第2章 出航用意②
辻岡が航海図を広げた机の隅で、何やら一生懸命にペンを走らせながら三宅に話し掛ける。
「しかし、一郎も出世したのぉ……アッちゅう間に俺と同じ少将やないか。しかも、帝國海軍を代表する戦艦武蔵の艦長様とはなぁ」
「そうですよ、辻岡艦長! 三三〇〇名を収容、なんと世界最大の四六センチ砲を搭載する、帝國海軍が誇る超弩級大和型二番艦、あの戦艦武蔵ですよ! 排水量は六万五〇〇〇トン、四六センチ砲以外にも火力は――」
世界の戦艦マニアである日比野の知識量は半端ではなかった。
少しうんざり気味の辻岡が、長くなるのを嫌って早めに制止した。
「もうえぇで、克平……それぐらいで」
「よく勉強しているね、日比野航海長」
その武蔵の艦長である三宅に褒められて、上機嫌の日比野は更に饒舌さを増し話し始めた。
「はい、ありがとうございます。帝國海軍聯合艦隊の旗艦である大和、その姉妹艦武蔵の艦長様を本艦でお見送り出来るなど、大変光栄であります」
「そんな事はないよ、本来なら武蔵は辻岡先輩が適任なのですが……まぁ、日比野航海長も知っての通りの人だからね」
三宅は物腰も柔らかく常に冷静なタイプで、感覚と直感で行動する自由奔放な辻岡とは正反対。時に良き後輩であり、良き理解者でもあった。
先程から一生懸命に白紙の便箋に噛り付くものの、一向にペンの進まない辻岡の背後を敢えて気を散らす様に、三宅がゆっくりと行ったり来たりを繰り返す。
「謙遜するなや一郎、俺は潜水艦でちょこまか動くんが性に合っとる。武蔵みたいなんは堅苦しいわ、まぁそう言うこっちゃ」
『まぁそう言うこっちゃ……』
なんでも都合良くまとめるその関西弁は、辻岡の口癖でもあった。
「唯一、単独の判断を許される潜水艦は、先輩にお似合いかもしれませんね」
そう言って三宅は悪戯っぽい笑みを浮かべ、静かに首を伸ばして辻岡の机上を覗き込んだ。
三宅の気配に気付いたのか、辻岡は急いでペンを置くと書いていた便箋を左腕で隠した。
「あれっ? 先輩、手紙なんか誰に書いてるんですか?」
「ちょっ……一郎! お前、人の手紙を覗き見するなんて! しょうも無いやっちゃな」
「申し訳ありません、つい……」
少年のように悪戯っぽく口角を緩ませニヤつくその言葉に、全く謝意は感じられなかった。
そんな仲の良い辻岡と三宅の一部始終を、微笑ましく眺めながら海図を引く日比野がクスッと笑い肩を揺らした。
「しかし、先輩が机に向かってかれこれ数十分になりますが、文頭の〝ありがとう〟から一切進んでませんよ。〝ありがとう〟って始まる手紙って……ご家族宛でありますか? 先輩のご家族は確か――」
「誰でもええやろっ! 一郎、ところでお前は……この戦争、何の為に戦ってるんや?」
恥ずかしそうにそそくさと便箋を封筒に入れ直すと、わざと話題を変えるかのように少し真顔になった辻岡は訪ねた。
「何の為……?」
三宅は、少し考えて答えた。
「勿論、祖国を護るためです」
「そうか、そやけどこの戦争、日本は負ける。我々が護るべきは、これからの未来の日本や。平和を尊ぶ人間の誇りは、銃や兵器で護れるものやない。これから大事なんはなぁ、我々日本人が日本人の誇りを持って生きて行く事や」
「はい、先輩」
そんなふたりの会話を突然遮った元田通信長の緊迫した声が、操舵室の和やかな空気を搔き消し一変させる。
「艦長、機械音を探知しました」
「直ちに敵位置を割り出せ」
「はい」
辻岡は元田の方を振り返り冷静に指示を出す。それと同時に、日比野は潜望鏡を上げ周囲の敵影を目を皿のようにして三六〇度見渡した。
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