第10章 情報漏洩①
トラック諸島。その数多く点在する島の中に、夏島と呼ばれる島がある。
南方重要拠点として開発が進み、整備された軍施設の一角に武蔵搭乗員専用の宿舎がある。
僅かな照明と、月明かりに照らされるその入口の扉を、二名の兵員が銃を構えて厳重に警備していた。
暗闇に紛れ警備の目を掻い潜り、建物に潜入する怪しい人影――
「誰だっ!」
信じられない程あっけなく見つかり、銃口を突き付けられると、男は観念したのか両手を上げる。
「つ、辻岡少将殿ではありませんか。こんなところで何してるんですか?」
「あ、すまん。バレてもうた……」
「バレるも何も……ここは立ち入り禁止。誰も近付けるなとのご命令です」
「それにしても何ですか、その恰好は? 頬被りまでして、まるで……」
潜入用に用意したのだろうか、辻岡は頭に巻いてあった唐草模様の頭巾を脱ぐと、平然とした顔で警備にあたっていた兵員に聞く。
「で、一郎と例の女は、この中か?」
「はい。三宅少将は、この中におられます」
「そうか――」
辻岡は兵員の自動小銃をサッと払い除け、ドアノブに手をかけた。
「ちょっと! 困ります、辻岡――」
「一郎、俺や……入るで」
「お止め下さい! 辻岡少将殿っ」
扉を開けると机を挟んで三宅と女が座り、その女の後ろには中井が立っていた。
「大丈夫だ、構わん。そのまま、監視を続けたまえ」
辻岡の入室に気付いた三宅は、サッと右手を挙げ兵員を制止する。その一瞬の隙に部屋に入ると、素早く扉を閉めた。
真っ直ぐ三宅の元へ歩み寄った辻岡は、女の隣にある椅子に腰掛けた。
「ところで徹、このねぇちゃんは大丈夫か?」
「はい。特に怪我などはないようですが――」
中井は両手を女の肩に置くと、珍しく怪訝な面持ちで続ける。
「金をやるからとあの場所に呼ばれ、いきなり男に乱暴された。それ以上は何を聞いても、わからない……と答えてくれません」
女は黙って下を向いたまま、口を開こうとはしない。
「よっぽどショックやったんやろか?」
辻岡のその言葉にふたりは何も答えることなく、何とも形容し難い重い沈黙を緊張の糸が縫う。
ハッと何か思い出した辻岡が、その重い沈黙を裁ち切るように両手をパンッと鳴らした。
「そや! 考えとったんやけど、物資がひとつも来ん言うてやろ? なんでそんな都合良く毎回、日本の輸送船を見つけれるんや?」
三宅と中井が、不思議そうに顔を見合わす。
「まさか……情報が漏れとる?」
「えぇ、その線が濃厚でしょうね」
腕組みしたまま、険しい表情の三宅がボソッと口を開く。
当初より三宅と中井は、既にその可能性を憂慮していた。
「よっしゃ! 待っててもしゃーない。しばらく留守にするけど、俺が様子を見て来たるわ! 輸送船見つけたら護衛して、無事ここまで帰って来たらえぇんやろ? 早速、あす出発や」
突然の提案に、三宅はびっくりして立ち上がる。
「何を言い出すんですか! 確かに先輩の艦は行動を規制されてませんが、あまりに安易過ぎます。それに入港したばかりで潜水艦の整備と、魚雷の補充が間に合いません」
「大丈夫や、一郎。こんな時こそ潜水艦の役目やろ? 魚雷も四発積んどるから大丈夫や」
「確かにこういった場合、隠匿性の高い潜水艦が向いてはいますが。仕方ないですね……くれぐれも無理はされないで下さいね、辻岡さん」
止めても無駄である事を悟った中井は、あっさりと容認し無理だけはしないようにと釘を刺すに留めた。
こうなると仕方ない。三宅は呆れ顔で見守る事にし、これ以上の説得を放棄することした。




