第5章 ダンマリ作戦②
操舵室にいる辻岡の表情は、緊張が解けたかに見えたが何処か未だ曇ったままであった。それは何か気に入らない事がある時の表情で、その矛先をぶつける相手である三宅を呼び付けた。
「一郎! 何処や?」
どうやら、本土で行われた作戦会議の内容が余程気に入らなかったようだ。
「ところで一郎、大本営の作戦会議とやら……あれ、退屈なこと言うとったのぉ。何や、アノおっさん」
「いやいや先輩、ソッポ向いて殆ど聞いてませんでしたけどね……」
「アホらしい、聞いてられるか! あんなこと言うとったら日本はエライ目に合うで。時代は変わって行くもんや、いつまでアイツら大艦巨砲主義みたいなしょうもない事を言うとんねん」
「アハハハ、私がその海軍を代表する大艦巨砲の象徴に乗ってるんですが……」
頭を掻きながら、三宅が実に申し訳無さそうにその言葉に返す。
「何もアカン言うてる訳やない。正しい戦術と戦略を持ってすれば、日本の艦隊は海外列強に引けを取らへん。しかし……司令部の連中は、どいつもこいつも石頭ばっかりや! ほんで陸軍とも意地の張り合いや言うて、ほんまアホと違うか?」
余程、気に入らなかったのか辻岡の主張は止まらない。
「見てみぃ、ミッドウェーの海戦然り、ガダルカナル島の失陥……なぁ、一郎そう思わんか?」
「ごもっともです。今更ながら日本はもっと航空戦術を多用し爆撃機と空母を建造すれば……と思いますが、作戦立案はもとより日本の懐事情もありますからね。気付いた今となっては、もう既に資源が無さ過ぎるんですよ。現状に頼らざるを得ない」
「そうや! これからの時代は航空戦と情報戦が全てや。情報の有る無しで時局は大きく変わる」
「私も、その様に思います」
「真珠湾攻撃……あれが、これからの戦い方の模範戦やったんやけどな」
「はい……我々は何処かで間違えて、もう引き返せない所まで来てしまいましたからね。時間を戻す事が出来るなら――」
「時間を戻す? アホみたいなこと言うてんと、しっかりせぇ」
「いやいや。私は常に先輩より、しっかりしてますよ」
ふたりの会話をニコニコ聞きながら、日比野が海図を広げて距離を計測している。
「艦長、この調子だと明日には目標水域に到着の予定です」
「そうか……風呂も入ってへんし、陸に上がったら久々に羽根でも伸ばそか? なぁ、克平」
「はい! 喜んでお供します」
久しぶりに羽目をを外せる、日比野は嬉しそうに手を止め返事をする。
「トラックの夏島に良さげな飲み屋知らんのか? これからの時代は情報や。情報を制す者が遊びも人生も楽しめるんや」
トラック諸島は優れた泊地能力から重要拠点とされ、数多くの基地や要塞は勿論のこと飲食店まで立ち並び、海軍の接待にも使われるほど整備されていた。
「横須賀にある海軍御用達の料亭『楪』が、トラックの夏島にも支店を出してますよ」
「さすがっ一郎、詳しいな。そこ飲みに行こう! ところで、えぇ女おるんか?」
「先輩……その店には、えぇ女がおるかどうかは――」
三宅の話など、もう既に聞いてもいない。
「艦長、楽しみですね? 久しぶりに、羽根を伸ばせそうです」
数日ぶりの上陸にはしゃぐ日比野や、他の乗組員に混じって一緒に盛り上る辻岡。
「なに言ってるんですか? 先輩はいつでも羽根伸ばしてるじゃないですか」
そう軽く失笑する三宅を背に、恥ずかしそうに微笑む辻岡であった。
「まぁな、そう言うこっちゃ」