててアピールをしてくる。
変な弱みを握られてしまったなと思いこれ以上グチグチ言うのはやめておく。
「分かったよ。明日昼休みな」
「おう。分かれば良いんだ」
ここで俺たちは解散した。
明日昼休みに空き教室へ行き報告されることなんて大体予測がつく。
奏太と福城が付き合い始めたとかそういう報告に違いないだろう。
考えただけで気分が落ち込んでしまう。
昼休みの密会を見ていなければそんなこと微塵も思わなかったのだろうが、あの光景を見てしまった以上、むしろそれ以外に選択肢は浮き上がってこない。
こればっかりはもうどうしようもないことだろう。
常にアスファルトを見つめながら歩き帰宅する。
玄関を開けると「ただいま」と珍しく妹の声が聞こえてきた。
「おかえり」
「……? そんな死んだ魚の目してどうしたの?」
「あぁ……。ううん。気にしないでくれ」
「ふーん? そう? 奏太くんと喧嘩したならお兄ちゃん早く仲直りしてね」
「はぁ? してねぇよ」
「ほんと? それならまた今度家に連れてきてよ」
「分かった。そのうちな」
「えへへ。やったー」
妹の涼葉は嬉しそうに両手をあげるとくるんくるんスケートリンクの選手さながらの回転を見せて台所の方へと下がっていく。
1度奏太を家に連れてきた時から涼葉はゾッコンらしい。
涼葉が誰を好きになろうが口出しするつもりは無いが、奏太を好きになるのはどうかと思うぞ。
それにアイツは福城という滅茶苦茶美人な彼女も出来たしなぁ……、はぁ。
「なんで関係ない所でもアイツ出てくるんだよ。まるで俺が依存してるみたいじゃねぇーか」
嫌になった俺はボソボソと呟きつつ、家の階段をのぼり、自室へと引きこもる。
時間なんか進まなきゃ良いのに。
明日なんか来なきゃ良いのに。
そんなことを思っていても時の進みは平等であり、また非情でもある。
「朝……」
重たい瞼を擦りながら絶望感に満ち溢れた朝を迎えたのであった。
いつもありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!




