頭を下げ、手を借りる
麗に「味方ならそのいつも居る友達紹介してよ。手伝ってもらおう」と提案された。
もし奏太が手伝ってくれるのであれば心強いのだが、奏太には奏太の交友関係が存在しており、俺の問題に首を突っ込むことで壊れてしまう可能性がある。
そのことを考えると頭は下げにくいし、そもそも頷いてくれるとは思えない。
そんな一抹の不安を抱えていると、麗は微笑む。
「それじゃあ行こう。私放課後用事あるから今日頭下げるなら今しかないよ?」
「うーん」
奏太のことを考えると簡単には頷けない。
この時点で既に俺だけの問題では無くなっているので気にするだけ無駄なのだが、大きく手を広げてあれこれ頼ったりはしたくない。
「何迷ってるの? 断られるかもしれないってこと? 迷惑かもとか思ってる? 2人がどんな関係なのか私には分からないけれどさ、仲良い友達に頼られて嬉しくない子居ないと思うけど?」
焦れったい様子で麗は俺の手首を握った。
麗の言ってることは至極真っ当である。
だが、真っ当だからこそ俺は葛藤してしまうのだ。
頼れば奏太はきっと「俺からのお願いだから」とかそんな理由で手を差し伸べてくれるだろう。
差し伸べてくれたらきっと奏太の人間関係を大きく壊してしまうことになる。
友達の人間関係を破壊することは望まないし、友達の人間関係を破壊してイジメを解消しても後味が悪い。
「ほら、行くよ」
俺の葛藤なんて知る由もない麗は手首を握ったまま引きずるようにして俺の教室へと向かった。
学校内では「町田一颯は浮気している」という噂を立てられている。
なのに、目の前では福城麗か町田一颯の手首を握って歩く光景が広がる。
そんな噂とは程遠い光景を見せられている校内の生徒はすれ違う際に2度見してくる。
不思議そうな表情をする奴、信じられない様子を見せる奴、無表情で見てくる奴……と多種多様だ。
もちろん教室に入ったってその視線は変わらない。
昼休みに俺と麗が一緒に行動しているなんて見慣れた光景だろうに目を丸くしたクラスメイトの視線を一斉に集めてしまう。
そんな中2人だけ驚く仕草を見せない人間が居る。
1人は奏太。
能天気に笑いながら俺の事を見つめつつ大きく手を振っている。
周りに居る女の子になんか目もくれない。
邪魔だと言わんばかりの扱いだ。
そんな扱いをされてしまった女の子は俺の方と奏太の方に視線を動かし、口をぽかんと開けている。
ちょっとだけ可哀想だなと思ってしまった。
もう1人は座間である。
コイツ自身が流し始めた、このイジメの元凶だ。
全てでっちあげたデタラメなのを理解しているからこそ驚けない。
驚かないどころか、あれだけの噂を流しておいて麗と一緒に居ることが気に食わないのだろう。
これでもかというぐらいつまらなそうな表情を浮かべ、睨みを効かせてくる。
「ふーん。そういうことね」
麗は小さく頷く。
え、何がと聞こうと口を開いた時には既に奏太がこちらに来ており「おう!」という奏太の声に掻き消されてしまった。
「どうも」
「どうも」
麗と奏太はお互い壁を感じるような挨拶を交わす。
初対面の人に対してはこれが普通だろう。
あの屋上での、会話が異常だっただけだ。
「あー、そのあれですよ。一颯は浮気なんて出来るような奴じゃないですから。変な噂流れてますけど気にしちゃダメっすよ」
「大丈夫。私も知ってるから。それよりも、なんで敬語なの? 同級生だよね?」
麗は首を傾げる。
「アハハ……。あまり話さない人に対してタメ口って使いにくいんですよね」
照れくさそうに奏太は髪の毛を触る。
陽キャな奏太がそんなことを口にするんだとビックリするが、冷静に考えてみればコイツ麗のことを学年のアイドルとして扱っていた人物だ。
そんな遠い存在の人が目の前に現れたらそりゃ敬語で接してしまうのも無理ないだろう。
「そう……?」
麗はイマイチピンとこないというような表情を浮かべているが致し方ない。
「君の名前も分からないけれど、君は一颯の友達なんだろう? であればきっとこれからも関わり続けることになる訳だし、そのうちタメ口になってくれるかな」
「あーっと、阿佐谷奏太です。まぁ、ボチボチ頑張ります」
「ふふ。よろしくね。ちょっと着いてきてくれるかな? 一颯も」
俺と奏太は麗にさっきまで居た空き教室へと連れていかれる。
奏太は辺りを必要以上にキョロキョロ見渡す。
警戒するのも無理ないだろう。
突然謎の教室に連れていかれる心境を考えただけで同情出来てしまう。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。一颯の噂が流れ始めた原因教えて、一緒に作戦立てようと思っただけだから。ね? 断ったりしないよね?」
麗に気圧され奏太は何回も首を縦に振る。
それだけ口にすると麗は口を紡ぐ。
その代わりと言って良いのか分からないが、麗は視線をこちらに送ってくる。
きっと説明しろと言いたいのだろう。
視線だけで麗の気持ちが理解出来始めてきてしまった自分が恐ろしい。
「虐められてんだよ。座間にな」
「座間に?」
「あぁ。この間昼休みに呼び出されたろ? その時にさ福城さんと別れろって言われて拒否したら精神的に苦しめてやるって捨てセリフ吐かれてこうなった」
奏太はしばらく動きを止めた後にニヤリとする。
「ありもしない噂を流して一颯を精神的に追い詰めつつ、福城さんと別れさせようとひたってところか」
「そうでしょうね。さっきの茶髪男がその座間? って男かな? その話は少々都合の良すぎる展開だけれどあの男だったらそういうことしてきてもおかしくなさそうね」
2人は冷静に淡々と口にする。
「それじゃあ話は早いな。一颯が福城さんの愛を叫べば良い」
「お前それ好きだな」
「好きってかそれが最善だろ? 座間が噂を流したっていう証拠掴めるか? 探偵でもあるまいし無理だろ」
「まぁ、それはそうだな」
「だから、一颯は一途なことを全校生徒に見せつければ良いし、福城さんは気にしていないことをアピールすれば良い」
「全校生徒!?」
全校生徒の前で愛を叫ぶとかどんな罰ゲームだ。
そこらのカップルでもそんなことしない。
「ふふ。少し改善しなくちゃならない点はあるけれど概ね同意。一颯は良い友達を持ってるね」
「お褒めに預かり光栄です」
流石陽キャだ。
気付いたら敬語なんかやめてそんな冗談を笑顔で口にしている。
コミュ力のお化けを横目にしながらこれから訪れるであろう地獄に頭を抱えてしまった。




