欲望に忠実
人と関わることは苦手でもないし、得意でもない。
コミュニケーション能力自体は人より劣っているだろうが、それも致命的な程ではない。
親友と呼べる存在は居るし、今の生活上対人関係で募る不満はそこまで多くない。
友人関係という点において不満がないからこそ、彼女が居ないことをコンプレックスとして抱いてしまうわけなのだが……。
異性からは全く目を向けられない。
というか、関わりにくい雰囲気があるらしい。
故に、彼女が欲しいと切に願ってもこの手で掴み取る事は出来ない。
非常に悲しい現実だ。
男臭い青い春は手に入れられても、ピンク色が混ざった青い春は遠い存在である。
「一颯に彼女ができないのは『彼女欲しい』って嘆いてるからだぞ。受け身じゃなくて積極的にならなきゃ出来るもんも出来ないからな」
高校から仲良くなったイケメンな友達に常々そう言われ続けてきたが、積極的になれるのなら今こうやって苦労していない。
「はぁ……。今の環境に不満があるわけじゃないんだけどなぁ。高校生らしい恋愛はしてみたいって思うのは贅沢なのかなぁ……」
人生一度っきりの高校生活。
そこで、高校生らしい恋愛をしたいと思うのは正常な思考回路ではないだろうか。
少なくとも俺は間違っているとは思わない。
嘆きながら立ち入り禁止の屋上へと向かう。
立ち入り禁止と言いながら鍵は閉まっていない。
普通の生徒はそもそもここまで来て開けたりしないので、屋上に立ち入れることすら知っていない、思い悩んだ時に1人になれる絶好なスポットなのだ。
図書室なんかよりもずっと1人になれるし、涼しい風が頭を冷やしてくれるので上手く気持ちをリセットできる。
重たい扉をグググッと押して、屋上へ立入る。
足を1歩踏み入れた瞬間に春にしては冷たい風が俺の制服をヒラヒラ捲らせた。
パタパタワイシャツがうるさいので、シャツインしつつ座れる場所へ移動しようとする。
その時、目の前に人影が見えた。
いつもは居ない人影である。
「あー、今日なんか点検とかあったっけ。バレないうちに退散しなきゃ」
踵を返そうとするが、そのシルエットはどうも整備士とは違う。
腰辺りまで伸ばしている長い髪の毛を束ねることはせずに、自由奔放な感じで風に揺らし、制服であるスカートを履いてこちらも風に揺らされている。
恥じらいは無いのか、はたまたこちらに気付いていないのかは分からないがスカートを抑えようとせずに吹き荒らされている。
謎の力によってスカートの中身は見えない。
もしかしたら、物理的にスカートが捲れないことを知っていて隠そうとしていない可能性もあるだろう。
顎に手を当てながらそんな推測をしていると彼女はふと、こちらを見つめる。
彼女の名前は分からないが、知ってはいる。
同じ学年で学校のアイドルとか言われている超絶美少女だ。
「……」
彼女は何かを口にしているが、風で声が掻き消されてしまい俺の耳には届かない。
「なに?」
大声で叫びながら、もう一度言ってくれと人差し指を立ててジェスチャーをし、頼む。
彼女は少し顔を顰めながら、もう一度口を開く。
「止めに来たの? でも、無駄だから。もう決めたから」
訳の分からないことを口にした。
「はぁ? 良く分からないけれど、俺は頭を冷やしに来ただけ。大体俺は君の名前も知らないから」
「私の名前を知らない? そんな事有り得る?」
少し驚いたような表情を見せつつ、冷静さを保とうとする。
「覚えてないが正解かな。自分と関係ない人の名前をわざわざ覚える必要もないだろ?」
「ふーん。そう。なんでも良いか。君、邪魔だからさっさと居なくなってくれない?」
彼女はあっちに行けと追いやろうとする。
「邪魔って……、元々ここ俺のパーソナルスペースだぞ。勝手に入ってきたのはお前だろ」
「ここは学校の屋上だから。君のものではないよ。先に居た私の勝ち。だから、今日は君が諦めてここから去って」
「なんだそれ。自己中も良いところだな。何するのか知らないけれど、俺はそこで座って風に当たりながら考え事したいだけだ。さっさとやること終えてむしろそっちが立ち去ってくれ」
彼女は俺の言葉に何も返させず、ただ黙って俺の事を見つめる。
「……。本当に何も知らないんだね」
「なんの事だか知らねぇーが興味のないことを一々気にしてるほど暇じゃないんでね」
彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「さて、それじゃあ問題です」
「なんだよ急に」
「なんの荷物を持たずに屋上へ来ている私の目的はなんでしょう」
チッチッチッチッと勝手にカウントダウンを始める。
「知らないっての」
「答えは簡単。ここから飛び降りること」
「死ぬのか」
「そう。死ぬよ。もう生きてる価値無いもの」
「そうか」
「止めないんだ」
「止めて欲しいわけじゃないんだろ? それに俺はお前のこと知らないしな。止める義理もない」
後味は悪いだろうが、死にたいと言っているやつに「死ぬな」と言ったって無駄だ。
本当に死にたいヤツは他人の言葉なんて聞き入れない。
逆に、かまって欲しいだけのやつは放置したって死ぬ勇気は無いから死にはしない。
つまり、ここで俺が何を言ったって無駄な労力ってわけだ。
「死ぬからさっさと消えて。このままだと君が殺人犯扱いされちゃうかもよ?」
「遺言書とかどうせあるんだろ? それに日本の警察もそこまで落ちぶれてないだろ」
「人に見られて死ぬのはあまり面白くないかな」
「じゃあ、こんな所で死のうとするな。学校で飛び降り自殺とか注目の的だぞ。全国ニュースは確定だな。今すぐ森とか行って焼身自殺でもして来い」
「君は結構意地悪だな」
頬をムクっと膨らませる。
「今から死ぬやつに優しくする必要もなくないか?」
心にもないことを口にする。
「本当に酷いなぁ……。きっとこれも何かの縁なんだろうな」
彼女はさっきの不敵な笑みとは違い、優しく微笑む。
「私の最期をここで見届けてくれ」
前の方にかかっていた髪の毛を片手でかきあげて、肩の方に垂らす。
そして、1歩ずつしっかりと地面を踏みしめ、彼女の身長ぐらいの高さのある柵の方へと向かった。
釣られて俺もそっちの方へ向かう。
彼女は、柵を簡単に上り、柵の上で座る。
錆び付いている柵はギギギと音を立てて今にも壊れてしまいそうだった。
それでも彼女の表情に強ばった様子は1ミリもない。
本当に覚悟出来ているのだろう。
「それじゃあ私は逝くよ。最期に名前も分からない君と話せて楽しかった。ありがとう」
彼女は柵の上に立ち上がると、大きく深呼吸した後に前傾姿勢になった。
人が飛び下りる瞬間ってこうなんだなと思った時には彼女の体は片足が柵にある状態で体重自体は柵へ乗っていない。
俺は咄嗟に彼女の手を握ってしまったが、ここで手を離せば彼女は地上へまっしぐらだ。
彼女が死んだって俺には関係ない。
そんな思考回路が巡るわけだが、関係はなくとも俺が一因で死んでしまったとなれば後味は悪い。
「なに? 離して?」
彼女は俺の事を睨みつつ、そんなことを口にする。
体力に自信の無い俺はひとまず彼女のことを引っぱり、柵内へと戻す。
こんな所でキープしていて落下してしまったとかは流石に笑えないからね。
「引き止めた理由は?」
汚れた制服を叩きながら訊ねてくる。
「あー……、なんで死にたいのか分からないけれど……」
引き止めた理由なんか俺にも分からない。
気付いたら体が動いていたのだ。
とりあえず何か口にしなきゃいかないと思いながら適当に口を動かす。
「今飛び降りて、一旦お前は死んだ。今のお前はお前だけどお前じゃないってことだ。つまり……、その、俺の彼女になってくれ」
支離滅裂なことを口にしている自覚はある。
「君は面白いね。人を助けて開口早々告白かい。色々な告白されてきたがこんなのは初めてだよ」
バカにするような笑いを彼女はする。
彼女は鼻を擦ると俺の目を凝視した。
「でも、私も君とは波長が合いそうだなとは思うよ。そう長くは無いと思うが君と付き合うってのは生きるに値すると思うかな。よろしくね」
「君は変な人だな」
「それはお互い様だろう?」
こうして俺は名前も知らない美少女と付き合うことになった。
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