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地には花、空には月を、そして僕らに安寧を。  作者: 鳩音
第一章  そして始まる僕らの運命。
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 第二節  在りし日の太陽

 無秩序に増設を重ね、陽の光すら遮るほどに住居が密集し、日中ですら陰鬱としている場所。

悲鳴、嘲笑、何かが割れる音で耳は犯され、地面は泥や窓から捨てられる汚物で悪臭とハエが集っている。


 綺麗な物など存在できないのではないかとすら思えるほどの環境で、僕は物心ついた時に捨てられていた。


 言葉すら覚束なかった僕は頼るものもなく、そしてどうすればいいかもわからず、ただ死を待つのみだった。


 それでも臭いはいつまで経っても辛かったし、足はぐじゅぐじゅで気持ち悪かったし、そして昼でも寒い。

何よりもお腹が空いた。


 そうしてお腹が空くと僕は当てもなく歩き回って、食べるものを探した。

とはいえ、当時は何が食べれるかなどわからず、食べれるかもと思ったものは何でも口に入れたものだ。


 しかし実際に食べれた物は壁から生えていたきのこ程度だったし、大抵はその後嘔吐する羽目になる。


 そんな生活が3日も続けば子供だった僕の体力は当然、限界を迎えようとしていた。

逆に3日も保ったのが不思議なほどで、よく死ななかったなと今でも思う。


 勿論この頃は死なんて概念を理解する事はなかったが、本能的にどうなるかくらいはわかっていのだろう。

どうせ死ぬなら、せめてお腹いっぱいで死にたいと思った。


 僕は適当な家に忍び込んで、なにか食べようと思い扉に手をかけようとしていた、僕の手を誰かが掴んだ。


 その時の事はどんな思い出よりも鮮明に覚えている。


 あのゴミ溜めの中には存在すらしなかったと思った綺麗なもの。


 日中でも日が差さないこの場所を照らす、太陽。


 僕はこの手を掴んだ彼の瞳を今でも強烈に覚えている。

太陽の様な輝きを内包した様な、生きる力に溢れたあの黄金の瞳を。


「お前、ここ入ったら殺されるぜ。しっかし見ない顔だな、どこのグループのヤツだよ?」


 僕の腕を掴んで家の前から引き離し、路地裏の方に引っ張りながら、彼は訪ねてきた。

しかし当時の僕は言葉なんてロクに喋れなかったし、理解もできていなかったから何も言うことができない。


「おあ……へ?」


 彼の言った言葉をそのままオウム返ししようとしたものの、それすらもうまくできない僕を見て彼は全てを察した。


 普通、あそこの住人なら、他人がどうしようが自分に不利益がなければ放っておくといった者ばかりだったが、彼はそうではなかったのだ。


「なるほどなあ、お前なんもわかんねえのか。しかたない、付いてこいよ」


 そう言って僕の腕を掴んでいた手を離し、こちらに向かって差し出してくる。

言葉はわからなかったが、付いてこいと言っているのは理解して、僕はその手を握り返して付いていくことにした。


 それからは彼のアジトに連れて行かれ、皆に引き合わせられた。


 クイルが僕を拾ってきちゃった、とふざけながら説明すると壁にもたれ掛かっていた、いかにも悪ぶった風な栗色の髪をしている少年――グレッグが呆れた様に彼を一瞥して、酷く汚れている僕の方へ顔を向ける。


「んだよ、汚えなりしてんじゃん。名前は?」


「なあえ」


 僕の反応を見てグレッグはあっけにとられて、クイルに詰め寄った。


「おい、クイル!俺らと同じくらいに見えるガキなのに喋れねえの拾ってきたのか!?」


 それを手で諌める様にするクイルは見てらんなくてさ、などと言い訳している。

しかしグレッグも本気で怒っているわけではなかったのだろう、諦観と言うのが正しいのかはわからないが、その様な反応を見せていた。


「ねえ、結構かわいい顔してない?」


 そう言って僕の顔をまじまじと見てい言ったのは当時は赤い髪を腰まで三編みにして垂らしていたアイラだ。

彼女は後ろでもじもじとしていた、まだ前髪で眼を隠してしまっていた頃のユニに話しかけた。


 話しかけられたユニは肩辺りで切りそろえた新緑の髪を揺らしながら、僕の方に近づいてくる。


「たしかに……かわいい、かも」


 自分の言が肯定された事が嬉しかったのか、機嫌が良さそうにアイラは身体を左右に揺すっていた。


「これは確かに、なかなかだ」


 女子同士の会話に躊躇なく割り込んできたのは、この頃から既に周りより体格の良かったカインだ。

彼は見た目の割におとなしく、どちらかと言えば僕たち男子より女子との会話のほうが弾むような性格をしている。


 そして何より気が利く。


「とりあえず、俺が川に連れて行ってくるよ」


 そう言うと僕を連れて行こうとするが、それを女子連中が止める。

この子は自分たちが連れて行くと言い出したのだ。


 今思い返すと、この時の僕は女の子に間違われていたのだ。

それは確かに今でも男らしいとは程遠い――ちょっと童顔をしているとは自分でも思っているけど、当時は汚いのもあって本当によくわからなかったんだろう。


 だからこの後の事は僕の思い出の中でかなり恥ずかしい記憶であり、思い出したくもない出来事だ。


 しかしというか、残念な事に僕は一度見たもの、聞いたものは忘れた事がなかった。

なのでこの後どうなったかも鮮明に覚えているのだが、出来ればその事には触れたくない。


 日記のページをめくるように、僕はこの後の出来事をそっと飛ばした。

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