厨二病女子に懐かれたっ! ラストバトル(告白)は遠足先の遊園地、城門前で!
「……クッ! これは何かの罠か……!!」
「ここはごく普通のお化け屋敷だぞ」
「我が脚がピクリとも動かぬ……神聖結界か……」
「それただビビッてるだけだから」
「ビ、ビビってなどおらぬっ! 我は大魔王ヒルデガルドの転生体にして神の愛し子だぞ!」
「何で大魔王が転生して神に愛されてんだよ」
「人の子が作りし偽りの煉獄など……大魔王にはきかぬっ」
「威勢は良いけどそれは俺の背中を離れてから言えよ……」
先程から俺の背中に張り付いてピクリとも動かないこのクソザコ大魔王は天草千影といい、
手足に包帯を巻き、黒髪に白いメッシュを入れ十字架のネックレスと髑髏のイヤリングをつけている厨二全開の出で立ちをしている。
ヒルデガルド・ブリュンヒルデ=ヴァルキュリア・ダークネスシャドウという長ったらしい真名と、
天魔の申し子で大魔王の転生体で神の愛し子という設定を自称して背負っている痛い奴だ。
悲しい事に俺、阿久津誠は高校入学初日にコイツに気に入られたらしく、毎日絡まれ続け何時の間にか厨二病お世話係になってしまっている。
▼【半年前】
中学生から高校生へとステップアップするこの日、初めての校舎、初めての教室、初めて会う同級生たち。
今日という日に高校デビュー、陰キャが陽キャに変身という意味ではない真の高校デビューが上手くいかないとこれからの三年間は地獄だろう。
みんな希望と不安を胸に抱え入学式に参加していた。
入学式で長々とした校長の祝辞をうんざりしながら聞いていた俺の目に、斜め前に座っている女子の体が揺れ始めている様子が映った。
あれは……長い話にイライラしてるって感じではないか……?
体調が悪いのかな? まあ、話が長いし座っていても姿勢を良くしてただ聞いてるだけじゃ疲れるか、ましてやこれからの学校生活が決まる日だし。
とっとと話が終わって少し体を楽に出来れば彼女も多少は楽に――ってやばい倒れる!!
咄嗟に前に倒れそうになった女子の体を抱えた。
幸いにも彼女の体が床に叩きつけられる前に抱える事ができ、ほっと息を吐く。
腕の中の彼女は顔面蒼白な上に、目の下には酷い隈があり恐らく睡眠不足が原因で体調を崩したんじゃないかと推測した。
高校初日だし仕方がないよな、なんて思っていると教師達が近寄ってきた。
彼女の顔を見てすぐに保健室に連れて行こうとしたのだが、彼女が俺の制服を掴んで放さない事から、保健室まで彼女を連れていって欲しいと頼まれて俺が彼女を抱っこして保健室まで連れて行くことに……。
……衆人環視の中お姫様抱っこで女子を運ぶのはくっそ恥ずかしかった。
「そこのベッドに寝かせて」
そう保険医に言われ、彼女をそっとベッドに寝かせる。
運んでる途中で制服から手が放れたのだが、ベッドに寝かせた瞬間手を掴まれてしまった。
「ありがとう。貴方は式に戻って良いわ」
「……あの、手を掴まれたままなんですが」
「そこは少し無理にでも放して貰って……あれ? 放さないわね」
保険医が頑張って手から指を放そうと試みるが力強く握り締められうまくいかない。
流石に体調不良の生徒に力尽くで無理矢理は出来ないらしく、優しく試みているからってのもあるみたいだけど。
「困ったわね……」
「あー、良いですよ。戻らなくても。」
「そういう訳にはいかないわ」
「いや、でもちょっと戻るの少し恥ずかしいんで……」
女子をお姫様抱っこした俺が今戻ったら注目されてしまう……。
同級生はおろか、その親から来賓にまで見つめられたらと思うと……ここに居た方がダメージが少ない。
保険医も俺の気持ちを察したのかここに留まる事を了承してくれた。
30分は経っただろうか? 途中、彼女の両親が来てお礼と謝罪を受けた。
自分達が見ているから式にと言われたのだが、逆に彼女の為に入学式の様子を記録してはどうですか?と提案し式に戻って貰った。
彼女のお母さんの方は残っていたが様子を見に来たうちの母と仲良くなったのか、保健室内だと迷惑が掛かると保健室を出て仲良く話し込んでいるようだ。
母親が残った事から保険医は式の様子を見に行っており保健室の中は二人だけの状況だ。
「んんっ……」
おっ? 起きるか?
30分とはいえ眠れたからか、多少顔色は改善しているようだ
「……あれ、ここは……?」
どう声を掛けようか悩んでいると、彼女はキョロキョロと視線を動かしはじめ俺の姿を見つけるとかたまった。
そして自分が掴んでるものが俺の手であると気付くと慌てて手を放し、驚きのあまり声にならない声を出した。
「―――――――ッ!!??」
身振り手振りであわわわっと表現する狼狽ぶりがなんだかコメディチックで面白いが
何もしてないけど叫ばれたらギルティになりそうなので落ち着かせるか。
「よし。とりあえず深呼吸しよう、できる?」
ブンブンと音がするんじゃないかと思うくらい首を振り深呼吸をし始める彼女。
いや、めっちゃ素直だな。深呼吸と言ったのは俺だけど素直に従うとは思ってなかったわ。
「どこまで覚えてる?」
「……えっと……その、われ、じゃなくて!」
うん? われ?
「ワタシがその、倒れて……誰かに抱き留められた所までは……」
「その誰かが俺です」
「えっ!? あ、その、ありがとうございます!」
「どういたしましてって事でこの件はおしまいね」
「あ、え……はい……?」
恩を着せるつもりもないし、さっとお礼を受け取ってさっと終わらせるに限る。
自己紹介でもするか、彼女の両親に名前は聞いたけど本人と直接はしてないからな。
「改めてはじめまして。同じクラスになる阿久津誠です、これから一年間よろしく」
「……わ、われ……ワタシは……天草千影です」
また、われ? なんか意味があるんだろうか?
なんやワレェってことか……? だったらちょっと恐ろしい……。
「あくつまこと……あくま……」
「ん? あれ今悪魔っていった?」
「い、言ってません! 言ってません!!」
またブンブン首を振って否定する天草さん。さっきは縦で今度は横に振って体調悪くなるぞ!
「いや、別に怒ってないから落ち着いて! 中学の頃は悪魔君なんて呼ばれてたもんだから気にしなくても大丈夫」
子供の頃から通ってる理容室で眉剃り失敗されて、眉無くなった時期に見た目と名前をもじって顔面凶器悪魔君なんて呼ばれたのが懐かしい。
あれ? 天草さんなんか喜んでない? 口角上がってるけど。
「われ……ワタシもあくまって呼ばれてた事がある……」
そう言ってチラチラと俺の反応を窺ってくる彼女。
なんで悪魔……? ああ! 天草を入れ替えると悪魔になるな!
「お互い悪魔で御揃いだなぁ」
「!! そ、そうだぞ! お互い悪魔だ!」
んんん?? 口調が変わった?
「わ、我の前世は悪魔族の王にして大魔王ヒルデガルドなんだっ!」
「お、おう」
「今は人の子に転生して神の愛し子になっている! 先程名乗った名前は仮の名前で真名はヒルデガルド・ブリュンヒルデ=ヴァルキュリア・ダークネスシャドウなんだっ!
普段は真名は教えないけど恩魔であるお前には特別に教えるぞ!」
迫力と勢いに呑まれて言葉が詰まる。というかキツメの厨二病じゃねーか!!
まさかあの遣り取りだけで厨二病だと思われてないか!? 違うからな!
反応に困っているとどんどん涙目になっていく天草さん。
メンタルがクソザコレベルじゃんか! と、とりあえず何か言おう。
「わー、大魔王様にあえるなんてこうえいだー」
自分でもビックリするほど棒読みになってしまった……これじゃマズイよな。
チラリと彼女を見てみるとパアアアアアッ!!と効果音がつく位の笑顔をしていた。
これでいいんかいっ! 眩しすぎる笑顔にちょっと引くぞ!
「うむうむ! 光栄に思うがいい!! ……そうだ! 特別にお前を我の従者にしてやろう!!」
「いえ、結構です」
思わずノータイムで断ってしまった。
ああっ、また涙目に!! 厨二病ならメンタルを鍛えろメンタルを!
「なんでだよぅ……我の従者になれるんだぞぅ……」
イジイジと布団を捏ね繰り回しブツブツ言い始める彼女を見て罪悪感を覚える。
「……従者じゃなくて友達って事なら」
「!!……ふ、ふん! 大魔王たる我を友に望むとはな! し、しかしどうしてもというなら仕方がない!我の事はヒルデガルド様と呼べ!悪魔よ!」
「天草って呼ぶからお前は阿久津って呼べ」
「な、何故だ!?」
当たり前だろう!! 高校生活が死んでしまうだろうが!!
▼
入学式から三ヶ月が経ち俺の高校生活はバラ色……ではなく厨二病一色に染まっていた。
朝は途中で合流して一緒に登校、全休み時間は必ず来る、帰りも寄り道してから帰るという毎日だ。
俺がいるからか天草の厨二病っぷりは全開だったが、幸いそれを見てもクラスメイトは生暖かく見守っていてイジメなどには発展していない。
遠くから見れば小動物がごっこ遊びしてるようで可愛いらしい……遠くから見ればな。
今も帰り道に買い食いするという悪魔的行為をする為に、バーガーショップに寄っている。
メニューを見ながら真剣に悩んでいる彼女を横目にして前から気になっていることを考える。
天草は俺以外のクラスメイト、特に女子に対してかなり警戒しているようだ。
中学時代に嫌な事があったのだろうな。
思えば入学式の日にあそこまで体調が悪くなる程に眠れず緊張していたし、漏れてはいたが何とか厨二発言を我慢しようしていた。
クラスの女子とも中々打ち解けられず萎縮している、クラスの女子は好意的なんだけどなぁ。
どうしたもんか……。
「阿久津、阿久津」
クイクイと服を引っ張られて意識を戻す。
どうやら食べたいメニューが決まったようだ。
「我は半月を食らう獣! 中央の甘美なる白き沼にてバロンを誘う!」
「半熟月見バーガーとバニラシェイクのM、フライドポテトのMな」
パアアアアアッ!!と満面の笑みでうんうん頷いている、どうやら理解された事が嬉しいらしい。
「俺が並んで買ってくるから天草は席を確保してくれるか?」
「ふっ! 大魔王に不可能はない! 見事我らの領土をこの手に!」
そう叫んで階段を駆け上がり二階のイートインに突撃していった。
下に席空いてるんだけどなぁ……厨二病だもんなぁ。
商品を受け取り天草がいる階段を上り二階へと向かう。
さて、アイツはと……。 うん? アイツなんで端っこの席で縮こまって……?
隅で小さくなっている彼女に近付き声をかける。
「天草、お前」
「ひぅっ!!」
「……お前どうしたんだ?」
彼女の態度に疑問に思ってそう聞けば、天草は俺の背中に隠れそっと指を指し示す。
その先を見れば同じクラスの女子、柏木さんがいた。
……ああ、そういえば柏木さんは天草にグイグイくる方だったっけ。
どうにか仲良くなろうと話しかけては、萎縮して話せない天草に撃沈してたよな。
天草は苦手なんだっけか。
まだ柏木さんを知って三ヶ月しか経ってないが、ノリも面倒見もいいから天草にはピッタリな人だと思ってはいたんだが……。
今もこっちに気付いているのに、わざと気付いていないように振舞ってくれているし。
「阿久津……この場所は大魔王の我には相応しくない……場所を移そう」
「……そんなに柏木さんが苦手か?」
「ち、ちがっ! ……違わない……柏木さんっていうより女子全般が苦手なんだ……。
小学生の頃は仲がいい友達もいたんだ。でも、中学生になって嫌われて……ほら、ワタシ昔から今に至るまでこんなだから。
それで万が一仲良くなって、後で嫌われたらと思うとうまく喋れなくなって……ぼっちは辛い……」
……やっぱり中学で嫌な事があったんだな。
過去に戻って助けてやる事はできない、どういう言葉をかけて良いかわからないけれどこれだけは伝えておこう。
「俺はずっと味方だぞ。付き合いはまだ三ヶ月だけだが友達は友達だ。
もしも誰かに嫌われても最悪、俺が居るって思えば学校だって辛くはないだろう?」
「……うん」
「どーんと挑戦して駄目だったら俺が責任を取ってやるから気張らず頑張ってみろよ」
「!? そ、それってどういう!?」
「言っただろ? ずっと味方だって」
「……ああ、そういう……」
何でがっかりする? もしかして嫌だった?
「ほら、柏木さんの所に行って話しかけてみろ」
「なっ!? いきなりか!」
「大丈夫だから。さっきから柏木さんこっちチラチラ見て天草の反応を窺ってるしいけるって」
「え゛っ!?」
天草が柏木さんの方をそろりと見てみれば、彼女は慌てて目を逸らし口笛まで吹きはじめる。
いや、それは誤魔化せてないと思うんだが……。
「見てないじゃないかっ」
誤魔化せてました。あれで誤魔化されるってピュア過ぎだろ……。
「いいから行ってみろって大丈夫だから」
あの人、お前が俺と一緒の時に厨二病全開な所も見てるんだから。
ここでウダウダしてても仕方がない、そう思い天草の背を押して柏木さんのいる方向へと押した。
戸惑いながらも一歩、二歩と進む彼女は不安そうにこちらを振り向く。
「阿久津は? 阿久津は来てくれないのか……?」
うっ!! そんな捨てられた子犬のような目で見られるとキツイ……。
でも、俺が傍にいると恐らくだが俺の背中から出てこないだろお前。
ファイトの意味が伝わるように両手をグッと握ってポーズをとると、
気持ちが伝わったのか彼女は一度深呼吸をして柏木さんの所へと向かった。
俺は端っこのイスに座り二人の様子を見守る事にしよう。
会話の内容はここまで聞こえてこないがキョドリながらも
自分に話しかけてくる天草に感動した柏木さんが天草を抱きしめている所が目に入る。
おぉ、バタバタもがいとるな。「やめろよぅやめろよぅ!」と天草の声が聞こえる。
うん、周りに迷惑だからやめなさいよ。
わかるよ? 柏木さんからしたら自分を警戒してた小動物が急に歩み寄ってきたんだから嬉しさを爆発させるのは。
みるみるうちに泣きそうな顔し始めてるじゃん、動物や子供に嫌われる可愛がり方だよそれ……。
「あくつぅ! あくつぅ!!」
あーもう仕方がないな! 助けてやるか。
そんなこんなで天草の勇気を出した一歩目は柏木さんに撃沈されて終わった。
柏木さんの腕から逃げ出した天草が合流した俺の背中に隠れ、震えながら威嚇して慌てて柏木さんが謝罪、そのまま俺が一緒に交流した結果なんとか間を取り持つ事ができた。
最後は多少打ち解けて連絡先を交換していたから成果は上々だろう。
初めからこうすりゃ良かったな……選択ミスしたわ。
何度も振り返りこっちに手を振って別れを惜しむ柏木さんを見送りながら、背中に隠れて小さく手を振り返す天草を思う。
これでコイツもちゃんと女子と仲良くなれたわけだ、柏木さんのコミュ能力は半端ないしこれで天草も女子の輪に入れるだろう。
俺も御役御免かねぇ……。
そんな事を思っていると服が引っ張られる感覚が、どうしたんだ?
「……阿久津」
「ん? なんだ?」
「……ありがと」
「おう、気にすんな」
「……その、お前のお蔭で我の覇道における懸念が一つ無くなった……ほ、褒美をやる!」
「褒美?」
「ああ、我の仮の名前を呼び捨てる権利をやろう!」
「千影って呼んでいいって?」
「~~~っ!! そ、そうだ! それでその、我はお前をマコトと呼ぶぞ! ……いいか?」
「いや、そりゃまあ良いけど……」
「そ、そうか!! よし、マコト!! 共に常闇へと向かわん!」
「ああ、帰るのね。じゃあ、帰るか」
「うん! ――じゃなくてうむ!」
隣に並び立つとニコニコと笑顔を浮かべながら家路に続く道を歩き始める。
友達が増えて嬉しいんだろうか鼻歌まで歌ってるわ、なんだっけ魔王賛歌だっけか?
「あっ! そうだ!!」
急に立ち止まり何かを思いついたようだ。
「どうせならヒルデガ」
「それはいい」
「な、何故だ!?」
マジでいい。
▼
それから更に三ヶ月が経ち、俺と千影の関係は変わ……らなかった。
いや、マジでどうしてなんだろう? 御役御免かと思ったのに女子と打ち解け始めて輪の中に入れた筈のコイツは必ず俺の所に来る。
休み時間に呼ばれて女子の中に行っても、最後に必ず俺を経由してから授業に入ったりする。
それを柏木さん筆頭に微笑ましそうに見つめてはニマニマしている……そのニヤケ顔がちょっと怖い。
そして現在、今も背中に張り付いてガタガタ震えるこの大魔王は、1年の遠足で訪れた遊園地のお化け屋敷を舐めて入った結果こうなっている。
ひしっと抱き締められ一切微動だにしない、入ってから20分は経っている。
他の客が横を通り抜けていくのを見ながら、千影が落ち着くまで待っているんだけど無理だわ。
リタイアするか聞きに来たお化け役の人が近付いた時なんか地震が起きてるのかと思うくらい揺れたし……。
そのくせ「だ、だいまおうは逃げない……」と涙声で訴えるものだからリタイアもできない。
「おい、そろそろ行くぞ」
「ま、まだだ! まだ深淵の魔力が貯まってはいない!」
「ここじゃなくて別の所で貯めなさい」
「偽りの煉獄を我が本物へと作り変えなければならぬのだっ」
「それはお化け屋敷をプロデュースする人がやるから」
「我が脚がピクリとも動かぬ……神聖結界か……」
「それさっき言ったぞ」
しかも、神聖結界って神の愛し子機能して無いだろ。
設定忘れてないか?
「む、むぅぅぅ……」
「……おいていくぞ?」
少し脅しのつもりで言った言葉だったが……効き過ぎたようだ。
「……やだっ! ずっと味方だって言った! 味方ならおいてかないもん! マコトがいないと駄目なんだもん!
おいていかないでよぅ……」
体をビクッと跳ね上がらせた彼女はイヤイヤと首を振りながらしがみ付いて離れない。
やってしまった……お化け屋敷の中でメンタルが弱くなってる事を考慮してなかった。
とりあえず、落ち着かせるために彼女に言葉をかけよう。
「落ち着け、約束する。絶対に千影をおいていかないから」
「……ほんと? おいていかない?」
「本当だ。約束を破ったら絶交してくれてかまわない」
「……絶交はやだ」
「じゃあ、出来る限りの事はなんでもするから」
「……わかった……約束」
約束を交わして落ち着かせることが出来たものの結局、振り出しに戻ってお化け屋敷から脱出出来ていないな……。
……もう、いっそおんぶで運ぶか? おんぶで運ばれる事は逃げじゃない……よな?
これで納得してくれないともう、お化け屋敷の住人になる他ないぞ?
「あのな、千影」
「……離れないぞ」
声を掛けると先程の発言が尾を引いてるのか抱きつく力が増してくる。
「いや、そうじゃなくて。……俺におぶられて脱出するのはありか?」
「マコトに……? まあ、マコトならありだぞ? 我のソウルメイト故」
「ソウルメイト? ソウルメイトってなんだ?」
「それは魂のはん……ごほん、なんでもない」
「今、ごほんて口でハッキリ言わなかったか?」
「言ってないぞ!」
「魂のはんってなに?」
「言ってないぞ! それより我をおぶるんだろ! しゃがんでくれ!」
「あ、ああ……」
何を焦ってるんだこいつは。 まあいいか、千影の気持ちが変わらないうちにおんぶするか。
おぶさりやすいように姿勢を低くすると千影が勢い良く飛びついてくる。
がっしりと抱きつき、脚も絡めてきて傍から見たら亀の甲羅に見えるに違いない。
「ふふふ! さあ出発するのだマコトよ!」
「はいはい」
さて、千影のテンションが上がってる内に脱出しますか。
見事お化け屋敷から脱出を果たした俺達は、夕暮れになりつつある遊園地のベンチで休んでいた。
お化け屋敷前で心配そうに待っていた柏木さんを含む同じ班の連中はここにはいない。
そろそろ帰る時間が迫っているから、俺たちを気にせず最後まで楽しんで欲しいと送り出したからだ。
去り際に柏木さんと千影がこそこそ話していて気合をいれていたがなんだったんだろうか……?
当の千影は神妙な面持ちで一点を見つめていた。 視線の先を見てみれば西洋風のお城があった。
ああ、厨二病だもんな……。
そして俺はというと……さっきからやばい。 いや、何がやばいってお化け屋敷での千影の反応が。
彼女の反応で胸が死ぬほど痛くなってくる……。
お化けが出てくる度に抱き締める力が増し、柔らかな感触が背中に伝わってきた。
恐怖を我慢して悲鳴を噛み殺した結果、艶っぽく聞こえる吐息が耳にダイレクトに届いて変に意識してしまって……。
小さな、本当に小さな声で「マコトぉ……」なんて言われた時は力が抜けそうになった……。
バシッと音がして意識が浮上する。音の先に視線を向けると自分の両頬を叩いて気合をいれている千影の姿が。
どうしたんだ? 頬が赤くなってるぞ。
「よしっ、マコト! 我の城へ向かうぞ!!」
「お、おお、それはいいけど頬が赤くなってるぞ」
「赤いのは別にいいのだ! それより早く行くぞ!」
ベンチから立ち上がると強引に俺の手を引っ張り城へと駆け出す彼女。
人の波を掻き分けて辿り着いたのは城門前の階段下。
城の中はレストランとホテルになっていて中に入るには宿泊客かレストランを利用しないと駄目らしい。
周囲を見てみると遠巻きに柏木さん達がいた、心配そうな顔をしてこちらを見つめている。
何でだ……? 柏木さん達の表情に疑問を持っていると千影から声が掛かった。
「マコトはここで待て」
「えっ? いや、なんで」
「いいから! ここで待って!」
そういうと急いで階段の上まで駆け上がり、大きく深呼吸しはじめそしてゆっくりとこちらを振り向いた。
バックに城を背負い彼女は不敵な笑顔を浮かべていた。その姿はまさに大魔王そのものだった……。
「ハーッハッハッ!! よく来たな阿久津誠よ!!」
いや、お前と一緒にきたんだが……。
突如始まった出来事に周囲の人達も足を止め始める。
「我が名は大魔王ヒルデガルドッ!!貴様のその勇気と力! そして優しくて面倒見が良くてずっと一緒に居てくれて一緒に居ると楽しくてドキドキして嬉しくてそんな所に免じて!お前に提案してやろう!!」
彼女はもう一度、深く深く深呼吸をした。まるで願いを込めるかのように……。
「わ、わりぇの人生の半分をやりゅ!! だから我のものににゃれ!!」
あ、噛んだ。
こ、こいつ……大事な所で滅茶苦茶噛んだ……。
千影を見てみれば噛んだ事を気にして泣きそうな顔をしていた。
さっきの頬の赤みも、噛んだ恥ずかしさで顔が真っ赤になったせいで目立ってない。
脚もガクガク震えだして突き出した右手も揺れまくっている。
……ああ、もう本当に悲しい事に俺はこいつが好きなんだと自覚してしまった。ほっとけないわ一生……。
だから、今にも崩れ落ちそうになっている大魔王に俺は答えてやった。
「半分じゃなく千影の人生全部くれるなら、俺も千影に全部やるよ!」
「――ッ! ほ、本当か!! それでいい! それでいいぞ!! 魂の契約だぞ!破ったら酷いんだからな!」
コクリと頷いてやれば彼女は喜びを爆発させ飛び跳ねはじめる。
俺達の様子を見ていた周囲の人も拍手をしてくれたり、口笛を吹いたりとノリがいい。
柏木さんはというと号泣していた……感動しすぎじゃない?
それよりも千影、そこで跳ね回ったら危ないぞ絶対に階段から転げおち――って危ない!!
足を踏み外して階段から転げ落ちそうになった千影を俺は慌てて階段を駆け上がり抱きとめた。
「馬鹿! 危ないだろ!!」
「うう……ごめん」
「……はぁ、なんか入学式を思い出すわ。こうやって千影を抱きとめてから付き合いが始まったんだよな」
「ううぅ、我、成長していない……」
落ち込む彼女を抱きかかえて階段の上まで運んだ。
なんとなく下ろしたくなくて、抱っこしたままだ。
「思えば……千影に制服を掴まれて保健室に運ぶことになったあの日から、こんなふうになるなんてわからないもんだな」
そんな事を呟くと千影は俺の腕の中で、キラキラ輝く笑顔を向けてこう告げた。
「知らなかったのか? 大魔王からは逃れられないっ!」
――どうやら俺はこの大魔王にはじめから捕らえられていたらしい。
「マコトにおんぶも抱っこもしてもらった!これはマコトを征服したもどうぜ……」
「……? どうした?」
「マコトっ! 顔を近付けてくれ!」
「? いいけど」
「……ュッ」
「なっ!?」
「こ、これで完全征服だなっ!!」