疑うこと
麗と付き合い始めてからある疑念がふつふつと湧き上がる。
俺ってどう思われているのだろうか……という感情だ。
別にメンヘラになってしまったわけじゃない。
付き合い始めた流れが流れだっただけに本意ではないんじゃないかと考え込んでしまうのだ。
今までその感情を表には出してこなかった。
出したところで解決する問題じゃないと思っていたからだ。
きっと分かりやすい愛情表現でもされれば、こんな思考には至らないのだろうが、直接「好き」というような言葉を貰ったのだって全校集会が最初で最後だ。
こういう関係を続けている時点で嫌われているということは無いのだろうが不安なのに変わりはない。
好きにさせれば良いという決意を抱いた時もあったが、そもそも今どう思われているだろうかと考えてしまうと好きにさせれば良いという大きな気持ちも萎んでしまう。
あの状況で告白をしたこと自体が間違いだったのではないかと深く後悔してしまう。
だが、過ぎたことでクヨクヨしていてもしょうがない。
今知りたいのは麗の気持ちである。
たまにはストレートで聞くのも悪くないよね。
そう思った俺は回りくどいことはせずストレートに訊ねようと決心した。
時は過ぎ、とある昼休み。
元々俺たちは教室で食べていたのだが、あのイジメのタイミングで見つけたこの空き教室がかなり使いやすいのであの事件以降も俺たちはここを使わせてもらっている。
もちろん許可は取っていないのでバレてしまえば大目玉を食らうだろうが、既に大目玉を食らった経験のある俺たちにとってそんな問題は些細なことでもない。
「……。ジロジロみてどうしたの? 何かまたあった? 虐められてる?」
「そんなに俺弱者に見える? 流石に虐められては無いよ」
「ふーん?」
納得いかないのか首を傾げながら、止めていた箸をまた動かす。
「……」
「……」
静かな空気が流れる。
俺のことをジーッと見つめて喋らない麗と、好きなのか否かを聞こうとして緊張してしまって口が動かない俺の2人しか居ないのでむしろ騒がしい方が恐ろしい。
だが、幾ら緊張しているとはいえ、ずっと黙りっぱなしというわけにはいかないので喉に溜まった唾を一気に飲み込み覚悟を決める。
「あのさ、麗って俺のこと好き?」
今きっと鏡で俺の顔を見たら真っ赤なのだろうなと自覚できるレベルで顔が熱い。
焼肉でも出来ちゃうんじゃなかろうか。
麗は麗でまた箸を止めている。
「……」
麗の答えを待つ俺は黙る。
自分の胸の鼓動だけが聞こえてきて更に緊張感が走る。
「逆に質問してあげる。一颯は私がどう思ってると思う?」
ニヤニヤしながらパクッと1口サイズのハンバーグを口に入れる。
どう答えるのが正解なのだろうか。
素直になるべきなのか、それとも媚びるべきなのか。
迷っている間にも時間は進んでしまい、焦った俺は何も考えずに口を動かしてしまう。
「俺には麗がどう思ってるか分からないけれど、無理矢理付き合わせるんじゃないかなって思うことがあるんだ……。だから、義務感で付き合ってるのかもって」
「義務感? 私が?」
「うん。ほら、自殺の時に助けた恩とか思ってたらそれって義務感じゃん?」
「うーん。私の意思で選んだことなんだけどなぁ……」
「ほんと?」
「信用出来ない?」
俺はその言葉に即答出来なかった。
未だに愛情表現はして貰えてない。
取り繕っていると言われればそう思えてしまうような言葉ばかりを並べている。
黙り込んでしまうと麗は黙って残ったお弁当を片付け始めてしまう。
「え、お弁当残ってる」
「食べない」
「は?」
「だから、食べない」
お弁当を完全に片付けると手に持ち、席を立つ。
「え?」
「一颯の顔なんて見たくない。じゃあね」
ふんっとそっぽを向き、颯爽と空き教室から麗は出ていってしまう。
状況が上手く把握できない。
1つずつ冷静に確認にしていこう。
まずは、俺が好きかどうか訊ねた。
そして、逆にどう思っていると思うという質問を書い投げかけられた。
その後俺は素直に思っていることを話した。
信用していないのかと聞かれた。
その言葉に何も返せず黙り込んだ。
麗から「一颯の顔なんて見たくない」と言われた。
つまり、本当は顔も見たくなかったっていう事なのだろうか。
これは喧嘩じゃなく、破局。
「マジかよ。いや、まぁ、そうだよな」
今まで浮かれてしまっていたが冷静に考えてみればそうだ。
俺みたいな冴えない男が麗みたいな誰もを魅了させる美女と付き合えるわけが無い。
なぜそんな単純な答えに辿り着けなかったのだろうか。
麗からしてみれば俺は滑稽だったろう。
一方的な恋なのを疑いもせずに全校集会で愛を叫んだ挙句に、保健室でずっと待っていたのだ。
「今すぐここから消えたい……」
別れたとなれば座間からの視線はどうなるのか。
奏太にはなんて言われるのか。
噂を嘘だと信用してくれた子達にはなんて思われるのか。
考えただけで胸が痛くなる。
悲しいというよりも、恥ずかしいという気持ちに駆られる。
涙が一切出てこない俺は冷静にスマホを取りだし、麗の連絡先を削除する。
連絡先を見る度に思い出すのは勘弁だ。
そもそも麗と呼ぶこと自体お門違いなのだろう。
俺も福城さんとこれから呼ぶべきだ。
全て本来あるべき位置へと戻っただけである。
俺と福城は元々付き合うべき関係じゃなかった。
「……。とりあえず風浴びてこよう。モヤモヤするわ」
胸の中にあるモヤモヤを解消するために俺は屋上へと向かった。
屋上へ向かうにしても福城を思い出してしまう。
自殺を物理的に阻止したのはこの屋上だし、告白したのもこの屋上だ。
「あァァァァァァァァァァ!」
思い出せば思い出すほど悲しみが込み上げてきてしまう。
悲しさを紛らわすために叫んでみたが悲しさは何も変わらない。
偽りの関係でも良かったのか、相手が本意でないのに強制させることが俺の求めていたことなのか。
そう自分に言い聞かせて、これが正しかったんだと自分へ暗示する。
そうでもしないとここから飛び降りてしまいそうだ。




