辛さと甘さと
あれから2人は熱意ムンムンに出しながらあーでもないこーでもないと様々な案を出していく。
所々に2人の腹黒さが見えて恐ろしさを覚えつつ、俺のためにやってくれているという気持ちで温かくなり、それなのに俺はただその場を眺めているといつ現状に居ずらく思ってしまう。
申し訳なさそうに「あー」とか「うーん」とか「なるほど」とか適当に声を出していると呆れたような表情を浮かべた麗が「一颯は舞台に立つ人なんだから覚悟だけしておけば良いかな」と遠回しに邪魔だと言われてしまったのでやってる雰囲気を醸し出すこともやめてじっと話が進む様子を眺めていた。
「良し、これで決まりだな。一颯頑張れよ」
ニヒッと白い歯を見せて笑いながら奏太は俺の肩に手を置く。
「そうね。一颯は素直に私への想いを伝えれば良いの。カッコ良いこと言おうとか、誰かを感動させようとかそんな邪心は捨てた方が良いかな」
心の中見透かされているのかという気持ちになりながらコクコク頷いておく。
そのタイミングで丁度昼休みを終えるチャイムが鳴り響き俺たちはそれぞれ教室へと散った。
時は過ぎ、決行の場。
奏太がどういう根回しをしたのか分からないが、突然担任に「町田。今日の全校集会の最後に話がしたいらしいから時間確保してもらったからな。列から舞台に向かうのと、教師陣と一緒に壁際で待機してるのどっちが良い」と訊ねられ、「か、壁際で……」と全力でコミュ障を発揮しておいた。
目立つから列が良かったなぁ……。
何はともあれ、全校集会のタイミングで愛を叫ぶというラブコメ主人公も顔負けな展開になり、心臓が張り裂けそうになる。
全校集会は6限目に設定されて居るため今日1日は気が気じゃない。
「やっぱりクラスの前で言えば良くね」
怖気付いた俺は奏太にそんな提案をするが、鼻で笑われて却下される。
それどころか「俺が頑張ったんだから成功させろよ」というダメ押しをされてしまい、もう受け入れることを決意した。
やりたくないとかやりたいとかじゃなくて、もうやらなければならない。
選択肢があると思っていること自体が大きな間違いという訳だ。
俺が何を嘆き、何を思っても時間というものは進むわけである。
単純明快に言ってしまうと全校集会の時間がやってきた。
今すぐ何かハプニングが起きて全校集会なんて無くなってしまえと心底不謹慎なことを頭の中で浮かべるがそんな都合の良いこと起こるはずがない。
全校集会は何事もなく淡々と話が進み、終わりへと向かう。
「どなたか連絡のある先生方はいらっしゃいますか」
最後に司会担当の教員は抑揚のない声を出す。
そのタイミングでハキハキとウチの担任が手を挙げ、俺の背中をグイッと押す。
「何するか分からないけれど頑張れ」
グイッとガッツポーズをして見せて見送ってくれた。
本当に奏太はなんと言って時間を作ってもらったのだろうか。
そんなことを頭の片隅で考えながら舞台へと向かう。
このぐらい余計なことを考えていないと緊張でどうにかしてしまいそうなのだ。
わざわざ舞台上に上がる必要も無いと思った俺は舞台したで司会の教員からマイクを貰おうとすると上へ上がって、マイクスタンドにあるマイクを使えとジェスチャーされる。
少し渋い顔をして見せたが、相手も譲らないで時間だけが過ぎていくので仕方なしにこちらが諦め、舞台上へと上がった。
舞台上から見る生徒たちは正に米粒。
顔こそぼんやりと認識できるが、それはあくまでも相手の顔を知っている人間のみに限られ、初めましての人の顔は流石に判別出来ない。
1つ咳払いをした後にマイクのスイッチを入れる。
「えーっと、町田一颯です」
嫌な視線が俺の方へと集中砲火する。
この時間がなければ解散なのにという視線なのか、浮気野郎が舞台上に立ったという軽蔑の視線なのか不明だか、少なくとも良い視線ではないことだけは肌で感じられる。
「変な噂が流れていますが僕は浮気なんかしていません」
俺の喋った声が反響するがそれ以外の音は一切聞こえない。
「そもそも僕が誰と浮気していたのかという具体的な話が浮かび上がっていない時点でこんな噂偽物なんですし、僕は浮気をするほどモテません」
クスクスという笑い声が聞こえてくる。
そこの笑い声の方へ視線を向けると口を抑える奏太の姿があった。
人が緊張しながら舞台上に立っているというのに悠長なものだ。
だが、奏太のおかげで緊張が解れた。
「しっかりと言いましょう。町田一颯は2年3組の福城麗さんが好きです。クールだと思わせておいて、実はクール系じゃないところ。でも、本人は取り繕うとして色々な口調が混ざってしまっているところ。後は容姿……。全部が好きです。愛してます。愛されなくても愛してます」
頬が火照っているのが分かったので顔を隠すように俯きながら、マイクのスイッチを切る。
こういうサプライズ的なイベントが好きな高校生諸君は指笛をしたり、拍手をしたり……と今までの視線は嘘だったのかと思うぐらい暖かい雰囲気に包まれた。
冷たくされていたのに突然温かく扱われるというのは更に恥ずかしくなるもので今すぐこの場から立ち去りたくなる。
足を動かしたその時、舞台上に上がってくる人物の影が見え、俺は足を止めてしまった。
彼女は舞台上に上がってくる。
それをみた生徒たちは更に盛り上がる。
彼らからしたら演劇でも観ている感覚なのだろうか。
他人事のような表情を浮かべ楽しそうにしている。
「一颯。君が私のことをどう思っているかは良くわかったよ」
「……」
目の前に現れたら麗の言葉に俺は何も返せずただ口をぽかんと開けてしまう。
ここで何か気の利いた言葉や面白いことを言えたら良いのだろうが、頭の回転が早ければコミュ障なんてやっていない。
「むぅ。なんで黙るのかな。別に一颯を脅しているわけじゃないんだよ」
不機嫌そうに頬を膨らませる。
「すまん。突然でてきたからビックリして」
「一颯の独壇場だと一颯が一方的に告白してるだけで根本は何も解決しないでしょ? 本当にあの時話聞いてなかったんだね」
軽いため息を吐きながらマイクスタンドからマイクを手に取った。
「……。福城麗です。私はこんな噂に惑わされて一颯を捨てることはありません。一颯が私を愛してくれる限り私は一颯を愛します。だから、邪魔する奴は許さないから。限られた時間を奪わないで」
麗はある一点を見つめながらそう口にする。
視線の先には座間が居た。
流石にここからでは座間がどんな表情をしているのか細部まで確認することは出来ない。
だが、ここまでガチなトーンで言われてしまえばヘラヘラしていられないだろう。
果たして俺が驕って良い事なのか分からないが、勝利と言えるだろう。
そんなことを考えていると右の頬に温かくて、柔らかい感触が走る。
体験したことの無い感触が俺の肌を数秒襲い、一瞬にして頭の中が真っ白になり体が硬直してしまう。
思考回路が完全にショートしてしまったタイミングで舞台下にいる生徒たちはこれでもかというぐらい「うぉーーーー」という雄叫びと「きゃーーー」という歓声、そして「あぁーーー」という悲鳴が響く。
頬をこれでもかというぐらい真っ赤にした麗は潤う唇を手首で拭い、照れ笑いをしてみせる。
頭が動き始めた俺はここでやっと何がどうなったのかを理解し始めた。
頬に麗がキスをした。
マウストゥーマウスではないが頬に接吻。
状況を把握出来た瞬間に頬は熱を持ち、麗と合わせようとしていた目を即座に逸らす。
「えへへ。これだけすれば浮気がどうのこうのって一颯を叩く人は居なくなるんじゃな……いかな」
麗は突然眉間に皺を寄せ、こめかみを抑える。
足元はふらつき直立の姿勢を保てていない。
明らかに普通じゃないと悟った俺は即座に麗の体を支える。
周りからは単純に抱擁したように見えたらしく、一層声が大きくなった。
「大丈夫か?」
「うん。ちょっと立ちくらみが……。多分貧血かも、時間経てば治まるから大丈夫」
「分かった。とりあえず体重俺に掛けておけ」
肩に手をかけた麗を連れて舞台を降り、軽く事情を説明して保健室へと直行した。
1時間ぐらい経過したタイミングで麗は目を覚ます。
眠そうに目を擦っている。
「おはよう」
「おはよ」
声をかけるとしっかりと反応してくれる。
どうやら本当に貧血なだけらしい。
一安心だ。
「ずっとそこに座ってたの?」
「あぁ……。まぁ、そうだな。心配だったし」
「そっか。ごめんね。でも、寝たら治ったから安心して?」
麗はベッドから降りて元気なことをこれでもかとアピールする。
信じていないわけじゃないので、うんうんと頷いておく。
「時間的には……、まだ間に合うね」
「ん? 何がだ?」
「いや、こっちの話だよ」
麗にはぐらかされる。
あまり詮索しない方が良さそうなので詮索はしない。
詮索してまたぐったりされても困るだけだ。
余計なことはしないに限る。
最終下校時刻が迫っているので俺たちはそれぞれの教室に寄って荷物を回収し、帰路に着く。
もうしっかりと自分の足で歩けているので心配することは何一つとして存在しない。
「今日は大成功だったね」
「そうだな。あそこまで盛り上がるとは思わなかったけどな」
「阿佐谷くんはそこまで計算してたのかもね。私の感覚だから当てにはならないけれどそこそこ計算して動く子のように見えるから」
「アイツがか? 本能のままに動いてるようにしか思えないけど」
「え、そうなの? それじゃあそうなのかも」
特に俺をバカにする訳でもなく単純に受け入れる。
やはりまだ完全には回復していないのだろうか。
素直過ぎるのはそれはそれで違和感を覚えてしまう。
「それよりも俺は突然キスされた方が驚いたけどね」
「ほっぺにキスだから。あれぐらい盛り上げるには当然でしょ?」
達観したような表情を浮かべる。
この前ビッチじゃないと啖呵切っていたがやっぱりコイツビッチだろ。
でなきゃそんな余裕そうな表情なんかしてられない。
俺なんか頬にキスされた余韻を保健室でずっと噛み締めていたというのに。
まるでこれじゃ、俺が童貞みたいじゃないか。
まぁ、童貞なんだけどね。
「今失礼なこと考えてたね。そうやってすぐ表情に現れるからキス1つで照れるんだよ」
「それとこれは別だろ」
「別じゃないから」
突然牙を向けてきたがこっちの方が安心感がある。
そんななんてことのない会話を繰り広げているとあっという間に国辰駅へと到着してしまう。
麗と一緒にいるこの一瞬が楽しいなと思えているということだろう。
この1件を通じて俺は確信した。
本気で俺は麗のことが好きになっているのだと。
当初はなんとなく告白して、なんとなく付き合い、なんとなくそれっぽいことをしてきたが浮気の噂が流れ、奏太から誤解とかなくて良いのかと指摘された時胸がぎゅっと締め付けられた。
それに麗から言われた「愛してる」という言葉と頬へのキスの感覚が未だに残っている。
何の感情も抱いていないのに、この感覚に陥るとは到底思えない。
麗が義務感で俺と付き合っていても構わない。
付き合うという形がある以上、義務感であったとしてもチャンスはある。
惚れさせれば良い。
これ以上に単純な話はないだろう。
「何ニヤニヤしてるの……」
麗は訝しむような視線を向ける。
そのまま何も言わずにエスカレーターで上がって行った。
せめて弁解はさせて。
いつもありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!




