第三節 面倒事3
振り下ろしたつるはしがカツン、カツンと小気味よい音を坑道内に響かせる。
その度、腕に感じる痺れが僕を辟易させた。
ため息を堪えながら隣で同じ用に鉱石を掘り出している女性――ディーマさんを横目で見る。
汗を額に張り付かせ、必死に腕を振り下ろしている彼女が、今回僕がこうして鉱石を掘っている元凶だ。
数時間前、オーエンの店に彼女は武器を作って欲しいとやってきた事が発端となっている。
彼女が持ち込んだ武器は見事な装飾を施された大剣だった。
僕はその美しい大剣を見た時、どんな業物なのかと思ったがそれはとんでもない見当違いだと思い知る。
交易品でしか見たことのない、紋様の見事なそれはなんの変哲もないどころか、鉄の塊だとオーエンは言う。
ディーマさんの話を聞いてみればこの象嵌を施したのは彼女だという話だ。
そしてオーエンがこの武器がもう一本欲しい理由を聞くと、その理由が信じられないものであった。
「武器がすぐ壊れてしまうので、壊れにくい武器が欲しいんです。」
この鉄の武器が壊れる?それを聞いたオーエンと僕は目を丸くするしかなかった。
なんでも彼女の力で振るうとすぐに武器がだめになってしまうとの事だ。
彼女の細い身体のどこにそんな力が、と思ったが身の丈を超える大剣を片手でオーエンに渡していたので疑う程ではないか。
そんな彼女の壊れにくい武器という要望を叶えるため、オーエンが提案したのが縋だ。
彼女の話を聞く限りでは叩き潰す使い方しかしていないため、柄までの太さが一定の一体成型の物で十分だろうという事だった。
かなりの量の鉄が必要になるという事で、在庫がほとんど底を付いてしまうので困る、とオーエンが僕を見た。
鉱山の中層で未確認のモンスターが出たということで騒ぎになったので現在、鉱山は浅層での作業しか出来ていないらしい。
今はまだ値段が釣り上がる事態にまではなっていないが、騒ぎが長引くようなら鉄の値段が上がってしまうだろう。
だから説教のかわりに鉄を採取してきてくれ、という話だったのだが、実際の所はその原因を取り除いてこいという事なのだろう。
武器の制作依頼をしたディーマさんが私も、と言ってきかなかったので一緒に行くことになった、というのが現状になる。
一人同行者が増えたせいで鉱山で必要な採掘許可書が余分に必要になったが、流石に僕の負担ではなかったので特に問題はなかった。
しかし本来一人で来るべき内容ではなかったものの、先日の一軒でアイラには頼みづらいし、他のメンバーもそれぞれ用事や簡単な依頼で宿を空けている。
そのため、ディーマさんが付いてきてくれたのは本音のところでは助かった。
とはいえ腕の痺れもだが、先日の宿でつけた傷がまだジクリと痛むのが堪える。
流石にそろそろきつくなってきたし、休憩にするべきか。
「そろそろ休憩にしようか」
僕がそう提案するとディーマさんはつるはしを振り下ろすのを止め、こちらを見て頷いた。
前髪で隠していた片目も今は額に髪が張り付き、顕になっている。
そちらも美しい青紫色をしていた。
流石に一時間以上鉱石を掘っていた為か、彼女の息は結構上がっているように見える。
掘り出した量だけで言うと僕よりも多いほどだ。
その割にそこまで疲れていない所を見るに、よく鍛えられていると最初に感じた印象は間違いではなかったようだ。
しかし彼女のような特大剣を使う冒険者はこの街では見聞きした事がないので、別の街から来たばかりなのだろうか。
とはいえ僕ら冒険者は親しくない限り、そういった過去の事を詮索してはならない。
トラブルを引き起こしかねないので詮索はしない方がいい。
皆が皆、陽の光の下を歩ける訳ではないのだから……。
そんな事を思いながら水の入った革袋を腰のベルトから外し、栓を抜いて口に少量流し込む。
冷えていないのが残念でならないが、喉の乾きを潤すには十分だ。
「ニールさんはどうして冒険者になったんですか?」
「!?」
あまりの驚きに僕は飲み下す前の水を全て吹き出してしまった。
そんな僕をディーマさんもまた驚きの表情で見ている。
「私、何かだめな事言っちゃいましたか?」
対処しようにも何がだめだったかわからないから対処できず、彼女は慌てふためいていた。
僕は口元を拭いながら、フォローするために口を開く。
「ごめん、僕が勝手に勘違いしてただけだからさ」
「?」
更に意味がわからなくなったのだろう、せわしなく動いていた手もとまり、完全にキョトンとしていた。
「君の事を冒険者だと勝手に勘違いしてたんだよ。冒険者ってさ、過去の詮索するのってタブーだから」
「あっ……」
「だから冒険者だと思ってたから僕が勝手に勘違いして驚いたっていうこと」
大丈夫、怒ってないよといった意味を込めて僕は笑顔を作る。
しかし彼女は顔を伏せてしまい、こちらを見ようとはしない。
「だからディーマさんが悪いとかそういう事ではないんだよ」
「……なさい」
俯いたまま彼女はポツリと言葉をこぼしたが、うまく聞き取れなかった。
「?」
「ごめんなさい……」
「いやいや、ディーマさんが謝るような事じゃないからね!気にしないで」
「私、冒険者……なんです」
今にも泣き出してしまいそうなトーンで彼女はそう告げた。
失敗した事が相当堪えたのだろうか。
「――」
しかし返す言葉を一瞬、失ってしまう。
「だとしても、言葉の綾ってこともあるし、つい訊いちゃう事もあるよね。僕もやった事あるよ」
泣かせるのは申し訳ないので咄嗟のフォローをなんとか捻り出した。
「でも……」
まいった……僕は女性の扱いが下手な上、それよりも彼女自身の精神性の脆さが少し垣間見える。
これくらいの失敗でそこまで落ち込まなくてもいいはずだ。
「僕もさっきの事は気にしないから、ディーマさんも忘れて。今度から気をつけたらいいんだからさ」
「……」
彼女は俯いたまま何も反応しない。
わずかに鼻を啜る音がするので、泣いているのかもしれない。
「ディーマさんは冒険者やってどれくらい?」
僕のその質問に彼女は驚いたのか、うつ伏せていた顔をこちらに向けた。
少し目元に涙が溜まっている様に見えたが、それは見なかったことにする。
「えっと、まだ三ヶ月目です」
困惑しながらそう答えてくれた。
「僕は六年目だから、僕のほうが先輩な訳だ」
わざとらしく笑って見せる。
「そう、ですね」
「後輩にさんつけるのも変な話だし、僕らは冒険者だからね。敬称はなしだ。ディーマ、気にしないで。僕は怒ってないから」
「……ありがとうございます」
少し間をあけ、彼女はそう言って笑ってくれた。
ひとまずこれでフォローはできただろう。
僕にしてはよく出来た方だと思う。
タブーもお互い破ってしまえばいいのだ。
しかし彼女はこのままだと、またどこかで失敗しそうだ。
冒険者の皆が皆、僕のように怒らないわけではない。
どうしたものか、と考えていた。
そのため警戒がおろそかになっていたのは間違いない。
グッと左手を掴まれ、僕は慌てて現実に引き戻される。
目を開けると眼前にディーマの顔があった。
もう数センチ近づけば唇が当たりそうな距離だ。
少し赤みがかった下まぶた、吸い込まれそうな程美しい紫根の瞳。
汗ばんでいる額。
香水と汗が混じりあった、嗅いでいると理性がグラつきそうな香りが鼻腔をくすぐってくる。
そして左手には握られている感覚とは別に、少し柔らかい物が押し当てられている感覚。
視線を下げるとバレてしまうので見れないが、これは絶対に当たってる。
確かに彼女は決して小さくはない胸をしていた。
していたのだ。
「ニールさん、私を……」
思わず生唾を飲み込まずにはいられない。
彼女が何か言ってるが正直な所、頭にほとんど入ってきていない。
「弟子にしてください!!」
「うん――えっ」
鉱山と表記しなければならない箇所を、炭鉱と表記していたミスを修正しました。(2021/01/17)